表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

Chapter.2"fade out"

 Chapter2"fade out"


「本当に……誰もいないようですね」


 柊は目を細めながら呟く。


「本当に彼女、ここに入ったんだよな?」


 確認のために、柊に聞いてみた。


「それは……間違いないと思うのですが……」


「思う?」


「いや、確かに彼女がここにいるのを見ました。しかし、実際に彼女は消えてしまった……。それを、どう説明して良いのやら……」


 柊は、あごに手を当て、上を見ながら考える。俺はそいえば、さっきまでの倦怠感が一気に吹き飛んでしまった。流石にあの物知りな柊も、こんなケースにはお手上げのようだ。


「まさか……本当に幽霊なんてことは……」


 不気味に笑いながら、嬉しそうに柊が呟く。


「そう思いたいんなら、そのふざけた笑顔をなんとかしてくれ」


 柊は釣りあがった笑顔を両手で戻すと、微笑のマスクで話し始めた。


「そうですね。冷静になって、状況を整理して考えてみましょう」


「確か、一週間くらい前からだよな、行方不明になったの」


 俺は、朝に聞いた噂好きの女子の会話を思い出した。


「そうです。そして一昨日、僕は成瀬さんとここでバッタリ会いました。一言、『もうここには来ないで』と言われたんです。そして僕はあなたを巻き込み、ここに来た訳ですが」


「どうでもいいが、お前成瀬の忠告は無視したんだな」


「張り込み開始から三時間弱、成瀬雫を発見し、追跡。洞窟内にて……消えた」


「俺も無視かよ」


「幽霊説はまず無いとして、彼女がなんらかのトリックを使ってこの場から去ったとしましょう。そんなことをするメリットはあるでしょうか? ……聞いてますか?」


「あぁ? 聞いてねーよ。というかもう帰りたいんだが。無視されたし、疲れたし、面倒くさそうだしなぁ」


「おやおや。急にどうしたんですか? 雰囲気台無しじゃないですか」


「最初っから探偵の真似事みたいな雰囲気に乗るつもりはなかったよ」


「ノリが悪いですねぇ。じゃあ、最後に1つだけ可能性を潰しましょう」


「なんだよ?」


 俺がそう問いかけると、柊は人差し指を立ててこう言った。


「隠れ通路の探索です」


「……はぁ?」




***




 消えた。つまり、見えなくなった。つまり、どこかに隠れてるんですよ。例えば、秘密の通路とか、秘密の隠れ家とか。柊のその一言から始まったとんでも話は、実行に移され、ついに――


「無いみたいですね」


「……あるわけねぇだろ」


 徒労に終わってしまった。というか、終わるに決まっていた。何が悲しくてこんな夜に洞窟であるはずもない秘密の通路を探さなきゃならないのか。


「やっぱり、そう上手くいくわけないですね」


 そう呟く柊。しかし、現実的な方法でここから消えるとなれば、どっかの月曜夕方七時半からやる「見た目は子供頭脳は大人」とか言うキャッチフレーズのアニメでやってるような複雑な仕掛けを利用した脱出方法か、隠れ家、もしくはそれに繋がる道が隠されていると考える他なかったのも事実だ。とかなんとか柊は思ってるのだろうが、そんなふざけた洞窟があってたまるか。


「もうそろそろ遅いですし、今日のところは帰りましょう。明日、もう一度……ということでどうでしょう?」


「明日? まだやるのか? もう十分だろう?」


「明日は……ちょっとした秘策があるんです。どうせお暇でしょう? これも何かの縁ですし、付き合ってはもらえませんか? ここまでやったら、引き下がれないでしょう」


「どうせ? 今どうせって言ったか?」


「まぁまぁ、そんな怖い顔しないでください。明日はきっと、大丈夫ですよ。帰りは、僕の車に乗っていってください。家までお送りしますよ」


「お前、俺の言うこと結構無視するよな……」


 色々と心の中で悪態をつきながらも、考える。結局断れないのは、少なからずこの事件に興味を抱いているからだろうか? それとも、人間が生まれつき持っている好奇心という恐怖にすら打ち勝てる能力なのだろうか? それとも、興味を抱いているのは別の何かか。それはひとまず置いといて、柊が車を待たせてあるという、道路沿いまで歩いた。そこで見た光景に、俺は頭が痛くなった。


「…………嘘だろ?」


 目の前にあるのは、現在乗っている人物なんて居ないと思われていた、金持ちの象徴的車両。月明かりに照らされた横長の漆黒のボディは、嫌味な程に光っていた。いわゆるリムジンである。


「どうぞ、お乗りになってください」


 柊がドアを開けてくれて、俺の背中を押す。俺は初めて見る、そして乗るその有名な車に少しビビリながらなんとか乗車した。柊の一言で運転手が車を発信させ、海沿いをしばらく進んだ後、繁華街を抜け、住宅街に入る。大きな公園を横切り、もうすぐそこが俺の住んでいるアパートだ。車は、迷う様子もなく軽快に進んでいった。俺の指示も受けずに、だ。いや、そんなのおかしいだろう。


「ちょっと待て、なんで俺の家を知ってるんだ?」


「だってほら、僕って物知りじゃないですか」


「……そういう問題なのか?」


「到着です」


 深い溜息と共に車から降りた俺は、最後の確認のために口を開いた。


「明日は、大丈夫なんだろうな?」


「はい、恐らくは。ということは、明日は同行してくれるというわけですね?」


「考えとく」


「色よい返事をお待ちしております」


 そう言い残した柊は、車に乗り込み、去っていった。最後に見せた笑顔は、俺が同行すると確信したような笑みだった。なんだか気に入らない。行方不明の成瀬雫も気になるが、柊俊哉も相当変わってるやつだと思う。そんなことを考えつつ、二階建てアパートのやすい作りの階段を上がり、ドアノブに鍵を差し込み、回す。


「ん?」


 おかしい、鍵が回らない。鍵、閉め忘れたのか? 疑問に思いながらも、住み慣れた我が家に入る。うん、いつもと変わっている箇所はない。ただの締め忘れか。そう納得した矢先、奥から女性の声がする。


「ごめんねぇ、お邪魔してるから。お! 優君、かっこよくなっちゃって」


 部屋の中から突然女性の声がしたことに頭が真っ白になりそうになるのを必死で押さえ、声の主を確かめる。


「あんたか……杏奈さん」


 部屋の中に居た人は、全くの見知らぬ人ではなかった。杏奈という、5つ上の女性だ。住所不明、ちなみに仕事も不明だ。


「あんたかはないでしょ。せっかくはるばる遠くから遊びに来てるっていうのに」


「部屋、なんで入れた?」


 杏奈さんの言い分には答えず、質問を繰り出す。


「私、洋子おばさんとは仲良いからね〜、頼んだら簡単に開けてくれたわ」


 杏奈さんは気にする様子もなく、けらけらと笑いながら答えた。洋子おばさんとは、このアパートの大家で、とても気の良い人なのだ。そのくらいは簡単にするだろう。そして杏奈を見ると、随分感じが変わったことに気付く。


「それにしても、随分雰囲気変わったな」


 改めて杏奈さんを上から下まで目で追った。少し前までは、バイクを乗りまくっていたバイク好きのやんちゃなやつだったのに、今の格好はどうだ。全身黒のスーツを身にまとっていて、中には真っ白のYシャツを着込んでいる。しかし、髪の毛は今も昔も変わらずセミロングで茶髪のウェーブだ。


「で、何しに来たんだ?」


「優君に合いに来た……って言いたいとこだけどね、残念ながら仕事よ」


「へぇ。で、こっちでなんの仕事?」


「ひ・み・つ」


 杏奈さんは、人差し指を優の眼前に立て、一文字つづで指を動かした。大人の女性は秘密が多い方が美しい。というのが杏奈さん流だ。それはともかく、子ども扱いされたことにほんの少しだけイラッとしたので、素っ気無い返事を返す。


「あっそ」


「やだぁ、もうッ! そんなにふてくされないでよ」


 そう言いながら杏奈は身を寄せてくる。いきなりだったので、少しバランスを崩してしまった。


「ふてくされてないから」


 杏奈さんにはすぐに絡む癖があるのだ。もう慣れっこだが、久々にやられると疲れる。それにしても、こんな癖とか、会話の感じとか、変わっていない部分が多くて、少し嬉しかった。そして、ふと故障していたバイクのことを思い出した。


「そうだ! 杏奈さん、今度でいいから、俺のバイク直してくれないか?」


「あれ? バイク故障したの?」


「エンジンの調子が悪いんだ。出かけた先でエンジンかかんなくなったら嫌だから、今は乗ってないんだが」


「OK。任せて」


 杏奈さんは、ピースサインを出して快くOKしてくれた。


「ありがとう。じゃ、もう自分の部屋に戻れよ。どうせこのアパートに泊まるんだろ?」


「お、よく分かったわね。相変わらず鋭い。なんか、優君疲れてるみたいだから、また出直すわ。じゃあね〜。あ、バイクは車庫でしょ? 暇な時にまた来るね」


「あぁ、よろしく」


 ひとしきり喋った杏奈さんは、一階に降りていった。一方、俺はといえば、慣れない張り込みやら仕掛け探しやらで疲れ切り、今度は開けられないように鍵をかけなおし、更にチェーンまでかけるとベッドの上にバタンQ。晩飯とか、シャワー浴びなきゃとか、いろいろ考えてしまっている間に、いつのまにか眠ってしまっていた。


 明日、自分の日常が壊れるとは、微塵も思っていなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ