Chapter.5"Go Shopping"
夢を見た。一番大切なもののために、自分がどれだけの覚悟でどれだけのことを出来るのか。そんな問いかけに、大きな声で「絶対に守る」と答えたんだ。そうしたら、眩い光が、一線、二線、三線。俺の体が光に満たされ…………
目を開けたら――
Chapter.5"Go Shopping"
昨日の一件もあってか、俺は朝早くに目が覚めてしまった。ソファーで寝ている自分を不思議に思いながらも、ベッドで寝息を立てている最重要要注意人物を視界に入れることでその疑問は解決した。それから数時間。現在の時刻は昼を過ぎようとする頃の時間で、死んだように寝ていた成瀬にようやく変化が起きた。
「う……ん」
「お、やっとお目覚めか」
最初はぼ〜っとして目を擦っていた成瀬だったが、段々と脳が覚醒してきたのか、しばしの硬直のあと、俺に話しけようと口を開いた。しかし、突然急いで布団を手繰り寄せ、何故か身構える。
「…………安心しろ、俺に女の子をどうこうなんて勇気は無い」
その意味に気付いてしまった俺は、どう言っていいか分からず本音を漏らした。
「あぁ……あんた、ヘタレってわけね」
それが裏目に出た瞬間である。
「……」
「ここは?」
「俺の家だ。昨日の一件からずっと寝っぱなし。体、大丈夫か?」
俺の何気ない一言に、成瀬は面倒臭そうに答える。
「えぇ。でも……」
「でも?」
「お腹空いたわ」
「……そっか。待ってろ、今作ってやる」
そういい残し俺は台所に向かい、昼飯定番のチャーハンを作り始めた。一応病人を気遣うように接していたのだが、その心配は無用ならしい。一定時間の間隔で聞こえてくる「まだ?」「遅い!」「早くして!」などの騒音は、残念ながら俺の耳には届かなかったようだ。そして、騒音相手にイライライライラしながら作った特性チャーハンが出来たところで、テーブルへ運び、勢いよくテーブルにたたきつけた。
ガン!
「おまちどうさま……!」
「遅いって何回言わせるのよ」
正直カチンとはきているのだが、何もいい返さずに無視を決め込むことを決定した。そんな俺に気付いているのかいないのか、気兼ねなく成瀬は質問する。
「柊はどこにいるの?」
「あんたが起きたら連絡しろと言われてる」
「……もしかして、もうしたの?」
成瀬が嫌そうな顔をして尋ねる。しかし、それは俺にとって予想済みの反応だ。
「いや、どうせあんたは嫌だとか言うと思ったからな。まだしてないけど……しといた方が良かったかもな」
「どういう意味よ?」
「別に」
これで、成瀬と俺の言葉遊びの勝負は五分五分と言ったところだろう。仕返ししたことで俺は気分が良くなった。言葉遊びが終わったあとも、成瀬は自分が所望した昼飯に手をつけようとはせず、じっと俺を半目で見つめていた。
「……なんだよ」
「あんたさっきから何も聞いてこないけど、私に聞きたいこととか無いわけ? むしろ、知りたいことはないの?」
「とりあえずなんであんたがそんなに口が悪い理由から聞いていこうか」
「……他に」
「他か? じゃあ、なんであんたが他人の家でそんなに堂々と文句ばっか言ってられる理由か?」
「……ふざけないで。あんた、柊の仲間なんでしょ? 私を怒らせてどうするつもり? 私が思うにあんたたちの情報源は私しかいない。だから気を失った私を保護した。違う?」
成瀬は、俺の直面している超能力やらなんやらの非日常の全てを知っているはずの人物。当然、俺はもちろん柊も非日常の全てを知りたがっている。成瀬は、そのことを話すことが俺と柊にとって重要かつ自分が今現在保護されている理由だと思っているみたいだ。確かに、成瀬が情報を漏らしてくれないとなると、俺は全て知らないままとなるかもしれない。軍の機密。成瀬の能力。意味不明な現象。それを知っている成瀬を怒らせるのは得策ではないんだろうが……。全くこいつは……。俺の性格を何も分かっちゃいないんだな。俺は深い溜息をついてから、主従関係をハッキリさせるために口を開いた。
「あんた……何か勘違いしてるだろ。悪いけど、俺は柊の仲間なんかじゃない。巻き込まれただけだ。はっきり言って俺はあんたがどうなろうと知ったことじゃないし、面倒臭そうなことにはできるだけ関わりたくないんだ」
思いもしない答えが帰ってきたために成瀬は心なしかきょとんとしてしまった。その様子を見た俺は、止めとばかりに更に言葉を重ねる。
「それともう1つ言っておくが、確かに気になることは沢山ある……。けど知らなきゃ知らないで別にいい。つまり、こっちにはいつでもあんたを放り出せる準備があるってわけだ。わかったな」
最後には、ピシッと成瀬の目の前に人差し指を突き立て言い放った。成瀬は俺の毒舌っぷりに目が点になっている模様。更に俺は、追い討ちをけけるべく自分が不機嫌だということをアピールした。
「それと、悪いがあんたの寝る場所はそこのソファーだ。最初はベッドを使わせてやるつもりだったが、気が変わった。早速、どいてくれ」
「……」
唖然としたままソファーに移動しようとした成瀬。俺は、昨日の柊との約束を思い出し、それを報告する。
「あぁ、言い忘れていたが、あんたがここにる期間は今日を入れて2日。月曜には柊宅へ移ってもらう」
「……」
自分の描いていたものとはあまりに違う起床後に、成瀬は頭痛を感じていることだろう。俺は久しぶりにこんなにまくしたてて話したので、少しすっきりした。最近、立て込んでたしな。そして、俺の意思を成瀬に大まかに伝える大事な会話が終わったと同時に、成瀬がチャーハンを食べ終えた。
「……ご馳走様」
俺はその皿を台所に運ぶ。そこからが本当の正念場だった。俺はベッドに寝転がり、読みかけの小説を手に取った。成瀬はソファーで足を抱えている。静寂が時を支配し、お互いなんの行動も会話もせずに小一時間は過ぎた。そう、なんの会話もなくだ。さっきは少々言いすぎたのだろうか? あれっきり会話が無くなってしまったし、成瀬はふてくされたのか、文句1つ言わなくなった。ここは俺が謝って、新しい風を起こし、このどんよりしたまるで雨の次の日の森みたいな感じの気持ち悪い空気を一気に吹き飛ばすべきなのだろうか? その時、成瀬が急に立ち上がったことで、やっと時が動き出した気がした。
「トイレなら部屋でて右」
「……うるさい」
余計なお世話だったか? いや、家の中を探し回られるよりはいいだろう。そう思い直し、小説に目を落とす。そのうちに成瀬が今のドアを開け、トイレに入るのを横目で見ながら、また小説を読み始めた。しかし、何分経っても成瀬は一向に帰ってこない。小説に夢中になっていたせいか、それに気付いたのは成瀬がトイレに行ってから10分ほど経ってしまっていた頃だった。頭の中を、最悪のケースがよぎる。まさか……! また消えたんじゃ!? 俺は大急ぎでトイレまで駈ける。トイレには鍵がかかっていない。勢い良くそれを開け放ったが、案の定、そこに成瀬の姿は無い。
「くそ!」
俺はいないと分かっていても家中を探し回った。しかし、努力空しく結局成瀬は見つからない。分かっていても、本当に居ないと分かった時の落胆は妙に大きかった。しかし、まっさきに俺の頭に浮かんできた言葉は――
「俺のせいか?」
という今口走ったように、このままだと明日の目覚めが悪いということだ。いくら俺でも、抱えたお荷物の脱走後の動向に何か不幸な情報を耳にすれば機嫌は右肩下がりに悪くなるだろう。TVのニュース速報で成瀬瞳の死亡なんかが流れた日には気分は最悪、テンションがた落ちだ。
その時。
その刹那。
一瞬の空気が変わった気がした。そして――
「何焦ってるわけ?」
突然真後ろに現れた人の気配。そして嘲笑うかのような声色。
「……何をしたんだ?」
確実に、家にはいなかったはず。そう広くない部屋で、隠れる場所もない。しかし、成瀬は急に現れた。出たり、消えたり。いい加減、これが成瀬の能力だと信じる他ないような気がしてきた。
「さぁ? 柊にでも聞いてみたら?」
明後日の方向を見ながら成瀬が言う。どうやら種明かしをする気はないようだ。
「兎に角、今後一切止めてくれ。一応は心配する」
もっとも、俺の言う心配は成瀬の身を案じる心配ではないのだが。
「ちょっとからかっただけよ。第一、ここを追い出されたって行く宛てが無いわ」
特に感情のこもっていない口調。その声色に反省の色は無いと判断し、一人溜息をついた。
「はぁ……」
俺の大きな溜息を最後に、またしても2人の間に会話が無くなってしまった。暫くの後、ふと俺はあることに気付いた。そういや、部屋に同年代の女子を連れ込んだのは初めてだな。高校生の俺にとって、初めて女の子が部屋に訪れているという、ハラハラドキドキの青春高校生らしい夢のようなシュチュエーションの筈だった。しかし、それが思っていたものとは驚くほど違う上、全く緊張もしないのは、きっと相手にもよるところが大きいと言うところなんだろう。これが後2日続くのか。そんな心配を仕掛けた頃、あることを思い出す。重い空気のせいで普段より重い腰を上げ、俺は普段よりも思い重力の中冷蔵庫へ中身の確認しに行った。
「やっぱりか……」
冷蔵庫を開けると、予想していた中身にまたも溜息を付く。
「もしかして空っぽ?」
「あぁ。買い物、行くしかないか」
机の引き出しを開け、サイフを手に取る。どうしたものかと成瀬を見た時に、あることを思いついた。
「おい、行くぞ」
「……私も?」
成瀬は驚いたような声を上げる。そう、思いついたこととは、買い物に成瀬も一緒に連れて行くということだ。もちろん、荷物持ちとして。
「当たり前だ。もちろん、荷物持ちだからな」
「あんた、女の子に重いもの持たせないようにしようとか思わないわけ?」
「思わないな。少なくともあんた相手ならな」
成瀬が小さく舌打ちしたのを、俺は聞き逃さなかった。
「買ってくる食材は1人分で済みそうだ」
「……行くわよ! 行けばいいんでしょ!?」
成瀬は、かけてあった俺のジャージを勝手にはおり、玄関先においてあったニット帽を勝手にかぶった。一応、変装のつもりなんだろう。そして、2人で徒歩5分ほどのスーパーへ歩き始める。外を普通に歩いているというのに、成瀬は特に怯える様子も、周りを警戒する様子も無い。こいつは、本当に軍に追われているのだろうか? その自覚はあるんだろうか? というか、何に追われているのだろうか? しかし、一番気になったのは、成瀬のように超能力だかなんだかを持っている人物は、他にもいるのだろうか? だ。
「お前みたいなやつって、まだ他にもいるのか?」
「お前みたいな? あぁ、能力者のことね。いるわよ」
能力者。超能力者。そんな会話が日常で使われていることに、どうにもピンとこないのだが、それは置いといて成瀬に質問する。
「どのくらいいるんだ?」
「人数までは分からないけど……。多分、あんたの知っている人の中でも何人かはいるわね」
さらっと現実離れしたことを言う成瀬。成瀬のような能力だか特技だかをもっているやつが他に何人もいるのか。そのことに溜息をしつつも、思った。もしかしたら、柊もそうなんではないだろうか?
「それって、柊のことか?」
「柊? 違うわ。絶対に」
成瀬は即答した。
「なぜ分かる?」
「能力者はね、お互い共鳴するわけ。なんとなく解ってしまうのよ」
「なるほど。それで柊が違う訳だ」
俺は今さらその程度のことでは驚かないだけのポーカーフェイスを、この2日間で身に着けた。いい加減、能力だかの話が現実味を帯びてしまっていることに気付く。未だに半信半疑だが、事実、今日だって成瀬が消え、現れるのを目の当たりにしているのだから――
そう考えた時、現実逃避なのかはわからないけど、なんとなく能力の話をする気にはならなかったので、別の話題を振る。
「柊には流された話なんだが。お前、なぜ軍に追いかけられてる?」
「……あの話ね。超能力なんて誰も信じるわけないのに、なぜ必死で追いかける必要があるのか? だったわね」
「あぁ」
「知らない方が身の為よ。軍の内情を知っても、多分良いことなんてないし、軍を敵に回したってロクなことがないわよ。危険が好きなら別だけど」
「……ならいい」
「聡明な判断ね」
後悔するぐらいなら、知らなくたっていい――
きっと心のどこかでは否定しているこんな思考も、現代かぶれしてしまった俺の冷え切った感情では、否定することが出来なかった。そんな会話を終えた頃、不覚にも警戒するのを忘れてしまっていた俺達は、後ろから付いて来る影があったことを知る由も無かった。