【第一次序列大戦】其の四
◇◆◇ 天魔神教 潜魔館 第一階層闘技場 第六公子 日月慶雲 ◇◆◇
槍海王家は天魔神教において五指に入る名門である。
兄・血魔と共に神教に帰順した槍魔を起源とするその家門は、七魔直系家として分家分脈や傘下を多く従え、千年の過去から現代に至るまでその威名が衰えたことは片時もない。
いつの時代の江湖においても、天下第一槍を論じられる際には必ずその名が挙がるほどの誉れ高き武門なのである。
『ならば本座は此度の比武、貴様の『柔』を超える『柔』にて勝利すると宣言しておこう』
そんな古き名門の後継者を相手に、相手方の土俵で勝利すると言う大胆を通り越して無謀ともいえる本座の宣言は、数多の沈黙と失笑を持って迎えられた。
「「……………ッ!?」」
「「「「……………?」」」」
第六回戦の朱明夏との一戦を観ていた者は生唾を呑んで沈黙し、そうでない者は嘲りを含んだ失笑を浮かべたのである。
……あるいは先の一戦を観た者でも此度は無理だと嘲笑った者もいるやもしれぬ。武功という物が一朝一夕にはならぬということを彼らは知っているのだ。
「…………」
そして肝心の王地狼はというと、これまでの鉄面皮が何だったのかと問いたくなるほどの満面の笑みを浮かべている。ニヤリという音が聞こえてきそうなほどの深い笑みだ。
どうやら見誤っていたようであるが、この男の本質は駆け引きを無に帰す真面目タイプというわけでも、自身の武功に高い自尊心を持つ傲慢タイプというわけでもない。ただより良い戦いを求める戦闘狂の類であったらしい。
……どうりで言葉での揺さぶりが通じぬわけである。
まあそれもどうでも良いといえばどうでも良いか。
あんまりと言えばあんまりな変わりように些か驚いてしまったが、それで本座のなすべきことが変わる訳ではない。事の重要さで言えば王地狼が【波浪連槍】を何招式まで修めているかの方が余程重要である。
というわけで違和感も解消されたゆえ問答は終わりでよかろう。
「――少々駄弁りすぎたな。そろそろ続きと参ろうか」
本座は槍を構え直した。
「……」
同じく槍を構え直した王地狼が流れる雲のような独特の歩法で距離を詰めてくる。顔にはあふれんばかりの笑みが張り付いたままだ。
「「波浪連槍第四招式」」
本座と王地狼の声が重なる。
「「渦潮連牙」」
闘技場には両者の槍が交わる音が響いた。
◇◆◇
両者が繰り出した『渦潮連牙』の招式から数えて十合。
王地狼は新たに二つの招式を繰り出し勝負を決めようとしてきたが、すでに『柔』の骨子を掴みつつある本座にとってそれらの攻撃を防ぐことは難しいことではなかった。
波浪連槍第五招式、逆波船旗。
波浪連槍第六招式、深流沈戟。
この二つの招式は前の四つとは比べ物にならないほど複雑な動きで構成されており、それを連続して展開した王地狼の顔には激しい疲労の色が見える。それからは新たな動きも見られぬゆえ、残念ながらこれで打ち止めらしい。
本座はもう得るべきものはないと判断し、意識を防御から攻撃へと切り替えた。
「――フッ!」
「……ッ!? カフッ!」
今本座が繰り出したのは波浪連槍の第一招式『波浪貫戟』である。
物心ついた時には既に槍を握っていた槍の申し子にとって、本来であれば最も見慣れた招式であるはずのそれは、見たことの無い速度で王地狼の槍をすり抜け胸を突いた。
「コフッ!? ゴホッ! ……いまのは?」
「……」
胸部への強い衝撃に反射的に咳き込みながらも、疑問を呈してくる王地狼。どうやらほんのわずかに早く身を引いたことで、胸を強く押された程度の衝撃で攻撃をやり過ごしたらしい。
さすがは『柔』に長けているだけのことはある。褒美と言っては何だが、その些少な問いに答えてやろう。
「『快』だ」
「…………?」
「波浪連槍に『快』の妙理を混ぜたのだ」
「……ッ!?」
胸を槍で突かれた時以上の衝撃が王地狼を襲い、反射的に肉体が硬直する。
武功の改変。
それは【無極之体】を持つ本座にとって児戯に等しい行いであるが、本来であれば大宗師と称されるほどの武功の達人にのみ許された偉業である。
剣法、刀法、槍法、種類と問わずあらゆる武功は、その特徴に応じた調和の上に成り立っている。
ゆえに無理に別の要素を加えようとすればその調和が崩れ、招式の形が崩壊し、最悪の場合体内の陰陽五行の乱れから走火入魔に陥る可能性さえあるだろう。そうなってしまえば良くて廃人、運が悪ければ死に至ることになる。
瞬く間に模倣される武功。
明確に存在する内功の格差。
歴然たる外功の完成度。
王地狼が認識する自らの不利は少し考えただけでこれだけあり、改めて考えるまでもなくその戦局は圧倒的不利という他ない代物である。にも拘らず無造作に成された武功の改変は、当然苦境への打開策というわけでも膠着状態の打破というわけでもない。
不憫なことに王地狼は無駄なリスクを負った愚行とも見えるそれから、本座の余力を感じ取れぬほど鈍い男ではなかった。
「……っ、ありえ……」
しかし思ったよりも簡単に動揺するものよ。これでは期待外れも良いところである。
……まあ期待外れではあるが、怒りや焦り以外の緊張を身に染みて伝えられたのであればそれで良しとしよう。これを金科玉条とすれば、追々傘下に置いた後も増長せずに伸びてくれるのではなかろうか?
――ふむ、これ以上は本座が得られるものもなさそうであるし、何よりそろそろ飽きてきた。この成果を以てこの比武は切り上げるとしよう。
「思う存分驚愕に浸っておるところに悪いのだが、もう良いか?」
「――ッ」
「滅多にない感情なのであろう? ついでにもう一つ驚いていくがよい。これを以て終わりとする」
本座は意識の一部を自身の内側へと向け、魂力の制御に集中した。
一度見た限りではあるが、やってやれぬことは無かろう。
本座の持つ【黒龍六眼】の【解析眼】と【心眼】の能力は、何も武功だけに限定されたものではないのだ。
「『瞳術開眼』」
「……バカな」
「『幻夢眼』」
観察の機会は術中に落ちたあの半端な一度のみであり、それに類似する技術は幼魔・潜魔両館に敷かれた呪法と術法の禁制のみ。やはり瞳術とは勝手が違い、さらにこの術はこれまで模倣した基礎武功や基本功とは比べ物にならぬほどの高難度を誇る高級技である。
いかに常軌を逸した本座といえど、ただ一度の試行で心象世界へと引きずり込むような完全な再現ができたわけでは無い。しかし畏怖を引き起こす幻覚と一時の自失を与え、盲覚状態へと落とし込む程度であればそう難しいことではなかった。
「………………」
「そこまで! 勝者、日月慶雲!」
あの状態になってしまえば、もはや煮るも焼くも思うがままである。
どのように結したかは皆の想像に任せるとしよう。
◇◆◇
試合を終えた本座は観客席で観戦に回った。本来であれば怪我や消耗に応じて薬が支給されたり、医務室へと案内されたりするわけだが、特に傷を負っていないため安定のスルー。
逆に傷を負った王地狼は今頃療傷丹やら金創薬やらの薬が与えられているのではなかろうか。
本座の次の試合で行われた羅厳白と陸巌門の試合は、残念ながら僅差で厳白が敗北してしまった。
誕生した時から家門の大人に肉体を鍛えられ続けた陸巌門と、【覇体恒星身】を身につけてから僅かな時しか経っていない羅厳白。その外功の練度の差がそのまま勝敗へと反映された形である。武功への理解が互角だっただけになかなか惜しい試合であった。
ちなみに刻影の方は順調に勝ち上がってきておるゆえ、第八回戦では白刻影と陸巌門が戦うこととなる。本座の両腕としての面子をかけての弔い合戦であるな。
そして本座はというと、ある意味こちらも弔い合戦と呼べるものである。
実はこの第七回戦には、白刻影と羅厳白のほかに本座の臣下が三人ほど残っていた。とある家門の三つ子の三姉妹であり心の内で三人官女などと呼んでいた美人三姉妹なのだが、その全員が『八俊』と当たり敗北。本座の次の相手は三姉妹の長女を破った男である。
第八回戦の対戦相手の名は王天翔。
八俊第三位の逸材にして、王地狼の祖師である槍魔の兄・血魔が興した血天王家の嫡孫だ。




