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幕間:前日譚【日月神女】

◇◆◇ 天魔神教(てんまじんきょう) 日月宮(じつげつぐう) 日月神女(じつげつしんにょ) ()香凛(こうりん) ◇◆◇



 私の名は()香凛(こうりん)


 【天魔(てんま)】と【聖火(せいか)】と魔神に仕える【神女(しんにょ)】の一人です。


 この度、私は教祖様の御子を授かり【日月神女(じつげつしんにょ)】と呼ばれるようになりました。


◇◆◇


 神女とは、聖火と疎通し、【始天魔(してんま)】の意志を伝える存在です。


 まあ、現実的な言い方をすると、天家の血統になくても聖火との親和性を保有する女性のことですね。

 元々は聖火から託言を受ける存在として、神聖と不可侵の象徴であり、十万魔徒とも称される天魔神教の信徒たちの尊敬を一身に受ける立場でした。


 それが変化したのは500年前。

 『大界変(だいかいへん)』と呼ばれる大変動以来、この俗世が仙界と深く繋がった結果、仙界における天魔神教とも言える【太初神教(たいしょしんきょう)】との交流が開始されました。

 天魔神教に大変革が起きたと言われる『大界変』、これにより生じた変化の要因は、大きく分けて三つあると言われています。


 【天魔仙跡(せんせき)】の発生と、今まで実在が疑われてきた仙界の現実的な存在、そして【始天魔神跡】に作られた仙界との登仙(とせん)通路です。

 この登仙通路を用いた交流の恩恵により、当時の天魔神教全体の制度にもいろいろと変化が生じさせ、数多くの人を振り回したそうですが、それは神女も例外ではなかったそうです。


 中でも神女という制度そのものに多大な影響を与えたことは、通信用の【法宝】が置かれるようになったことです。

 これにより、神女が授かる聖火からの託言よりも、もっと確実な連絡手段が作られてしまったのです。実は託言の受けとるにも才能が必要で、その時代の神女個々人の適性に左右されますからね。


 ……もっとも、神女は神教の神物(しんぶつ)である聖火と疎通する神聖な存在。


 必要性が薄くなろうともお払い箱ということはありません。

 もちろん重要性が低下した現在と『大界変』以前とを比較したとき、神女の権威は低くなっているそうですが、敬われる存在であることに違いはありません。


 また、『大界変』以前は選ばれた唯一人が呼ばれていた神女という呼び方も、時代と共に単に聖火に対して親和性を持つ女性を示す言葉へとその意味を変えました。それも権威の低下の要因の一つなのでしょうね。


 ちなみに正確には、聖火に親和性を持つ女性が見いだされ【神女候補】となり、教祖様の御子を授かることで、後宮へ上がり、そこで初めて【神女】と呼ばれるようになります。


 私は、日月宮の主・日月神女です。


◇◆◇


 後宮に上がってから三ヶ月、未だここでの暮らしには慣れません。


 そもそも神女候補は、聖火との疎通を可能とする女性に与えられる称号のようなもの。


 月に一度、教祖様の母君であらせられる【太上神女】様が住まう神女宮に赴き、聖火に祈りを捧げて、聖火との親和性を高めること、そして神女が受け継ぐ特殊な術法を学ぶことが義務付けられてはいますが、特別なことと言えば、ただそれだけ。

 基本的に神女候補と呼ばれる者たちは、月一の義務を除けば、特に行動を縛られることなく自由に過ごしています。


 実際に私が神女候補であった頃は、武人として高みを目指す日々を送っておりました。

 だから後宮の暮らしというより、武功の修練を禁じられている現状に慣れず、違和感を感じているのでしょうね。もちろん、何かにつけてかしづかれることにも慣れませんが。


 ただそんな慣れない暮らしの中、三ヶ月前と変わったことが一つあります。


 護衛がついたことです。

 ……いえ、元々護衛はいましたよ?

 ただ、新たに私のすぐそばで身を守る直身護衛の立場に就いた人がいるのです。


 その護衛の名は()空燕(くうえん)

 【超絶頂(ちょうぜっちょう)】の境地の武人であり、神教では巨魔(きょま)の位階にあり、【真陽(しんよう)刀龍(とうりゅう)】の別号で呼ばれる魔人です。

 さらに教祖様の側近にして、【護法隊(ごほうたい)】の一つである【朱雀隊(すざくたい)】の副隊主であり、次代の魔人たちを育成する潜魔館(せんまかん)に在籍していたころから、当時三公子と呼ばれていた現在の教祖様に仕えていた古参の忠臣であり、私の双子の兄です。


 本来ならば如何に神女の護衛であっても、男が後宮に入ることはありませんが、今回は特別に本来女性のみで編成される【朱雀隊】への配置となったようです。

 現教祖様の最初の御子であることと、護衛対象と護衛が実の兄妹であること、そして私と兄のこれまでの忠節と功労を勘案された特別扱いだそうです。


 教祖様のご配慮には感謝の念が堪えません。


◇◆◇


 後宮に上がってから八か月が経ちました。

 季節は巡り冬となり、初夏に後宮に上がったことを思えば、月日の流れを感じずにはいられません。


 流石に後宮での暮らしにも慣れてきた私ですが、寒くなるにつれ、問題というほどのことではないのですが、困ったことが起きました。


 私は、超絶頂の境地に至った武人として当然のごとく、冷気と熱気への耐性を寒暑(かんしょ)不侵(ふしん)の境地まで高めています。

 さらに私の独門武功である【寒霧(かんむ)月女(げつじょ)剣法】とその根幹を成す心法【氷魄(ひょうはく)神功】は陰気を根源とする極陰(きょくいん)の武功であり、なにより私が持って生まれた【極陰之体】は、自らの内に膨大かつ強力な陰気を抱く武骨です。


 つまり何が言いたいかというと、皆様にとって肌寒いくらいの季節は、私にとって薄着で心地よく過ごせる気候であり、以前は年中動きやすい衣服を身に着けていたため、厚着が苦手なのです。


 そのため、この冬は邪魔な上着を脱いでしまう不注意な私と、それを窘める副隊主……いえ、侍女頭とのイタチごっこが、日に何度もあちらこちらで起きていました。

 胎の子供に悪影響が出かねないので、薄着になってはいけないと口を酸っぱく言われたのですが、私自身、寒さによる悪影響というものを感じたことがない身なわけで、……なかなか直りませんね。

 彼女には、本当に迷惑をかけっぱなしですね。


 まあ、この笑い話のような問題はすでに解決済みだったりします。

 先日、教祖様に下賜された【法宝・五彩(ごさい)宝環(ほうかん)】は着用者の体から三尺ほどの距離に気膜を形成し、着用者を守る護身機能とともに、気膜内部の温度を一定に保つという機能を持っているのです。


 ……ええそうですね、惚気話をしたかっただけですね。

 何か問題でも?


◇◆◇


 後宮に上がってから一年が経ちました。

 ……はい、無事に生まれました。元気な男の子です。


 名を武雷(ぶらい)。日月武雷です。

 もし至尊の座に到達したときには、(てん)武雷です。なんて、気が早すぎますね。ウフフ。


 この名前は、教祖様のお父上である太上教祖様に名付けていただきました。

 武雷の父である現天魔至尊の名、天武宗(ぶしゅう)様から、武の字を継がせ、武雷の祖父である太上教祖様(ごじしん)の名、天雲外(うんがい)の雲の字からの連想で雷を見出だされたそうです。

 雷の字には、力強さや勢いという意味の他に、名前として使われる時は将来への期待や困難を乗り越える力強さを願って名付けられることが多いのです。


 ……教祖様はもちろんのこと、太上教祖様や太上神女様にも大変なご厚意を頂きました。

 この度子供が無事産まれ、ご期待に応えられたことは、神教の信徒として、天魔の臣下として、望外の喜びです。


 ……まあ、実のところ一番感動していたのは空燕兄上かもしれません。

 もちろん、皆様にお喜び頂けましたことに間違いはありませんが、それでも護衛としてすぐ傍に(はべ)りながら、滂沱の涙を流して直立していた私の兄を見て、赤子を愛でつつもそちらに気を取られいる様子はひしひしと感じられました。


 私は【極陰之体】の持ち主ですから、陽功系の武功を学んだことはありませんが、あの時ばかりは顔から火が噴き出るような思いでした。


◇◆◇


 ………………後宮に上がってから四年が経ちました。

 ………………武雷が生まれ落ちてから、三年。

 私は、教祖様に頂いた【法宝・五彩(ごさい)宝環(ほうかん)】を武雷に渡し、あの子は暑さに苦しむことも、寒さに凍えることも、羽虫に刺されることも無く、健康に育っていました。


 今日この日まで。


 いつも通りの朝でした。

 いつも通りの朝となるはずでした。

 ………………冷たくなってしまったあの子を見るまでは。


 あの後、どうなったのか私にはわかりません。

 泣いては眠り、泣きつかれては気を失うように眠りにつきました。

 気づいたときには、すでにあの子は荼毘(だび)に付され、最後の別れもできなかったのです。


「武雷。日月武雷。我が子よ。こんなにも愚かで弱い母でごめんなさい。見送ることもできなかった私を、どうか恨んでください」


「清浄光明、大力知恵。天魔よ、聖火よ、魔神よ。我が子、武雷の後生を祝福あれ」


◇◆◇


 後宮に上がってから…………もう何年でしょうか?

 もし武雷が生きていたなら六歳になっているでしょうから、七年ですか。


 教祖様をはじめ、潜魔館で共に教祖様への忠節を誓った側近の方々や、元月鳳隊の侍女たちの助力を得て、なんとか立ち直ることができました。


 甥を守れなかった衝撃が強かったのか、特に相談もなく護衛も朱雀隊もやめて、武者修行に出てしまった空燕兄上には言いたいことが山ほどありますが、許してあげるとしましょう。……私の悲嘆にくれる姿を見ることが忍びなかったのでしょうから。


 そんな兄も次の冬至には戻ってくることになりました。今度は朱雀隊に所属というわけではなく、専任護衛という立場だそうですけど。


 ……はい、そうですよ。また私の胎内(なか)に新しい命が宿ったのです。

 

 この知らせが届いたとき、兄はこの三年間悩み続けた甥の死による心魔を打破し、見事化境の境地に至り、さらに教祖様からの縁談により【白蘭公主】様を娶ることが決まりました。

 加えて一月後には侍女頭の白華憐(はくかれん)の妊娠も判明し、その六か月後には【白蘭公主】様のご懐妊まで。

 次々と祝い事が駆け込んでくるような日々でした。


 祝い事、すなわち慶事です。


 生まれてくる子供の名前は、男の子であれば慶雲、女の子であれば慶雪。


 今回は教祖様が考えてくださった名前ですが、素晴らしいと思いませんか?


◇◆◇


 私と同じ白銀の髪と白い肌、そして紅玉のような赤い眼をした随分と神秘的な子供が生まれました。この子は、天魔が使用する大将旗に描かれる三頭龍と同じ肌色と眼の色を持つ吉兆(きっちょう)だと喜ばれました。慶事に次ぐ慶事ですね。


 ……まあ、その後誕生した【白蘭公主】様と空燕兄上の子供は、更に桁違いでした。

 生まれた日の朝、雲一つない晴天の空に百八発もの雷劫(らいごう)を引き起こし、鳳凰(ほうおう)の幻影を映し出すという異象(いしょう)を発現させたのです。慶事に次ぐ慶事の、さらに大吉兆といったところでしょうか。ちょっと桁が違いすぎますよね。


 これまでのことが何であれ、我が子と我が姪、二人の未来に幸あることを祈りましょう。

 …………武雷が、兄として弟妹を見守ってくれると願っています。


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