バザーるでござーる
[登場人物]
ショウゴ:中学生
ケンゴ:小学生
カホリ:小学生
ブンゴ:3歳
「おい、そろそろバザーしようぜ!」
年も明けた一月の終わり頃、唐突にショウゴが声を上げる。
(またか…と思いながらも僕は踊ってしまう胸を抑える事が出来ない。)
この男は毎度自分の懐具合が寒々しくなってくると、『バザー』と称して不要な物を兄弟達に売りつけ小金を得ようとするのである。
しかし、魂胆は見えているのにショウゴのセールストークは実に魅力的であり、いつも推しに負けて買ってしまった後に後悔するという負の連鎖を断ち切れずにいた。
「じゃあ昼飯食べたら、各自売りたい物を揃えて子供部屋に集合な!」
「わたし売りたい物なんて無いよぉ〜」と妹はボヤくが兄は「俺が手伝ってやるから!」と強引に進めて行く。
僕は今回こそ自分も勝ち組に回るべく机の中を引っ掻き回し、適当な物を揃える。
・天馬や龍をモチーフとした装備を着けた戦士達のメンコ
・小さなワニのぬいぐるみ
・漫画『闘う中国人!』1巻のみ
・キン肉隆々の異星人消しゴム(合体可能)
・その他、秘蔵のお菓子や雑貨などなど…
これだけあれば損する事はあるまいと息巻いて僕は決戦の場である子供部屋を訪れる。
乗り気しない顔でカホリも部屋に入って来たが、その手に抱えられた箱の中身を覗くとビーズや折り紙セットなど碌な物が無い…
(唯一、"愛らしい半魚人"の描かれた下敷きだけが僕の購買意欲を掻き立てていた。)
そこへ商人の皮を被った狼…いやショウゴが登場し『バザー』は開かれた。
「おぉっ、このメンコ!いいですねぇ〜。鎖少年の兄はとても貴重ですからねぇ〜。これいくらですか?」
「いや、それは高いな。五十円ならだせるんだけどな………えっ、いいの?いやぁ、ありがとう!」
ショウゴは僕らの商品を次々と褒めちぎり買い漁って行く。
(全て言い値の半額以下にされるのだが、相場の分からない僕や妹は交渉で戦う術を知らず言いくるめられてしまう。)
「よぉーしっ!では本日のメインイベントに入りたいと思います!」
ある程度僕らに小金をばら撒いた後、彼は回収に入る。
「このモデルガン、実はガス銃
威力を試して下さい。発泡スチロールが穴だらけ!
どう?スゴいでしょぉ〜」
「このカメレオンはどうでしょ?これは舌がペタペタくっつんだよ!しかもこの舌(手で伸ばしてみせ)こーーんなに伸びるの!これで隣のじいさんの頭を狙ってみな?ヅラがすぽんっと取れるから!」
「トリイダシタルこのバンド、これは教科書なんかをオシャレにまとめるんですよ。ランドセルなんかやめてカッコ良く登校しちゃいましょう!これがたったの300円!!」
兄の巧みな口上により僕も妹もみるみると小遣いを減らしていってしまう…
その時、遠巻きに僕らのやり取りを楽しそうに眺めていたブンゴが口を開く。
「ボクも"おタカラ"ほしぃよー!」
見るとその手にはポチ袋が握られている。
(ショウゴの眼が狩人のそれと変わる。)
「お客様、よくいらっしゃいました!あなたの為に素晴らしい物を用意しておりますよ!えぇと…」
既に目新しい物を売り尽くしてしまった在庫をチラリと見つめた後、自分の財布をゴソゴソと弄り始める。
「こちらですっ!どうです?こんなピカピカなお金、見た事ないでしょう!?」
彼の手には記念硬貨の様に輝く"十円玉"が5枚乗っている。
いつだったか、お酢で十円硬貨をこすると元の輝きを取り戻すと聞き試した品だ。
「うわぁ?!すっごいきれーっ!」
あまりの純粋さに僕は隣で聞いていても心が痛む。
「でしょうっ?!これは物凄く価値があるんですよ?!」
(こいつには良心というものが無いのか?)
したり顔でブンゴににじり寄るショウゴに僕は戦慄する。
「ところでお客様はいくら持ってます?」
努めてさりげなくポチ袋の中身を探ろうとしているが、ショウゴはダラダラと流れ出る涎を拭う事が出来ない。
「これだけ貰ったよ?」
ブンゴは袋を逆さまにして無造作に振り、五百円玉をテーブルの上に落とす。
「いやぁ〜、正直そんなお金じゃ渡したくないんですが……まぁ仕方ないっ!特別ですよっ!」
そう言って、この男は見事に十円玉5枚と五百円玉を交換せしめたのである。
ショウゴの所業に僕もカホリも呆れ返っていたのだが、当の本人はご満悦。
ホクホク顔で部屋を出るブンゴを見送る事しか出来なかった…そう、この男の口車には誰しも一度は乗せられるのだ。
(そしてブンゴは二十歳になろうとする頃にも同じ過ちを犯す事になる。)
しかし今回ショウゴは詰めを誤った。
自分の才覚に溺れその後のケアを怠ったのだ…そう、口止めと言うケアを。
その日の夕方、台所で夕食の準備をしているエツコにブンゴが嬉々として近づいて行く。
「お母さんお母さん、いーもの見せてあげよっか?」
「ナニナニ?どーしたの?」我が家のアイドルの笑みに母親は相好を崩す。
「これすごいでしょ?!お年玉でショウゴ兄ちゃんから買ったんだ!」
見てみるとブンゴの紅葉の様な掌の上で十円玉がジャラジャラと踊っている…
(その瞬間に見た
全てを悟った母親が鬼の形相へとみるみる変わる様子と、傍らにいたカホリの『嗚呼…無情』と言わんばかりの表情が僕には忘れられない。)
「ショおぉーーーーーゴっ!!」
野菜を炒めていた菜箸を棍棒の様に振り上げるエツコの怒号が響き渡り、無垢な三男坊だけが己のした事を理解出来ずキョトンとしながら十円玉を握りしめていた…
この後彼がこっぴどく叱られ、手に入れた五百円玉も没収されてしまった事は言うまでもないだろう。