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Chapter.7"Anna's time"

Chapter.7"Anna's time"


日曜日。本来なら、今日が俺と成瀬の共同生活最後の日であったんだが、不可抗力というか、自業自得というか、とりあえず、もうしばらく俺の家で保護することになっちまった。彼女が俺の家にいることは、誰にも見られていないはずで、世間体には問題なく昨日は過ぎたけど、今、最大の危機的状況が訪れている。


「優く〜ん! バイク直そうよ〜!」


 現代の日本には、言うまでも無くチャイムという、来客が訪問時に押すであろうボタンがあり、もちろん俺の家にもついてあるはずなんだけど、どうしてそれを押さずに叫ぶんだろうな。とか思いつつ、今自分が置かれている状況が凄く面倒くさいことを理解する。


「誰?」


 もしかしたら、バレる可能性だってあるというのに、成瀬は随分落ち着いているもんだな。


「俺の知り合いだ。成瀬、隠れてろ」


「隠れる? どこに?」


 成瀬が少し半笑いで言う。俺の家は、1LDKの玄関から部屋の中が丸見えな作りで、もちろん隠れられそうなところなんてほとんど無い。成瀬の嫌味のような疑問も、仕様がないと言えるだろう。しかし、俺はその問いには答えず、部屋へと続く扉を閉め、玄関に向かった。靴を片付け、他に成瀬の私物が無いかを確認すると、玄関を開けた。


「チャイムがあるんだ、押せばいいだろう」


「あ、それもそうね。ぬかったわ〜」


 随分ご機嫌な様子で言う杏奈さん。多分ぬかったとなんて全く思っていないだろうね。


「なんだ? 随分上機嫌だな」


「久しぶりの休暇だからね〜」


 語尾に音符がつきそうな勢いで杏奈さんが答えた。


「そんな休暇、俺のバイクを直すために使っていいのか?」


「私はバイク大好き人間だからね。休日をバイクのために使えるんなら本望!」


「そっか。だから上機嫌なわけか」


「そゆこと」


 つまりは、この人はバイクをいじってられるだけで満足ってことだ。


「車庫に置いてあるんだ。俺は、居ないほうがいい?」


「う〜ん、久々にあの子と会うからな〜、居ないほうが……って言いたいトコだけど、一応居てくれた方がいいかも」


 ちなみにあの子ってのは、俺の名前と杏奈さんの名前を使いユーナと名付けられた電動バイクのこと。その時、杏奈さんが眉間にしわを寄せ、訝しげな表情を見せる。


「あれ?」


「どうした?」


「なんか、いい香りがする」


 俺は、内心ドキッとした。なぜなら、成瀬が来てから部屋に女の子特有の香りがするようになったからだ。しかし、背中にかいた冷や汗とは裏腹に、表情は随分と普通に受け答えできた。


「気のせいじゃないのか?」


「いや、気のせいじゃない」


「だとしたら多分洗剤だな」


「洗剤?」


「あぁ、最近変えてみたんだ。いい匂いだろ?」


 よくもまぁ、こんな簡単に嘘が思いつくなと、我ながら思う。


「あぁ、なるほどね」


 どうやら、杏奈さんもどうにか納得してくれたみたいだ。


「じゃあ、車庫まで行くよ」


 俺はそのまま杏奈さんを連れ、車庫まで移動する。とりあえずは、何も気付かれないですんだみたいで、ほっとしているのが内心だったのだが、いざユーナを杏奈さんに見せるとなると、成瀬そっちのけで、心配になってきた。2年ほど前、免許を取った記念に杏奈さんが俺にくれた杏奈さん愛用のバイク。その頃にはもうすでにいろんな改造が施されていて……。俺もなかなかにそのスピードにはまったもんだ。それはさておき、愛着の湧いてしまった俺の相棒で、もし直らなかったら……なんて思うと泣けてくる。



 ガラガラ



 シャッターを開けると、隅っこにポツンと一台のバイクが止まっていた。どうやら、大家の洋子おばさんは、車で出かけているようだ。早速杏奈さんがバイクにまたがり、感触を確かめている。


「どうかな?」


「んー、時間はかかりそうだけど、なんとかなるんでないかな」


 あまり心のこもっていない、呆けた答えが返ってきた。早速、杏奈さんはバイクに夢中なようで、俺のことは眼中に無いらしい。


「じゃ、後頼むよ」


「OK! あ、直ったら一番に私乗るからね。久々に後ろ乗せたげるよ」


「……分かったよ」


 俺は一歩ひいて、杏奈さんのお手並み拝見。それにしても、杏奈さんの後ろに乗るのは、なかなかに怖い。俺とは比べ物にならないくらいスピードを出すし、おそらく、新首都高に相手は居ないだろう。免許を取る前、よくツーリング(無理矢理)に連れて行ってもらったのを覚えている。初めての時は、怖くて怖くてどうしようもなかった。


「最初に乗せたの、いつだっけ?」


「確か5年前だ。あの頃は杏奈さん、無免許だったな」


「そうだったね〜、確か、優君乗せてて一回ポリに追っかけられたこともあったね」


 5年前の忌々しい記憶が甦ってくる。なんと杏奈さんは、警察を撒くために新首都高を逆走をしだしたのだ。確かに警察は撒けたが、こっちは死にかけた。


「あの時は、まじで死ぬかと思ったよ」


「あはは、実は私も」


「その後すぐに、ちゃんと免許とったんだよな」


「そうそう。もうポリに追われるのなんてこりごりってね。でも、なかなかスリルあって楽しかったな」


 あまりに能天気なことを杏奈さんが言う。


「俺は全然楽しくなかったけどな」


「そう? 優君、追われている時凄い楽しそうに笑ってたけど?」


「そんなわけないだろが」


「そうだよ」


 いや、そんな体験、面白いわけないだろう。っていうか、捕まったらブタ箱なんだ。楽しいわけない。あ、でも俺は法で守られている未成年だったから、あまり関係ないのかも。


「じゃあ、お姉ちゃんちょこっとばかり真剣に直しちゃうよ」


 工具箱を取り出し、部品を取り出し始めた。ここからは、かなり専門的なところなので、流石に俺にはよくわからない。俺は、車庫の壁に背中をつけ、ただ黙々と手を動かす杏奈さんを見ていた。



***



「ん、完成!」


 その一声で、俺は目を覚ます、どうやら、眠ってしまっていたらしい。俺は、目を擦りながら時計に目をやると、不覚にも4時間も時間を無駄にしてしまっていた。次にバイクに目をやると、新品と見間違うのではないのだろうかというほどピカピカで、思うわず感嘆の声を上げる。


「おぉ! 直ってる!」


「あ、優君起きたんだ。どう? 完璧でしょ」


 俺に気がつくと、誇らしげに言う杏奈さん。それもそのはず、杏奈さんの顔・手・服は、真っ黒で、どれだけ一生懸命直してくれたのかが見ただけで分かる。


「美人が台無しだな」


「えへへ。結構、時間かかっちゃったけどね。まぁ、大丈夫だと思うよ」


「じゃ、早速試運転といきますか」


 久々に、ユーナに乗れることに感動しつつ、杏奈さんにヘルメットを渡した。しかし、杏奈さんは俺にそれをつき返してくる。


「どうした? 一番に乗りたいって言ってたじゃないか?」


「いや、直しててわかったよ。この子は、もう優君のもの。きっと、最初は優君に乗られたがってるよ」


 少し寂しげな杏奈さん。こんな顔を見てしまうと、いいから乗れなんて言えるわけもなく、差し出したヘルメットを自分でかぶり、代わりのヘルメットを杏奈さんに渡す。


「じゃ、行こうか」


 俺はバイクにまたがり、エンジンをかける。エンジン起動時の響きのいい音が鳴り、その音で杏奈さんの能力の高さを物語っている。そして、杏奈さんが俺の後ろの乗ったと同時に、バイクを発進させる。適当な道で海岸まで進み、すっと海岸線沿いを走った。途中、あの岩場や洞窟が見え、それも過ぎ去り、ただ待ちのはずれまで走り続けた。ユーナは絶好調のようで、俺の思い通りに曲がるし、アクセルの感じもいい具合。

 そろそろいいかな? と思ったところで、バイクを止め、砂浜に下りた。


「ありがとね」


 唐突に杏奈さんが口を開く。


「何が?」


「いじっててわかったよ。ユーナ、大切にしてくれてるみたいだね。いや、心配してたわけじゃないんだけど、一応っていうか、まぁそんな感じで」


「当たり前だ。今じゃ俺の大事な相棒なんだ。大切にしてるつもりだ」


「うん。ユーナ、よく優君になついてるよ」


「そういうの、わかるのか?」


 その時、杏奈さんの右のポケットから音楽が流れる。杏奈さんは、流れるような動作で携帯をポケットから取り出すと、耳に当てる。


「もしもし? ……はい。いえ、大丈夫です。わかりました」


 杏奈さんは、それだけ言うと携帯を閉じる。随分短い会話。口調からして、仕事関係であることは間違いないだろう。


「ごめん、仕事入っちゃった。先帰ってて」


 全く、予想通りの言葉だった。


「必要なら送ってくけど?」


「いいよ。迎えが来るみたいだから」


「そっか。ユーナ、直してくれて本当ありがとう。凄く乗りやすい」


「いいよいいよ。私のユーナに乗れて気持ちよかったしね〜。んじゃ、ばいばい!」


 そう言って手を振る杏奈さんを横目に、俺はユーナにまたがり、家へと向かった。



***



 ユーナが快調に飛ばしてくれたとはいえ、結構遠くまで進んでしまっていたために、帰るのに少し時間がかかった。部屋に戻ると、なんの嫌がらせだろうか、成瀬が俺の読みかけの小説を読んでいたのだ。しかも、恐らくテーブルにおいてある紙切れは、しおりなんだと思う。


「随分遅かったわね。……あんた、バイク乗ってたんだ」


「朝の話、聞こえてたのか。意外か?」


「少しね」


 成瀬がぶっきらぼうに答える。


「それはさておき、どうしてお前が俺の小説を読んでるんだろうな?」


「この推理小説、ちょうど読みたかったのよ」


「だからってお前、しおりをどけることないだろう」


「読みずらくて邪魔だったのよ」


 もう言い返す言葉も無い。俺が、大きな大きな溜息をついた丁度その時、成瀬は読み終わり、パタンと小説を閉じた。


「それにしてもこの小説、話題になってるだけあって、面白いトリックがあるわね。私でも気付かなかったわ」


「そうか? まだ最後まで読んでないけど、もう大体話は読めてるんだけどな」


 自分の意見を否定されたからだろうか? 成瀬が蛇のごとく俺を睨む。


「じゃあ、犯人は?」


「山田だろ?」


 俺の一言で、成瀬は悔しそうな表情を見せる。どうやら、俺の答えは当たっていたらしい。


「推理ゲームとか、そういう推理系は得意なんだ」


「……もしかしてトリックまで分かったわけ?」


「あぁ。でも、5通りくらい思いついたからどれが正解かは分からん」


「……」


 成瀬は悔しいのか、無言で腕を組み、俺のまるで品定めするかのように見てくる。


「そういうこと……。柊が目をつけるわけね」


「なんだって?」


「……なんでもない。それよりお腹が空いたわ。早く作って」


 なんだってんだちくしょう。さっきまでユーナに乗れてかなりご機嫌だったのに、少し気分が悪くなってしまった。

 余計な問答はせず、俺はさっさと台所に向かうと、晩飯に取り掛かった。





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