【第一次序列大戦】其の八
◇◆◇ 天魔神教 潜魔館 第一階層闘技場 第六公子 日月慶雲 ◇◆◇
時に突き、時に斬り、時に打ち、時に防ぐ。
武器は主人に最も近い存在であり、主人の変化を最初に感じ取る位置にある。ゆえに主人が絶頂の壁を超えんとする時、武器は主人の気運と共鳴を起こし震え鳴く。
それすなわち『剣鳴』。
フッ、今この時ばかりはこの比武の勝利……いやこの序列大戦すらもどうでも良いな。ついに絶頂の壁を破る時が来たのだ。
「ご苦労であったな。趙誠よ」
「……まだ私は負けておりませんが?」
虚勢か、あるいは本心か。乱れた息を整えながらも、未だ負けん気を見せる趙誠につい笑みがこぼれそうになる。
「そうではない。ようやく至ったということだ。せっかくよ、貴様であれば本座の絶頂の剣の最初の受け手として不足はあるまい」
「……六公子様?」
訝し気な声を挙げる趙誠を余所に、本座は意識を自身の内へと移す。
武骨【無極之体】は功法の同時運用・同時展開を可能とする武骨である。
ゆえに本座は常日頃から複数の功法を同時に運用し、その内功・肉体・魂力・感覚・演算能力を鍛え続けている。運用しているのは【魔泉心法】、【玄魔養生功】、【覇体恒星身】、【明月錬魂法】、【理智海賢神功】の計五種。
本来であれば複数の功法を同時に思考し、同時に気を巡らせ続けるなど余程の夢想家の戯言であるが、【無極之体】に加え【三頭千魔】の【萬気包容】と【天脳覚知】という下支えを持つ本座であれば不可能ではなかった。
しかし今、これまでは比武の最中にあっても五種の功法を運用し続けひたすらに研鑽を積んできた本座も、今この時ばかりは意識のすべてを剣へと集中させていた。
内功とは丹田にある時は無形の力、身体の外に出れば有形の力となる。
【意】を以て壁を破り、『破壁』を成すっ!
「――っ!? そ、それはっ!?」
「……ようやく絶頂であるな」
愕然とした趙誠の声をどこか遠くで聞きながら、本座は剣を軽く振る。
本座の手にある木剣は白く光る気運で包まれていた。
これこそが絶頂の証。
【剣気】である。
先ほどはついつい『ようやく』と口を衝いてしまったが、幼魔館で絶頂の境地について相談してからまだ二か月も経っておらぬ。この程度であれば絶頂ごときといっても大言壮語ではないのではなかろうか。いやはや噓吐きにならず安心するばかりだ。
まあそれはともかく。
「本座のこの試合における目的は果たした。終わらせるぞ、趙誠」
「バカな……くっ! 鬼霊刀法第三――」
「――良い」
良い。
その先は言わずとも、良い。
もう戦わずとも、良い。
本座の木剣は……否、本座の剣気は趙誠の持つ木刀を六分割し、木剣をそのまま首へと突きつける。勝敗は結した。
「そ、そこまで! 勝者、日月慶雲!」
まあこんなものか。趙誠が本座の下に来るかは賭けであるが、本座との研鑽こそ最も早く技量を上げる方法であることは此度の比武で重々承知の上であろう。それほど悪くない勝率の賭けとなるのではなかろうか?
それよりも次は決勝であるが絶頂の境地に至った今、このままでは消化試合も良いところである。何か面白いことでも起きぬものか……。
「(……)」
「(…………)」
「(………………)」
「(……?)」
「「「(…………!)」」」
うん? 何事だ?
◇◆◇ 天魔神教 潜魔館 第一階層闘技場 幼魔館潜魔館最高責任者 夢瞳魔尊 ◇◆◇
舞台上では鳴り響く『剣鳴』が【剣気】へと姿を変え、木剣を覆った気運が白く光り輝いている。
なんとも形容しがたき天凛か。古希をとうに踏み越えた我が身なれど、この筆舌に尽くし難き才はただ化け物と称する他ない。ため息が出るわ。
「あの日より僅か一月じゃ。瞳術を修めながらこれほど見事に未来を見誤るとは……」
別段ワシが修めたのは占術や未来視の類ではないのじゃが、しかしこれほど近き未来のことさえ見通せぬほどに耄碌しておるとは思わなんだ。
「ふむ……」
『三才剣法の真の奥義を悟る時、剣神の境地に至る』
六公子に送ったこの言葉は当然期待の表れであったのじゃが、その反面近く喫するであろう敗北への慰めの表れでもあった。
というのもこの【第一次序列大戦】において、家門の独門武功である基本功を修める家門学習組と、基礎武功しか習わぬうちに戦うことになる幼魔館組とでは後者が圧倒的に不利であるからじゃ。
新たに潜魔館に入館した潜魔一号生たちが、その生涯において始めて真剣に他者と武を競い合うことになるこの行事は、幼魔館からの入館が定められている天魔の御子にとって初めて降りかかる試練でもあるというわけじゃ。
潜魔洞が潜魔館となり今の形で【第一次序列大戦】が始まって以来、この苦境を乗り越えた天魔の御子の数はそう多くはなく、その中でも強敵を破り真に評価されたものは数少ない例外的な存在とされておる。
「その数少ない例外こそ太上教祖様であったというのに……」
かつて同年代の七魔直系家の嫡孫を打ち破ったことで、真の意味で試練を乗り越え天才の名を欲しいままとした太上教祖・天雲外様。……あの頃は公孫宮の公孫雲外と名乗られておったの。
当時雲外様が打ち破った者は、現在の槍海王家の先代家主にして天魔神教内においても十指に入る実力者じゃ。決して相手に恵まれていたわけでは無く、見事にその力を証明したのじゃった。
しかし今回の六公子は、彼の者に勝るとも劣らぬ才を持つとされた槍海王家の嫡孫・王地狼を七回戦で破り、さらに格上ともいえる血天王家の嫡孫・王天翔を八回戦で瞬殺。
その上今回の九回戦では、天家の傍系にあって同じく太上教祖様を祖父に持つ趙誠を蹴散らした。
「それも歯牙にもかけずの」
七魔直系家の子女たちがこれほどまでに集う年も珍しければ、趙誠のようなそれを超えるとされる逸材が存在する年も珍しい。
当然基礎武功のような三流武功しか使えぬはずの六公子が勝ち残ると予想するはずもなく、なればこその慰めの言葉であったのじゃが……ここまで予想が外れるといっそ清々しいの。笑えるわ。
「カッカッカッ。まあ教祖様への土産話に丁度良いわ」
太上教祖様とともに股肱の臣とも言える焔刀魔君が仙界へと上がり、表には出さずともいささか気を落とされている教祖様には良い知らせとなろう。
「(…………龍だ)」
「(白眉の君子)」
「(新たな剣龍だ!)」
「(白眉の……剣龍?)」
「「「(白眉剣龍!)」」」
これにて仕舞と帰り支度を進めていると、ざわめきの尽きぬ観客席より気になる言葉が聞こえてきた。
【白眉剣龍】か。白葦公子の汚名を返上し、龍と称されるに至ったか。真に見事よ。




