Chapter.4"Freeload Girl"
Chapter.4"Freeload Girl"
「かくまう役は、そっちにお願いするわ」
そう言って成瀬は優を指差した。その指の先には、おそらく俺がいるんだろうなぁ。
「……そうきましたか。仕方ありませんね。優さん、お願いできますか?」
何がそうきただ。こっちは全然状況を理解できていないってのに……。以前として意味不明の渦中にいる俺としては、こんなとんでも話を頭から信用することはできない。
「その前に、なぜかくまう必要ある? どうして家に帰れない?」
「少し考えれば分かりますよ。もし仮に超能力としか言いようの無い力を持った人物がいるとします。世間に知れれば確実にパニックに陥り、大変な規模で混乱が起きるでしょう。そんな可能性のある危険因子を、政府や軍が放って置くと思いますか?」
「確かに、放ってはおかないかもな。でも、追っかけることもないんじゃないか? 普通の人間からしたらそんな現象、目の前で起きても信じられないやつが8割だ。残りの2割は怪奇現象だと思うだろうしな。本人に口止めでもして、野放しにしていても問題ないと思うんだが」
「それもそうなんですが……軍にとっても、成瀬さんは所有しておきたい対象なのですよ」
意味深の一歩をたどる柊の発言も、今となっては慣れっこになってしまった。なんだかんだと、俺は流れでここまで突っ込んだ話を真剣にしてしまった。雰囲気で、これはいよいよ本当にこの信憑性のカケラも無い話を信用せねばならんのかもしれないなと思わせられる。柊の言うことが本当なら、成瀬が姿をくらましたのも、全て合点がいく……ような気がする。
「超能力者だってのを軍に知られ、追われているから、かくまう必要がある。お前はそう言いたいのか?」
「おおむねその通りです」
しかし、やっぱり常識としてそんなことがある訳がないと考えてしまうのは、俺に限ったことじゃないだろう。超能力なんてホラ話を完璧信じちまってるお前の方が少数派に決まってる。そう締めくくり、俺は自分がこの問題に関与する可能性を捨てることを決意した。
「仮にな……そうだったとしよう。でもどうして俺がかくまわなきゃならない? お前がやればいいことだろう?」
「そのつもりだったのですが、成瀬さんがこう言うんだからなんとも仕方がありません」
ふと成瀬が優に寄りかかっている力が少しづつだが強くなっていることに気付く。なんのつもりだ? 色仕掛けならお断りだ。理性がもたん。そう思いながら、溜息と一緒に呟いた。
「俺の都合も考えてくれ」
俺が柊と口論している間も、どんどん成瀬の体が重くなってくる。そして、これは色仕掛けなんかじゃないと悟る。もしかして、立ってるのが辛いのだろうか? とは言っても、俺から体を支えるのには抵抗がある。裏拳が飛んできそうだしな。
「まぁまぁ、そう言わずに」
柊が手で落ち着いてと制するようにしてくる。しかし、非常に残念ながら落ち着いてなんていられない。こちとらなぁ、これからの平穏な生活がかかっているんだよ。引いたら負けだ。その時、成瀬が俺にもたれかかっている力が急に抜け、地面に倒れそうになる。まぁ、なんとなくそんなこともあるだろうと思っていたので、なんなく成瀬をキャッチした。
「おい、大丈夫か?」
成瀬の肩を揺するが、起きる様子は無い。それどころか、大きく胸を上下させ、安らかな寝息をたてている。まさかこいつ。
「寝てる……のか?」
「どうやら、そのようですね」
いつのまにか真横にいた柊が同意する。
「なんだよ……おどかしやがって」
「無理もありません。ここ数日安らぐ暇もなかったでしょうし……とりあえず、 僕の車に運びましょうか」
「あぁ、とりあえずな」
俺は担ぐように成瀬を持ち上げ、抱きかかえるようにして運ぶ。くそ、意識の無い人間は重たいというのは本当だったんだな。それにしても……。さっきから成瀬の体が気になって仕方が無い。あ、よく考えたら、俺は女子とこんなに密着するのは初めてだな……。落ち着け、優。お前はそんなキャラの男じゃないだろうが。そうだ、確かに成瀬のスタイルの良さはは認めよう。しかし、そんなことじゃ俺は落ちないさ。気にすることはない、無心だ、小田桐優 ……………………無理だぁ――
***
やっぱり俺も男の子だからか、なかなか煩悩が頭から離れないことに悩みに悩みながらも、なんとか車の中へ運ぶことに成功する。って、俺は変態か……。そんな自分を殴りつけたい。そして俺の苦悩を知らない柊は、涼しそうな顔で前髪を指で跳ね除けると、車を発信させた。車は軽快に昨日と全く同じ道順で俺の家へと進んでいく。俺の家に向かうのはいいが、成瀬をかくまうのは俺はごめんだ。
「さっきの超能力の話や、彼女が軍に追われているという話、信じていただけましたか?」
なんの前置きもなく、柊が尋ねてくる。
「正直、まだ信じることはできない。けど、お前が随分面倒くさそうなことに巻き込んでくれたのは分かった」
「そうですか。納得はできないが理解はできたと……そういうことですね?」
俺は嫌味で言ってやったつもりなのだが、柊はそれに笑顔で返してきた。気持ち悪い。
「さぁな」
「やはり、あなたは僕の見込んだ通りの人材ですね。頭の回転が速いし、機転が利く」
「はぁ?」
俺は自分をそんな風に思ったことの無いので、素っ頓狂な声を上げてしまった。しかし、それについてそれ以降柊が口を開くことは無い。そんなやりとりをした後、昨日と全く同じだけ時間をかけて車が俺のアパートの前に到着する。しばしの静寂が、車内を支配した。
「僕があなたを誘ったのは、僕の強い見方になると思ったからです。いろんな意味でね」
車が完全に停止したあと、少し静かになった車内で柊が突然呟いた。しかもかなり意味不明な言葉を末尾につけて。さっきの会話の続きなんだろうか?
「はぁ?」
「まぁ、それだけが理由ではないんですけどね……」
相変わらず、柊の言うことはよくわからない。そして、再び車内を沈黙が支配する。今日のできごと、俺には理解できない点が多すぎる。成瀬の能力うんぬんは置いといたとしても、そもそも全てにおいて柊の作戦通りに、奴の言うとおりに話が進んだのはどういうことだろう?
「なぁ、色々と質問したいんだが、いいか?」
「ええ、もちろん」
「お前、今日の成瀬の行動を完璧に予測してたろ? どういうことだ? とにかくそれがさっきから気になってしょうがないんだが……」
柊は、得意げな顔をして話始める。
「実は、昨日は下調べだったんですよ。僕の持ってる情報と、どれだけ一致するか、彼女はどうやって消えるのか……とかね。もっとも、後者の理由は解らなかったわけですが。というより、僕が説明しなくても、あなたならなぜ今日は二手に分かれたのか、どうして成瀬さんは僕の言ったとおりに動いたのか、そろそろ気付いたんじゃないですか?」
「なんとなくな。昨日は両方とも気付かれたから、今日は二手に別れたんだろ? 片方に注意を引きつけさせ、もう片方をお留守にするために」
柊は黙って俺の説明を聞いている。もしかしたら、俺は今試されているのかもしれない。まぎれもない、目の前で笑っている柊に。それをわかってて、俺は言葉を紡いだ。
「そして、成瀬は洞窟内にお前を誘導した後、予定通りに消えた。しかし、昨日今日と同じ奴に尾行されたことを不信に思ったから、洞窟の外から様子を見ようとしたってわけだ。その時、俺は成瀬に近付いた。いくら成瀬がお前に集中したとしても、近付いたら気付かれちまう。だからお前は、『あなたの秘密を知ってしまった』とか言って成瀬を動揺させ、更に自分に注意をひきつけて、俺に捕まえさせた。そんなところだろう?」
最後に柊は満面の笑みで大きく頷いた。
「その通りです。流石ですね」
「流石……ねぇ。よく言うよ」
それにしても、柊俊哉。恐ろしいやつだ。これすべてが、昨日、もしかしたらもっと前から柊の頭の中で描かれていたシナリオなわけだ。どれだけ頭の良い人物でも予定通りに人を動かすのは至難の業。現実にはいろんな障害があるわけだし、成瀬が今日現れない可能性だって無いわけじゃない。つまり、柊は運までも見方につけてこの作戦を成功させた。もしかしたら、まだまだ何か引き出しがあるのかもしれない。それはともかく、こいつに利用されたかと思うと異常に腹が立つな。俺すらも、こいつの1つの駒だったわけだ。
そして、問題は今目の前にスヤスヤ寝ちまってる少女に移る。柊は成瀬を指差し、その次に俺を指差し、意地悪そうに笑った。連れて行けと。
「おいおい、俺に押し付けるな」
「さっきも言ったでしょう? 最初は僕が引き受けるつもりだったのですがと。しかし、彼女が所望したのはあなたなんです。あなたなら分かるでしょう? 気がついたら僕の家に居たなんてことになったら、また彼女は行方をくらますのは免れないかと」
確かに柊の言うことにも一理ある。さっきの会話で成瀬は気が強い女だってことは分かったわけだし、それに柊には随分警戒心を抱いているように見えた。しかし、はっきり言ってそんなことはどうでもいい。それは成瀬の都合な訳で、ぶっちゃけ成瀬がどうなろうと、俺の知ったことではない。道端で飢え死にしそうと言うのであれば助けるが、柊が嫌いだと、そんな理由で彼女の世話を焼くのは御免こうむりたいのが本心だ。
「そもそもこんなお荷物を背負い込んだのはお前だろう。俺にはなんの関係も無い。っていうか食事も二倍になるし、着る服なんかも無いだろう。それに面倒くさい」
「あなたならそんなことを言うんではないかと思っていましたよ。心配ありません、その金銭面では僕が完全に援助させていただきます。その他必要なものがあれば全てそろえますよ」
柊は得意げに人差し指を立てて言う。
「なんでも金で解決しようとするたぁいい度胸じゃねぇか」
「僕、父が企業をやっているので、お金はあるんです。父に感謝ですね」
「近所の人やアパートの大家さんになんて言えばいいんだよ」
「そのくらい、自分で考えてください。あなたならそういう言い訳とか得意かと思いますよ」
「考えるのが面倒くさい」
「では、あなたは彼女をこのまま道端に放り投げていくと、そういうことでよろしいんですね? 人権侵害で訴えますよ?」
何故か俺に問い詰めるかのように柊は言う。まるで悪者の扱いに、俺は大きな溜息をついた。
「どうしてそうなる」
そして、柊も大きな溜息を付く。
「では、この休日だけ預かっていただくというので納得いただけませんか?」
柊が譲歩したかのように言う。俺も段々疲れてきたせいか、思考力が低下していたのだろう。そうとしか思えない。後先考えず、休日だけなら……とOKしてしまった。それに柊は少しだけ笑い、俺に小さなメモを差し出す。
「では、これは僕の携帯番号です。何かあれば、いつでも連絡してきてください」
「なら、俺のも教えとくか……」
「あ、いいです。もう知っているので」
「……なんで?」
教えた覚えは無い。
「だからそれは、僕が物知りだからに決まってるじゃないですか」
個人情報保護法のセキュリティーについて政府と話し合いたい気分になったが、疲れのせいで俺はその思考を彼方へと殴り飛ばした。
「では、彼女のことはよろしく頼みましたよ。彼女の目が覚めて落ち着いたら、僕に連絡を下さい。引き取るついでに、いろいろと聞きたいことがあるので」
「あぁ。分かった」
「では」
「あぁ」
そんなこんなで、柊は去っていった。そして、俺抱えたお荷物を見て大きな溜息をついた後、疲れた体にムチ打ち階段を上っていった。もう、成瀬の体がどうのという気分でもなくなっていた。
***
「ふぅ……流石に、今日はつかれたな……」
幸い誰にも目撃させることは無く、自室に戻ることができた。とりあえずベッドに成瀬を横たえ、そして掛け布団を成瀬にかけ、俺自身はベッドの橋に腰を下ろす。成瀬は、とても安らかな顔で眠っていた。まるで、幼い子が自由な夢でも見るかのように。
「なんでお前、こんな妙なことになってるんだ? 超能力の話はどこまで本当なんだ? お前は、何を知っているんだ?」
もちろん、返事なんて帰ってこない。
「まぁ、起きたら……聞けばいいか」
成瀬が起きるまで寝るつもりは無かったのだが、体は正直なもので、どんどん眠気が襲ってくる。二日間に渡り現実離れしたことを見て、精神的にも相当参っていたのだろう。俺の体はベッドに着陸すると、ものの10秒で眠りについた。