【第一次序列大戦】其の十
◇◆◇ 天魔神教 潜魔館 第一階層 闘技場 第六公子 日月慶雲 ◇◆◇
『冷仙月』
万剣冷家の直系の娘。
【八俊】第二位。
趙誠と共に例外的な才を持つ二人のうちの一人。
準決勝においては本座の片腕、白刻影を打ち破りし者。
そして本座の決勝戦の対戦相手である。
舞台上ではすでに本座と冷仙月が向き合っていた。
彼女についてその存在を示唆したことはこれまで何度かあったと思うが、その非凡たる由縁について語ったことはなかったと思う。
我が母・【日月神女】麻香凛が新雪のごとき美しさを誇る美女であり、我が従妹・【百雷鳳雛】麻夢蝶が太陽のごとき輝きを秘める幼子ならば、冷仙月は闇夜を照らす月のごとき美しさをその身に宿す美少女である。
流れるような艶やかな黒髪に、透き通るような白い肌。細い手足は楚々とした雰囲気を出しながらも、凛とした眼差しからは意志の強さが垣間見える。
まさに冷たい月光が人の形を得たような非凡な佇まいであり、その静けさは見る者の心を自然と惹きつけている。
無論まだ八歳かそこらの子供である以上美しさを語るには幼すぎる外見であるが、それでもその片鱗は確実にその姿を覗かせており、あと十年もすれば仙女と称されることは間違いない。名は体を表すとは言うが、冷仙月という名がこれほどまでに相応しい者はそうはいないだろう。
そして非凡であるのはその容貌ばかりではない。否、その隠された天賦を思えば、その外見こそ才覚を飾る綺羅、見栄えの良い装飾であるというべきか。
百聞は一見に如かず、まずは見るがよい。
◇【冷仙月】
・種族:人族 **
・身分:潜魔 剣****
・地位:潜魔
・境地:一流
・状態:先天被呪<龍呪>
<天賦>道骨:万霊剣骨<弱体化>
天賦:先天剣胎<封印>
天賦:九天剣心<封印>
天賦:仙剣**之化身<封印>
天賦:天魔巫女
神*:****<封印>
神*:****<封印>
血脈:剣尊血脈
真脈:太初真脈<封印>
体質:無病長寿
<功法>心法:魔泉心法 四成
剣法:月輪剣法
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まずは【*霊*骨】という正体不明の武骨である。これは現在弱体化して……ん? 【万霊剣骨】? ……なんと、伏字が消えたのか!?
昨日までは蝶姫の鑑定結果と同様に伏字だらけであったのだが、何が起こったのか一夜にして読み取れぬ部分が大幅に減っている。
境地が絶頂に至ったことが効いたのか、あるいは魂力の段階が上がったことが効いたのか……何が原因であろうか?
まあ考察は後である。話を戻そう。
現在は弱体化の末にAランク武骨程度の才しか発揮できておらぬとはいえ、【万霊剣骨】の本質は武骨の上に存在する【道骨】の一種だそうだ。
加えて数多存在するその他の天賦もその多くが封印されているとはいえ、これは【百雷鳳雛】の別号を与えられ仙界へと招かれた蝶姫に比肩しうるほどの代物である。
かつて本座は趙誠と冷仙月の二人を挙げて【八俊】の中でも例外的な二人と称したが、実際のところ冷仙月と比べれば趙誠の方はおまけに等しい。
ではかように素晴らしき才を持つ相手との対戦で、何故本座のモチベーションが上がらなかったのか? ……そんなもの封印されているからに決まっておるわ。
如何なる天賦も道骨も、発揮できねばただの絵に描いた餅、画餅に過ぎぬ。何らかの呪いで封印されていることはわかるのだが、本座に呪法の知識はないし、そもそも万剣冷家の魔尊たちが解いておらぬ以上益々もって本座が何とかできるような領域の話でもない。
まあ結局のところ今思い悩んでも仕方のないことであるし、そろそろ比武も始まるころである。初志貫徹。今日は【月輪剣法】の習得に全力を注ぐとしよう。
……さてそろそろ始まるか。本座と冷仙月が入場してからそこそこの時間が経っていたのだが、夢瞳魔尊からの激励の言葉があったゆえ未だ比武は始まっておらぬ。やはりどこの世であっても重役の挨拶というものは長いものなのだろうか?
◇◆◇
「日月慶雲だ」
そういえばこやつの声を聴いた覚えがない。
そんなことに思い至った本座はこちらから声をかけてやることにした。
我ながら随分と偉そうな物言いであるがご容赦あれ。何様かと聞かれれば、天魔神教の神、【崩月天魔】の六公子様である。
「……」
「どうした? 言葉を発せぬというわけでは無いのであろう?」
沈黙したままこちらを見続けている冷仙月に言葉を続ける。
本座は未だ見たことはないが、二階層の広場の片隅で剣に向かってボソボソと喋っている様子を臣下たちが何度か目撃しているらしい。……不思議ちゃんかな?
「……」
「やはり剣相手でなくば喋れぬか?」
今度は少し煽ってみる。
ただ今のは挑発であるが、冗談抜きに剣以外と喋るつもりがないということもあるのかもしれぬ。封印されているとはいえ、【天賦・先天剣胎】や【天賦・九天剣心】、【天賦・仙剣**之化身】のような剣の化身がごとき天賦を多く保有しているのだ。
「……」
……いや本当に何を考えているのか分からんなこやつ。本座は今『剣としかお喋りできないクソ陰キャちゃん乙』くらいの侮辱をしたつもりであったのだが、まったくもって動きがない。怒るどころか眉一つ動かさぬわ。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
ふむ、どうしたものか。いっそ斬りかかってきてくれた方が助かるのだが未だ動きがない。こちらから話しかけ、さらに挑発した手前それを一方的に打ち切るようでは外聞も悪い。……自縄自縛ここに極まれりである。
「……っ」
「ん?」
「冷仙月。師兄にご挨拶申し上げます」
ほう? 師兄か。そうだったな。
「なんだ喋れるではないか。あるいは口の利けぬ者に無茶を言ったかとも思ったぞ」
その外見に相応しい美しい声だった。
それと今言われて思い出したのだが、万剣冷家の直系の者は天家の者を師兄と呼ぶ慣習があるらしい。まあ元が天魔の妹が興した家であるのだ。さもありなんといったところか。
「それで? これまで誰かと会話したという話は聞いたことがないが……如何なる理由だ?」
「……私は喋ることが不得手。問答は全て剣にて」
冷仙月はようやく剣を構えこちらに相対する。それと共にどこからともなく鋭い風が吹いてきた。あるいは冷仙月の放つ殺気が鋭気となり吹き付けたのだろう。
「左様か。すまぬな、本座の口数が些か多かったようだ」
武人とは拳で語り、剣にて志を立てるもの。これ以上の問答など無用であるな。たしかにそこまで興味があるわけでもない。今回の目的はあくまで月輪剣法にあるのだ。
「では先手は譲るぞ。冷仙月」
「有難く。――月輪剣法第一招式、月閃!」
剣理万象、剣魔帰一。
『全ての剣の理は剣魔に通ずる』とも謳われた万剣魔尊の独門武功・【月輪剣法】。存分に堪能させてもらおうか。
◇◆◇
月輪剣法は前半四招式、後半四招式の計八招式で構成されている。
第一招式、月閃
第二招式、新月
第三招式、弦月
第四招式、満月
第五招式、白月揺光
第六招式、寒月照破
第七招式、皓月千里
第八招式、進破天月
後半になるほど難解な招式となるのは他の武功と変わらぬが、それでもすべての招式が基礎的な剣式で構成されており、時間さえあればどのような者でも習得できるという素晴らしい武功である。
武功の中には並外れた怪力や平衡感覚、強靭な手首や柔軟性など人を選ぶものも存在することを思えば、凡夫であっても無理なく修められその上で一流武功の水準以上の威力を誇るこの武功には感嘆の一言である。
ただ一方で問題も無いわけではない。
単純に難易度だけを見ればこれ程使い手を選ばぬ一流武功は他にはないが、実際の戦闘となるとこれ程使い手を選ぶ武功も他にないのではなかろうか?
基礎剣式で構成された武功の悲哀と言うべきか、実際の戦闘において招式における自由度とも言える変化の妙が他の武功よりも大きく影響するのである。
戦闘において最も経験や才覚に影響される武功、とでも言うべきか。自由度が高いからこそ使い手の技量の差がもろに現れ、同じ武功の同じ招式であっても使い手によってその性質や完成度に差が生じるのだ。万を超える変化を生み出す武功でありながら、実際に万を超える変化を繰り出せる武人は僅かなのである。
ただこの問題も実際の戦闘に入らばの話。
自由度の高い武功なればこそ数多の剣法の母体としても優れ、現に神教に存在する剣法の内その約三割はこの剣法を発祥とするものであるらしい。本座の母が修めた【寒霧月女剣法】の他にも、神教に存在する『月』という文字が名に入る剣法は全てがそうなのだそうだ。
まあいろいろと語ったが既に全八招式の観察も終わった。武功の話は仕舞としよう。
『慶雲様! 慶雲様! ようやくお話しできました!』
それよりも剣を通して伝えられる冷仙月の思慕の念。
『お慕い申します!』
どうしたものか?
◇◆◇
あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!
剣を交えるたびに冷仙月からの思慕の念を感じるんだ……。
な、何を言っているのかわからねーと思うが、本座も何をされたのかわからなかった……。
うむ、とまあ戯れてみたところで困惑は既に消え去った。真面目に考えるのであれば、冷仙月の保有する天賦が何か作用したのだろう。
……確認してみれば案の定である。【天賦・先天剣胎】と【天賦・九天剣心】の封印が解けているようだ。しかも本座には心当たりがない。【先天被呪】とは結局何なのであろうか?
「なにやら顔が清々しいな。冷仙月よ」
「……はい、お陰様で」
『名前! 名でお呼びください!』
「……フッ、いや本座は何もしておらぬ」
「いえ……」
『壁を一つ乗り越えました! 流石慶雲師兄です!』
――声が二重に聞こえるというわけでは無いのだが、脳裏には同時に二つの言葉が叩き込まれているように感じる。是非にも考察を続けたいところなのだが、内と外の違いに笑いを堪えることに精一杯である。実際先ほどは少し含み笑いが漏れてしまった。
「……」
「……」
『お慕い申しております!』
……こういうのを何と言っただろうか? ヤンデレ? クーデレ? いや心の内を読んでいる場合は違うか? まあなんであれ悪い気はせぬな。
いや実は先ほどの説明ではあえて省いたのだが、冷仙月の持つ天賦の一つである【天魔巫女】はすなわち神女の資格を持つ者が保有する天賦である。
以前はその存在を知らなかったために母の予想鑑定結果には入れていなかったが、母も間違いなく保有していたであろう天賦である。
つまり何を言いたいかと言えば、相手としては不足はないのである。……その才覚もさることながら、万剣冷家の後ろ盾が得られよう事も含めて、な。
「……うむ。冷仙月――いや仙月よ」
「……っ!? はっ」
「此度の比武はこれにて終わらせる。本座の下に来るがよい」
「……っ!?!?!?」
顔を真っ赤にして固まってしまったがそれはそれ。本座は剣を振りかぶる。
結局のところ一流の境地の冷仙月と絶頂の境地の本座とでは、勝負の結果は言うまでもない。
そして本座と冷仙月の今後の関係については……まあこちらは言わぬが花とでもしておこう。フハハッ、実に実りの多い大会であった。
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