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Chapter.1"Boring Boy"

 

 西暦2038年。太陽系第3惑星、地球。それの東経135度に位置する日本という小さな島国がある。

 日本では何十年も昔に政府革命が行われ、政府は軍と二人三脚となって日本の政治を支えていた。20年前。正規に日本軍は再建され、戦争の痛みを知る人々も居なくなり、今日本はアメリカと同盟を結び、再び戦争の傘下に置かれていた。

 しかしおかしな事に、戦争の対戦国を知るものは居ない。国であるかすらも、定かではない。ただ1つわかっていることは、人々は彼らを総称してこう呼ぶ。

 『キラ』と。

 『キラ』と日本の戦争は、一般人に被害が及ぶことはほとんどなく、非戦闘区域ではまるで戦争などしていないかのようで、冷戦のように長く穏やかに続けられてきた。

 

 しかし、言いたいのはそんなことではなく、そんな日本という国で起きた、もっと他の、もっと深い、もっと不可思議な、数奇な運命の渦に巻き込まれてしまった、1人の少年の物語。

 

 少年は眠っている。

 気持ちの良い風も、清々しい草木の香りもしないところで、少年は眠っている。

 空は広い、海は広い、そして世界は広い。そして、少年が知らない世界もまた・・・。

 それすらも知らない少年は、ただここで眠り続けている。

 いつのまにか探究心は潰え、その代わりに虚無感が精神を支配した。

 活発だった肉体は衰え、日々活力を失っていった。

 それすらも知ろうとしない少年は、部屋の隅で小さくなって眠っていた。

 

 眠っている力にも、気付きもせずに――



 

 Chapter.1 "Boring Boy"




 「そういえばさ、今日で丁度一週間なんじゃない? 成瀬さんが行方不明になってから」


 周囲から聞こえる雑音で目を覚ました俺は、一瞬の思考停止の後、自分が今どこにいるのか理解する。学生という身分の俺にとって、平日の朝8時35分にいる場所は1つしかない。脳に神経を集中させ、俺は必死で脳味噌の覚醒を努めた。


「そうそう! 最初は笑いのネタだったけど……。いい加減やばくない?」


 そしてある程度思考が戻ってきたところで、隣に座っている噂好きの女子がある噂話をしているのに気付く。俺は最近毎日のように聞いていたニュースに進展が無いのか耳を傾けた。


「やばいやばい! 絶対なんかあったんだよ」


「もしかしたらもうこの世に居ないんじゃ……」


 そこまで聞いたところで進展は無いと判断し、聞き耳を立てるのを止めた。後にキャーというはしゃいだ声が聞こえたが、それはおそらく有益な情報には成り得ないだろう。

 この間、親族から警察と軍に捜索願の出されたその女子の名前は成瀬雫なるせしずく。髪は黒いセミロングで、気が強く、人を寄せ付けない雰囲気を持った不思議な女だった。目はつり目の二重で、口元はいつも引き締まっている。はっきり言って、超のつく美人だ。俺の勝手な見解を述べさせてもらえるなら、間違いなくツンデレだろう。噂じゃ、キラに誘拐されたとか、小さい頃に両親を無くし、金に困ってとうとう身を売ったとか。今日で丁度一週間空席だ。正直ツンデレにも美人にも興味はないが、この教室に少しだけ何か足りない気がするのは気のせいではないんだろうな。時計を視認し、そこで思考を中断させた。


 キーンコーンカーンコーン


 いつものように、予定調和で鳴るHR開始の合図。それに合わせて、担任教諭が教室へ入場、教卓につく。委員長の合図で起立し、礼。女生徒の1人が、起立し、先生に質問する。もちろん、その生徒は学級委員長様であるのは、言うまでもないだろう。これも、数日前からの定番となってしまった。


「先生、成瀬さんは見つかったんですか?」


「いや……まだ見つかっていない。心配するな、すぐに見つかるさ」


 そう言って安心させるためだろうか、女生徒に笑いかける担任教諭。しかし、一連の流れを終えると、すぐに連絡事項の報告に移った。その冷めてる感じ。これじゃ、定番というより茶番だな。


「では、HRを始める。今年はお前らも受験だから、この一年で将来が決まると言っても過言じゃない。一生を幸せに送れるかどうかは、この一年に……」


 最近、よく考えるんだ。何が幸せで、何が不幸せなのか。ただ、漠然と過ごし、過ぎ去っていく日々。死ぬまで繰り返される平和な日常。それはきっと幸せなことなのかもしれない。けど、この心のもやが、どこから、なんのためにくるのは俺にはわからないけど……。

 心の靄は、どれだけ空を眺めても、晴れることはなかった――




「こんにちは」


 不意にした聞き覚えのある声に、俺はあからさまに顔をしかめてみせた。そんな俺に嫌な顔1つせず微笑を向けてくるのは、ひいらぎ智也としやだ。


「なんの用だ?」


「今日はバイクじゃないんですね。どうしたんですか?」


「故障中」


「それは残念ですね。あ、今日はバスなんですね。だから早くついてしまって、寝ていた訳ですか」


 ただマスクのように微笑を続ける柊に、俺は少し嫌気がさした。そもそも俺と柊は、世間話をするような仲じゃない。たまに挨拶を交わす程度だ。兎に角、交流の無い人物とまともに話しをする愛想の良さを俺は持ち合わせてはいないし、急に話しかけられるのもどこか腑に落ちない。顔の作りが良いということもあって、常に微笑のマスクをつけているのはどこか異質に見える。という言い訳を自分の中でまとめると、俺はさっさと会話を切り上げることに決めた。


「で、用件は?」


「つれないですねぇ。少しくらい世間話に付き合ってくれてもいいんじゃないですか? その眉間に皺よせるの、止めてくれません?」


「生憎、愛想笑いが苦手なんでな」


「そうですか、残念ですね」


「残念……ねぇ」


「優さん、あなたも随分成瀬雫疾走事件が気になっているみたいですね」


「優さんだって? 止めてくれよ、気持ち悪い」


 俺ははぐらかすようにそう言うと、口に手を当て、眉間に皺を寄せ、まるで酔ったような仕草をする。


「いいじゃないですか。その方が呼びやすいんですよ。そんな突っ込みではぐらかさないでくださいよ」


「こっちとしては何が言いたいのかさっぱりなんだが」


「だから、成瀬さんが行方不明になったの、気になりません?」


「そりゃあ、クラスメイトだからな。少しくらい、気になるだろうよ」


「では、成瀬さんの居場所を知っている……と言ったらどうします?」



***


 

 そんなこんなで、柊が「ここじゃなんなので……」というので付いてきてみたわけだ。そして、目的の場所に着いたんだろう柊が立ち止まる。


「ここです」


 中央の階段を一番上まで上がった踊り場の所で、柊はポケットから鍵を取り出し、屋上への扉を開けた。さて、ここで注目してほしいのが、この学校は年中無休で屋上は立ち入り禁止になっているというところだ。


「おい、なんでお前が鍵を持ってる?」


「ちょっと以前に拝借しまして。コピーをとらせていただいたんです」


 鍵を指先でくるくる回しながら柊が答える。


「なるほどな。つまりお前は犯罪者な訳だ」


「ふふ、そうなりますね」


「笑顔で言うな、笑顔で。気持ち悪い」


「それでは本題に入りますが、ここで聞いたことは、他言無用でお願いします」


 一呼吸置いてから、真剣な顔で柊が言う。


「どうして?」


「こういう話は内輪だけにしておいた方が面白いじゃないですか」


 そうなのか? まぁ、どうでもいいか。


「先日、成瀬さんが行方不明になった事件で、どのようにお考えですか?」


「どうって言われてもな」


 そんなこと聞かれても答えようがない。柊は、俺が誘拐したとでも思っているのだろうか?


「いやぁ、実はですね? 僕……。見ちゃったんですよ。成瀬さん」


 口元を手で押さえながら、くくくと笑いながら告白する柊。笑うところなんだろうか。いや、違うだろ。断じて違う筈だ。変態め。


「どこで?」


「海岸ですよ。もしかしたら今日もいるかもしれません。行ってみます?」


 何だ、その軽いノリ。行方不明のクラスメイトを見かけてるのにも関わらずのその軽いノリ。全く、この町にいるのに女子1人見つけ出せずに大騒ぎしている警察も軍も何やってるんだろう。


「どうでもいいけど、それは警察か軍に連絡するか、それが嫌なら親御さんだけにでも報告しといた方がいいんじゃないか?」


「優さん、さっきも言いましたが、ここでの話しは他言無用です」


「だから、どうして?」


「面白いから……じゃあ、ダメですか?」



***



 1人暮らしで友達もほとんど居ない俺にとって、外出する機会はほとんど無い。さらに、家ではほとんどをベッドの上で過ごすというまるでニートのような生活。体力的には下の下、体育の授業にあるマラソンでは、最後に走ってきて声援を受けるという一位の次に注目されるポジションにいたほどだ。そんな俺にとって、一時間の徒歩は最高に最悪な拷問だった。


「なんか優さん、疲れてません?」


「お前が『こんな』ところに連れてくるからだろうが!」

 

 こんな、の部分を強調させて言ってやった。眼前には、見渡す限りの大海原。つまりは海岸だ。西へずっと進んで行くと、軍本部があり、東へ少し進んで行くと、まるで心霊スポットのような洞窟が口を開いている。現在、ここで成瀬を待っているのだ。まぁ、張り込んでいるとも言えなくもないが……。溜息交じりに、何度目かわからない質問を柊にぶつける。


「おい、本当にここに現れるんだろうな?」


「一昨日は、ここで少し話をしたんですけどねぇ」


 そう言って、微笑む柊。それを聞いて安心した。こいつは成瀬を見ちゃいないだろう。仮に見たとしても、どうして一昨日居た場所にまた成瀬が来るって言い切れるだろう? 答えはNOだ。



***




 あれから一時間が経過し、最早夕食の献立しか考えなくなっていた俺。頭の中で冷蔵庫の中を思い出そうとするが、なかなか上手くいかない。そもそも、最近はカップラーメンやコンビニ弁当で済ませていたため、覚えてないのだ。もういっそこのまま、柊を目の前にある大きめの石でバタンQさせ、何食わぬ顔で立ち去ってしまおうか。理由ならあるし、この暴力行為も正当化させられることだろう。ちなみに、今は午後8時を回り、スーパーには間に合いそうもない。今夜もコンビに弁当だ。


「あ、来ましたよ。待ったかいがありましたね」


 柊が一点を指差し、俺の肩を揺する。やっと現れた成瀬。しかし、すでに俺はえていた。


「行方不明……ねぇ」


 柊をバタンQさせられなかったことを少し悔やみながらも、したかなしに柊の指差した方向を見る。そこには、Tシャツで短パンという、かなりラフな格好をした、他の誰でもない、成瀬雫が立っていた。そして、海岸線に沿ってゆっくり歩いていく。俺はそれを目で追う。その時――


「あ……」


「どうしました?」


「いや……」


 そうは言ったが、今確かに目が合ったような気がしたのだ。しかし、それ以降そんな素振りは全くなく、成瀬はそのまま海岸線をゆっくりと歩く。気のせい……なのか?


「優さん、どうやら洞窟に近付いているみたいですね。岩場の向こうの、あの洞窟です」


「みたいだな。どうする?」


「追いかけましょう。絶対に気付かれないよう、細心の注意を払ってください」


「はいはい……」


 ついに倦怠感が好奇心を上回ってきてしまった俺は、心底気のない返事を返す。そんな俺をよそに、柊はどんどん成瀬を追いかけていく。俺たち、まるでストーカーだな……。大きな溜め息を合図に柊を追いかけた。もはやストーカーとして通報されても、言い訳のしようがない。そんなことを思いながら、音に注意を払って移動する。そして、成瀬は海岸の最東の奥にある小さな洞窟に入っていった。俺と柊はゆっくりと、ゆっくりと洞窟に近づいていく、洞窟の前で柊が中を確認してから、俺を手で制する。


「大丈夫です。幽霊、という可能性はありません。ちゃんと足がありましたよ」


 なんの心配をしてるんだ? と俺は心の中で突っ込み、別の言葉を出す。


「で、成瀬は何をやってるんだ?」


「さぁ? 自分の目で確かめて見たらどうです?」


 上機嫌なのか、妙に毒舌な柊に腹を立てつつ、中を覗く。しかし、中に成瀬はおろか、何も居ない。人違いですらない。


「おい、誰もいないぞ」


「よく見てみてください」


「いや、絶対いないって」


 何回見回しても、誰もいない。洞窟の中には人一人が隠れられるほど大きな岩なんて無い。柊も、少し困ったような顔をしたあと、洞窟を覗く。もちろん、俺にだけ見えなくて柊にだけ見えるなんて、そんなファンタジー的なアクションは起こるわけがない。


「どういう……」


 言いかけた柊は、洞窟内に入っていった。俺も後からついていく。洞窟の奥まで行ってはみても、さっきまであったはずの彼女はどこにもいない。


「まさか……そんな……」


 柊が信じられないと言った表情で呟く。海から勢いよく風邪が洞窟に入り込んできて、ゴー! という音を上げる。月は雲に隠れ、洞窟内はより暗くなり、不気味さが増す。


 決して踏み込んではいけない闇が、俺たちを包んでいた。



数ある小説の中から、この作品を選んでくださってありがとうございます!

楽しめたでしょうか?

お気に入りの連載小説が更新されない合間にでもまた読んでみてください。笑

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