和真の気持ち 2
翌朝、帰りのバスにも、帰りの新幹線にも、芽衣の姿だけがなくて。
芽衣の担任からは、芽衣の両親が病院へ来ているから、俺は皆と一緒に帰るようにと言われた。
帰りの新幹線。
俺は窓の外を眺めて、クラスの奴らの目も気にせずに、泣いていた。
涙が止まらないんだ。自分が許せなくて。
クラスの数人は俺の異常さに気付いたんだろう。
高校生にもなって。男のくせに。人前で涙を流しているなんて。
そんな声が聞こえた気がした。
湊が俺の席に来て、担任から芽衣のことを聞かされたと言ってきた。
朝、芽衣のクラスでは芽衣が倒れて救急搬送されたこと、まだ意識がなく、しばらくは京都の病院に残ることを聞かされたそうだ。
俺のクラスのヤツらは、どうだ。芽衣のことなんて誰一人知らない。
芽衣が一人京都に残っていることを誰一人知らない。
俺は楽しく騒いでいるこのクラスの車両にいるのが限界で、新幹線のデッキに湊と出てきた。
そんな俺たちをクラスの奴らが放っておくわけがなくて。
「湊、本当に芽衣に申し訳ないことをしてしまった。芽衣がこのまま戻ってこなかったら、どうしたらいい。俺はどうしたら」
「いいか、結城。冷静になってくれ。お前が取り乱したところで芽衣がどうにかなる訳じゃないんだよ。一体、何があった?」
「いや、それは、言えない。すべて俺のせいなんだ」
「言えないって、なんだよ!お前がどれだけ芽衣を大切にしていたのか、俺は知ってんだよ。そのお前が芽衣を苦しめるわけないだろ。何があったんだよ」
そこへ化粧室からあの女が出てきた。
「あなたたち、うるさいわよ。さっきから芽衣、芽衣って。結城くんはやっと柚木さんと別れるって決めたのかしら?あんなの柚木さんに見せちゃったら、彼女はもう立ち直れないわよね」
その女の意味深な言葉に湊が反応する。
「おい、ちょっと待てよ。お前、昨日の芽衣のこと何か知ってんのかよ?」
その女の声を聞いただけで、顔を見ただけで吐き気がしてきて。
俺はトイレに駆け込んだ。
デッキでは湊がその女に食って掛かっていた。
「お前、昨日芽衣に何を見せた?芽衣と結城とお前、何があったんだよ」
「やだ、そんなこと普通聞く?あなたも柚木さんのこと好きなの?結城くんといいあなたといい、どうしてあんな女がいいのかしら」
湊はデッキの壁を思い切り叩いた。
「おい、お前が誰だか知らねーけど、芽衣のこと悪く言ってんじゃねーよ。芽衣をあんな女とか言ってんじゃねえよ」
「怖っ。私はね、結城くんがあの子に付きまとわれて困っているから助けてあげただけよ。ちょっと結城くんにキスしただけで、さっさと逃げちゃって。私に負けたのよ、あの子」
トイレに聞こえてくるその女の言葉を聞いて、俺はもう限界だった。
その女を殴らないと気が済まないくらい体が震えていた。
トイレのドアを壊れるくらいの力で開けて、その女に掴み掛かろうとした。
この女を殴って、退学になっても警察に連れていかれてもいいと思った。
その女に掴み掛かろうとした時、湊が俺を制止した。
「結城、何やってんだよ。少し冷静になれ。バカな女のこと殴ったって手が痛くなるだけだ。もう分かったから。昨日何があったのか」
「そんなに大袈裟に騒ぐことなの?たかがキスで」
その言葉に今度は湊がキレた。
「てめぇ、なに分かったように”たかがキス”だなんて言ってんだよ。それがどれだけ大事なことか、お前分からねぇんだな。もしかして、お前の頭、イッちゃってねーか?最低な女だな」
それまで大騒ぎしていた俺のクラスの奴らの車両が静まり返っていることに俺と湊が気付いた。
デッキのドアが開いていたんだ。
誰かが意図的に開けたままにして、俺たち三人の会話を皆で聞いていたらしい。
すでにクラスの奴らも芽衣が救急搬送されたことを噂で知っていたみたいだった。
その女はその場所にいられなくなってトイレに逆戻りした。
東京駅に着くまでの約2時間、トイレから出てこなかった。
俺と湊はその女をさげすみ、哀れんだ。
芽衣は状態が落ち着いているとのことで京都で3日間入院した後、結城総合病院へ転院してきた。
芽衣の両親が俺の親父に転院を頼んできたようだった。
心臓の検査ではなんの異常もなく、心臓はもう問題ないだろうとの見解。
あとは目を覚ますのを待つことしかできないと。
ただ、脳に酸素が回っていなかった時間を考えると目を覚ましても記憶が戻るかどうか、覚悟をして欲しいと、芽衣の両親には話してあるようだ。
俺は時間を見つけてはずっと芽衣の側にいた。
芽衣の手を握り、芽衣の名前を呼び続けた。
芽衣の両親はそんな俺を見て、まーくんの方が倒れてしまうんじゃないかと、心配までしてくれた。
俺があの時のまーくんだって、すぐに気づいてくれたんだ。
俺は嬉しかったよ。
『まー、く、ん』
それは突然だった。芽衣が俺を呼んだんだ。
目を薄く開けて、俺を見た。
「芽衣!芽衣!!気が付いたのか?」
俺はナースコールをして、急いで看護師を呼んだ。
看護師が俺を見て
「もう大丈夫よ、和真くん。だから泣いてちゃダメでしょ」
俺は泣いていることにその時初めて気が付いた。
その場に立っていることができずに、病室の床に座り込んで芽衣を、芽衣だけを見つめていた。
芽衣の両親が病室に到着すると、芽衣は両親をすぐに認識した。
記憶は飛んでいないようだった。
良かった。本当に良かった。
芽衣が母親に、
「まーくんは、どこ?」
と、聞いた。
俺の事を”まーくん“と呼ぶことに違和感を感じた。
そして芽衣はまた意識を手放した。




