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幕間:【仙剣**之化身】・【冷仙月】

◇◆◇ 天魔神教(てんまじんきょう) 新疆(しんきょう) 万剣冷家(ばんけんれいけ) 冷仙月(れいせんげつ) ◇◆◇



 憂う月下に鞘を払い、寒光ひとすじ空を裂く。


 剣意百尺楼をなお、一念をもって万物を断つ。


 その一振りにて断山河、かの一式にて断星海。


 我、人にあらず。ただの剣なり。



◇◆◇



 それが何時のことかは分かりません。

 物心ついた時なのか、産まれた時には既にそうだったのか。


 しかし何時の頃からか私は自らを剣だと確信していました。


 勿論この身が人間であることは分かっています。

 父も母も人間であり、その二人から生まれた私も当然人間です。


 ですがなぜか常に思うのです。

 知っているというべきでしょうか。


 二尺八寸の我が身を。


 月照精銀と北天寒星鉄が形を成した我が身を。


 数多の剣仙の至高の剣路を彩った我が身を。


 我が身は妖を斬り、魔を斬り、仙を斬り、――龍を斬ったと。



◇◆◇



 万剣冷家。

 私が生まれたこの家は天魔神教において屈指の名門です。

 神教開派とほぼ時を同じくして誕生し、さらに始天魔の娘が興した家門という特殊な来歴から、神教内部における格式においても別格に位置しています。


 そして我が家を語る上で絶対に外せないのが剣法です。

 我が家の剣法には始祖の母である剣魔が創案した剣法とその剣魔が江湖を旅する中で発見した剣法、さらにそこから派生した剣法も含めて数え切れないほどの武功が存在します。


 剣理万象、剣魔帰一。

 これは神教における剣法についての格言ですが、我が家の剣法は神教はおろか天下全体を見渡してなお五指に入ると噂されるほどです。



◇◆◇



 始天魔祖師が仙界へと上がる前。

 かの方は自身の子孫へいくつかの神物を残されました。


 現代においては『天魔遺物』と呼ばれるこれらの神物は、紛失した物や消耗した物も存在するため現存するのは一握りですが、【聖火】や【天魔剣】に代表されるこれらは、そのすべてが常軌を逸するほどの力を持ち当時邪派の新興勢力と見なされていた初期の天魔神教にとってどれほどの救いとなったのか計り知れません。


 そして天家を継いだ二代天魔に『聖火』や『天魔剣』が残されたように、この万剣冷家の始祖である始天魔の娘にも当然のように『天魔遺物』は残されました。

 私どもの始祖は特に始天魔に寵愛されたと伝わっており、内功増進用の霊薬や防御用の法宝に始まり、一瞬にして陣法を張る陣器や傷を肩代わりする呪符など、様々な『天魔遺物』が伝わっています。

 そしてさらにもう一つ、天魔神教の聖物である【聖火】に匹敵するほどの神物を与えられていたのです。


 【揺籃剣池(ようらんけんち)】。


 始天魔祖師のご母堂が子である始天魔祖師に贈ったと伝わる仙界の宝物であり、剣道の資質を測るとともにその悟性を引き上げる『天魔遺物』の中でも群を抜いた奇物。


 そしてこれを用いる儀式こそ、私、冷仙月が最初に頭角を現した出来事でした。



◇◆◇



 神教の教祖家系である天家には、天魔直系の子供を聖火にくべることでその生誕を祝う【聖火の儀】が存在します。

 これは聖火で伐毛洗髄を行う実利としての行事であるとともに、神教全体で御子の誕生を大々的に祝う儀式であり、本来であれば聖火への拝謁が許されることのないような下位の魔人でも、この時ばかりは見学を許されることになっています。


 そして天家に【聖火の儀】が存在するように、我が万剣冷家には【剣子洗練】という行事が存在します。ここで登場する神物こそ【揺籃剣池】です。


 あまり広く知られた儀式ではなく、参加者が万剣冷家の直系や有力な傍系親族に限られるような内向きの行事ですが、新たに生まれた直系の子を【揺籃剣池】へと浸け、剣道の資質を測り剣道の悟性を引き上げるという万剣冷家繁栄の礎ともいえる重要な行事です。


 私はこの儀式で浸かった【揺籃剣池】を光らせ、周囲の武人たちの佩剣を振動させるという現象を引き起こし、これが頭角を現す最初の出来事となったのです。

 まあ、そうは言っても赤子だったので覚えているわけではありませんが。



◇◆◇



 次に私がその才を示したのは【月輪剣法(がちりんけんぽう)】の指南が始まってからのことです。


 【月輪剣法】は万剣冷家の有するすべての神功絶学の基盤となる基本功。


 ですがこれについては如何ということもありません。私の中の記憶をよぎる数多の剣路と比べては、幼稚としか言えないような、そんな剣法です。基礎がしっかりしていることは認めますが、ただそれだけ。これだけならば才を示したと騒ぐのも烏滸がましいようなことです。


 ゆえに問題となったのはその後です。

 当時の私は万剣冷家の次期家主として多忙を極める母の代わりに、母の妹……すなわち叔母に剣を教わっておりました。

 叔母は二十歳を前にして超絶頂の境地に至った大変優秀な方で、現在も七星護法隊の一つである『天璇隊(てんせんたい)』の副隊主を務める立派な方なのですが、その性格には少し問題があり、いささか軽薄というか短慮なところがあったのです。


 そんな叔母が瞬く間に【月輪剣法】を覚えた私に何をするか。……その答えは面白がって次々と新たな神功絶学を教えるでした。

 【月輪剣法】の次の段階にある万剣冷家の正当な独門武功【真辰(しんしん)月輪剣法】を皮切りに。

 寒月魔尊が創り上げ今は亡き日月神女が受け継いだ【寒霧月女(かんむげつじょ)剣法】。

 現魔尊である凌光魔尊(※鳳雛の激動人生に登場)の【凌光龍月(りょうこうりゅうげつ)剣法】。


 その他にも【弦月一蛍(げんげついっけい)剣】や【炎月焚天(えんげつふんてん)剣法】など十を超える上乗の剣法を教えられ、私はそれらすべてを瞬く間に会得してしまったのです。勿論内功が足りない以上、それらの剣法を正確に再現することは出来ませんが、それでも剣路だけを写し取ることは造作もありません。


 これこそが私が二度目に頭角を現した出来事でした。


 ……ちなみにですが、その後叔母は私の母とお祖母様に当たる現家主に厳しいお叱りを受けたそうです。

 本来私の度合いでは到底成しえぬ境地の剣法を教え、走火入魔に陥ったらどうするのだと。

 それでも私が為してしまったため家門の長老たちから庇う意見も出たそうなのですが、結果良ければすべて良しとはなりませんでした。



◇◆◇



 それは運命の出会いでした。


 白銀を思わせる長い髪と同じくらい白い肌。

 眼はハッとするほどに紅く、峻厳な知性を感じさせながらもその感情は測り知れない。

 目鼻立ちの通った顔立ちは息を呑むほどに美しく、それでいながらも整った眉目は力強く男らしい。

 そして何より感じるのが綺羅星の如く煌めく才とその眼と頭に秘められた龍の力。


 私は人に興味がなく家族と話すことすら稀な性格ですが、その日初めて他者に心を奪われ、自らの心に執着が生まれたことを感じました。


 あの方にとっての私はその他大勢のうちの一人かもしれません。

 ですが私にとってのあの方は、この未熟な灰色の世界で唯一色のついた人に思えたのです。


 私はこの方の剣となるために産まれてきたのでしょう。



◇◆◇



 幼い頃家門の上乗武功を次々に習得し『剣魔公の再来』とまで謳われた私ですが、結局名家内での天才たちを集めた【八俊】では第二位がせいぜい。魔泉心法の成就が剣法ほど上手くいかず、剣道に比べ気道の才はそれほどでもないという評価が下されました。

 そのような評価が下された当時は既に人付き合いも薄く、欠片も気にしていなかったのですが、後にそのことを酷く後悔した出来事が存在します。


 お世辞にも口が達者とは言えず、いかに憧憬の念を抱こうとも大勢の臣下に囲まれる慶雲師兄に話しかけることなどできない私にとっての千載一遇の機会。

 すなわち慶雲師兄へのご挨拶の際、家門学習組を代表して【八俊】第一位である趙誠が行うと聞いたとき酷い後悔に襲われたのです。あの時は趙誠を闇討ちしてやろうかとも思いましたが、それらの後悔も嫉妬ももう良いのです。


 今こうして慶雲師兄と打ち合うことができているのですから。



◇◆◇



 序列大戦の決勝の舞台、私は念願かなって慶雲師兄とお喋りをしています。

 ……ええ、お喋りといったらお喋りです。

 武人とは剣で語る者。

 その武人が剣を打ち合っている以上、これはお喋り以外の何物でもありません。


 ――ん、またひとつ大きな悟りを得ました。これで二回目です。ただ悟りというよりも我が身に染み付いた錆が落ちたような、あるいは枷が一つ外れたような。

 どちらにしてもこれは慶雲師兄のおかげに他なりません。ということでまた一振り、慶雲師兄への思慕を込めて剣を振るいました。


『お慕い申します!』



◇◆◇



「……うむ。冷仙月――いや仙月よ」


「……っ!? はっ」


 !?!?!? 名前!?


「此度の比武はこれにて終わらせる。本座の下に来るがよい」


「……っ!?!?!?」


 さ、誘われてる!?

 ああ、顔が瞬く間に赤くなっていくのがわかります。絶頂の境地にある慶雲師兄が一流程度の武功しか持たない私にここまで長く付き合って頂いたのです。これは……期待しても良いのでしょうか?


「――――!!」


 お恥ずかしい話ですが、私は『諾』の答えを返すにも剣を用いねばならないような粗忽な娘でございます。


 不束者ではございますが、どうか幾久しく末永く。


 長きにわたる武の道をご同道させていただければ幸いです。


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