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【第一次序列大戦】其の九

◇◆◇ 天魔神教(てんまじんきょう) 潜魔館(せんまかん) 第一階層闘技場 ??? ??? ◇◆◇



 深夜、人々が寝静まる頃。静寂に支配された闘技場の舞台の上には一人の女性の姿があった。


 腰まである紫紺色の髪に桃色に光る瞳。

 長い手足と均整の取れた体。

 顔の半分は面紗(めんしゃ)に覆われているが、その下を見ずとも美女であることが伝わってくる。

 その女性には彫刻がそのまま動き出したような美しさがあった。

 まさしく絶世の美女である。


 しかし特筆すべきはそこではない。

 不可思議なるは透き通るような白を通り越して、向こうが透けて見えるその身体である。


「……フフ。面白い(わらべ)じゃな」


 その声は鈴の音のように澄んでいた。この世の者とは思えぬほどに。


「武道だけではなく術道も修めておるの。魂力(こんりき)は未だ第一位階頂点程度じゃが、齢八つで絶頂の境地にも至っておることを思えば十分じゃ」


 あるいは霊かなにかなのだろうか。

 女性は宙にふわりと浮きながら楽しげに笑う。


「それに先の一戦まで気づかなんだが、常に五種の功法を用いておったの。それにあの錬魂法……。妾の知らぬ錬魂法がこの神教にまだあったとは」


 一転、眉を顰め悩まし気な表情を浮かべる。そのような顔ですら美しい。


「……楽しみじゃ、楽しみじゃのう。童――日月慶雲よ」


 その桃色の瞳はさらに輝きを強め、一瞬のちその姿は見えなくなった。



◇◆◇ 天魔神教(てんまじんきょう) 潜魔館(せんまかん) 第二階層居住区 第六公子 日月慶雲(じつげつけいうん) ◇◆◇



「む? 誰かに呼ばれたような……」


 第九回戦を終え残るは明日の決勝のみとなった本座は、一人私室を出て居住区を散歩していた。

 時刻は既に日付が変わるほどの深夜であり、本座があてもなくふらふらと歩き回る様は、白い肌と白銀の髪も相まって幽霊のようにでも見えるのかもしれない。


 そこで何をしているのかと言われれば、何を隠そう武侠小説定番の大会裏で発生する特殊イベント待ちである。


 先の準決勝では同年代において比類なき天才と称された趙誠を破り、齢8つにして絶頂の境地に至った本座。

 【白眉剣龍】という別号も付き有り得ざる偉業を纏ったこの身は、もはや同年代の者は元より絶頂の境地に達した者がおらぬ一つ二つ上の年代の者たちさえ下に見る立場である。さもあろう、絶頂の境地とはすなわち魔将の位階であり、ここ潜魔館でいえば教官たちと同等の実力ということになるのだ。


 物語的に言うのであれば、この辺で後々の伏線となるようなキーマンと出会ったり、本座を危険視する者から放たれた刺客を撃退したりというマンネリ打破の展開が挟まるのが常であるゆえ、その辺を狙ってみた次第である。

 ……明日の決勝へのモチベーションが上がらず、味変を期待した気まぐれとも言う。


「……まあ無駄よな」


 とはいえ既に意味もなく居住区を二回りもしており、無駄骨に終わりそうな気配しかしておらぬ。


 流石に人が出歩くには遅すぎる時間であるゆえ、キーマンのみならず誰と出会えるわけでもなく。その上この散歩は特に本座の日課というわけでもない。

 もし仮に何かしらの奇跡が起きて刺客の手配が間に合い、誰にも見とがめられることなくこの第二階層に入り込めたとしても、本座の思い付きであるこの時間を狙えるわけもなかった。


「そろそろ辞めるか……」


 本座は無意味な徘徊を取り止め、此度至った絶頂の境地を我がものとすべく剣法の修練をすることにした。

 ちなみに帰って寝るという選択肢はない。無理やりにでもイベントを起こさねば負けた気分になるという実に愚かな意地である。諸君は存分に笑って良い。


「――さて」


 さて取り出したるは木剣……ではなく真剣。

 本座の母が残した形見の剣にして法宝、銘を鋭寒(えいかん)という。


〇【鋭寒】

<分類>:法宝

<ランク>:伝説級

<概要>:万年寒鉄と氷精によって作られた剣。適正の無い者は触るだけで身に刺さるような寒さを感じる。

<効果>:陰気適正・剣気収束・剣気加速・冷心


 幼魔館入館以来システムの倉庫の中で眠っていたそれは、本座自身も見るのは久しぶりである。


「……美しいな」


 その刃は水晶のごとく透き通り、夜空の月で幻のように儚く煌めいている。

 長さは二尺八寸、重さは同じ寸法の鉄剣より軽く、幼魔館入館以前ならばともかく、今の本座であれば十分に振り回せる重さである。


 ……うむ、やはり何度見てもこの美しさには感嘆する。この玲瓏(れいろう)なる剣を新雪のごとき美しさを誇った母が身につけていたかと思うと、それだけで目が潰れそうになるほどだ。母に似た本座もそれなりに似合うのではなかろうか? いやはや鏡がないのが残念であるばかりである。


 本座は鑑賞もそこそこに、いつものように【在魂大法(ざいこんだいほう)】で剣に残る記憶を読み始める。

 母の姿もさることながら、母が展開する【寒霧(かんむ)月女(げつじょ)剣法】の招式を今一度見たいと思ったのだ。絶頂に至った今ならば、何か得られるものがあるかもしれぬ。


『――寒霧月女剣法第一招式』


 脳裏に流れるは鋭寒の記憶が映す母の姿。


「――寒霧月女剣法第一招式」


 未だ身の丈は足りずとも、寸分たがわぬ完璧な模倣を成す本座。


『「寒氷初月(かんひょうしょげつ)」』


『――ザンッ!』


 ――シュッ。


「……フゥ」


 ……失敗か。

 落胆と共に【在魂大法】を止め、ふと息を漏らす。


 鋭寒が写し出す母のそれと比べると、本座のそれは明らかに見劣りしている。単純に言えばどこか動きがぎこちないのだ。


 無論母は超絶頂の境地にあり、その実力が今の本座よりもはるかに優れていたことは間違いなく、何より母が根幹とした内功心法は【寒霧月女剣法】と共に創られた【氷魄(ひょうはく)神功(しんこう)】で、さらに【寒霧月女剣法】は上乗武功(じょうじょうぶこう)を超える超上乗武功である。


 武功にあった内功心法という土台がない上、そもそも上乗武功自体が基本功が整っていない状態ではなにも理解できない仕組みとなっている以上、威力が見劣りするのは致し方ないことともいえる。


 だがそれらの問題の前に本座の招式と母の招式にはもっと根本的な、運気要訣という壁が存在するのである。

 ――運気要訣さえ分かれば……。


「さて、今一度だ。――【明月錬魂法(めいげつれんこんほう)】、――【在魂大法】」


 運気要訣か、あるいはもっと深く武功を知ることができればとも思うのだが、さすがの【黒龍六眼】も【在魂大法】をまたいではその真価を発揮できぬ。

 より鮮明な記憶を読み取りたければ、【在魂大法】により強く魂力を注ぎ込むしかない。


 …………いや、そうか。


「瞳術開眼、【幻夢眼】」


 生身の肉体こそが枷よ。夢の中ならば問題あるまい。



◇◆◇ 天魔神教(てんまじんきょう) 潜魔館(せんまかん) 第一階層 闘技場 第六公子 日月慶雲(じつげつけいうん) ◇◆◇



 居住区の片隅で目覚め、慌てて私室に戻ったのが今朝のこと。

 幸いにして遮蔽物の陰に隠れていた上、結跏趺坐(けっかふざ)の姿勢をとっていたゆえ、例え誰かに見られたとしても悟りを整理するための瞑想中とでも思われたことだろう。

 ……まあ不用心と思われることは避けられまいが。


 昨夜の本座の試みは結論から言えばなかなか微妙な結果で終わった。

 というのも瞳術で心象世界を作り出すことが成功し、【寒霧月女剣法】を展開する母の姿を再現することまではできたのだが、肝心の運気要訣を再現することができなかったのである。


 あるいは本座の【幻夢眼】の力量が足りなかったのか、武功自体への理解が足りなかったのか。原因は分からぬが、当初の目的を思えば失敗といっても過言ではない。

 無論、何の成果もなく朝まで寝こけていたわけでは無い。

 何が切っ掛けとなったのかは定かではないが、魂力の段階が上がり第二位階となったことは大きな成果であるし、なにより母が招式を展開する姿を鑑定することで【寒霧月女剣法】の来歴を知れたことは習得における大きな一歩と言えよう。


 【寒霧月女剣法】の創始者は寒月魔尊(かんげつまそん)

 母と同じ【極陰之体(きょくいんのたい)】を持って生まれた彼女は、『万剣冷家』の傍流の出身でありその武功の根幹は万剣冷家の基本功である【月輪(がちりん)剣法】にある。


 そして奇しくも今日の決勝の相手は『万剣冷家』の冷仙月(れいせんげつ)であり、その基本功は【月輪剣法】である。ここまでくれば誰かにお膳立てされているような気さえしてくるな。あるいは母の導きか。



 ……というわけで、とりあえずこの出来事を以て特殊イベントがあったということにしようと思うのだがどうであろう?


 無論、一切の異論は認めぬ。




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