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【三才剣法】と【充剣】と【一流の極】

◇◆◇ 天魔神教(てんまじんきょう) 潜魔館(せんまかん) 第二階層 第六公子 日月慶雲(じつげつけいうん) ◇◆◇



 『夢瞳魔尊(むどうまそん)プレゼンツ☆心象世界基礎武功チュートリアル』は、その世界からの脱出(というか叩き出された)を以て()()無事に終えることが出来た。

 特に危険があった訳ではないのだが、少し疑問とも悩みとも言えるものが生じたため、念の為『()()』である。


 このチュートリアルでは基礎武功を展開する黒形の動きを模倣し、その武功を再現することで評価が下される。

 その評価段階は『最』、『優』、『良』、『可』、『不可』の五段階。

 剣法・刀法・槍法・拳法・歩法の五種すべてで『可』以上の評価を得ることで脱出できるようになるそうだ。


 当然というべきか、本座は全ての武功において最高評価である『最』を獲得したため、『可』以上で脱出うんぬんという情報については【鑑定】で読み取って得たものでしかない。


 あれから黒形の展開する武功は移り変わり、始めの【三才剣法】から、【五行刀法】、【七星槍法】、【六合拳法】、最後に【風雲歩法】を習得した。本座の手中にある武器もそれに倣い、剣、刀、槍、無手と移り変わった。


 そした現在。

 風雲歩においても最高評価を獲得し、全ての行程を終えて現実世界へと戻ってきた本座なのだが、閉じていた目を開くとまさしく眼前に夢瞳魔尊が立っていた。

 ……気づかぬうちに一尺の距離まで詰め寄られ、目を瞑っているときに顔を凝視されていた本座の驚愕は改めて言うまでもない。


「――六公子よ。…………むっ?」


「…………?」


 ……む? いやいきなり眼前に出現したこともさることながら、話しかけておいて喋らぬとは何事だ?

 というよりも偉大なる魔尊が、高々潜魔ごときに何をそのように悩むのだ?


「む……うむ。三才剣法を展開してみよ」


「……?」


 ふむ、分からぬ。

 心の内で悩んでいた何事かへの決着が着いたのは見て取れたのだが、なぜ急に三才剣法を?


 本日の主旨からは欠片も外れてはおらぬが、暗黙の内にあった文脈からは相当外れた気がするぞ? 何ぞ言いにくいことがあったのでは無かったのか?


「フッ。察しがよいのは良いことじゃが、儂の話は今は良い。特別に個人指導をしてやろうと言っておるのじゃ。なにやら悩みがあるように見受けるがの?」


 ほう、なるほど。

 まあごちゃごちゃと考えても仕方があるまい。魔尊ほどの達人が直接指導してくれると言うのであれば是非もない。


「承知。剣をもらおう」


◇◆◇


「三才剣法。第一招『仙人之路(せんにんしろ)』」


 剣を突く。

 神仙への道を示す招式。

 またの名を『人』。


「三才剣法。第二招『横掃千軍(おうそうせんぐん)』」


 剣を薙ぐ。

 左右に剣を振り相手の攻撃を防ぐ招式。

 またの名を『地』。


「三才剣法。第三招『泰山圧頂(たいざんあっちょう)』」


 剣を振り下ろす。

 上下に剣を振り下ろす招式。

 またの名を『天』。


 突く。防ぐ。斬る。

 この動きこそ【三才剣法】であり、これこそが剣法の基本である。


 本座の有する数々の【天賦】や【体質】は、黒形の動きに宿る術理を細部まで残さず捉え、より深くまで咀嚼する。

 本座の有する【武骨】や【武功】で練磨された肉体は、咀嚼した術理を余さず再現するに相応しいだけの器量を持つ。


 此度のただ見たものを模倣するだけの試練において、本座が『最』の評価を得ることはそう難しいことではなかった。


「なるほど、完璧な動きじゃな。剣路は言うに及ばず、踏み出す足の位置、手首の角度、重心の移動。全てにおいてワシが見せた通りの動きじゃ」


「――フッ。夢瞳魔尊に保証されると安心出来ようもの……とでも言いたいところなのだがな。どうにも何かが足りぬような気がしてならん。これは三才剣法に限った話ではなく、五行刀や七星槍、六合拳においてもだ」


 完璧な動き。だからこそ悩みが存在する。

 瑕疵があればそれを補えば良いし、不足があればそれを鍛えれば良い。

 瑕疵も不足もなく、完璧な動きであれど何かが物足りぬ。これではどうすべきかも分からぬではないか。


 代わりと言っては何だが、他の功法である風雲歩や魔泉心法ではこのような物足りなさはなかった。

 自慢ではないが本座の【無極之体(むきょくのたい)】は伊達にSSランク武骨ではなく、そこに宿る武才と悟性は並大抵のものではない。

 この俗界において比肩しうる武骨は【天賦之体(てんぶしたい)】のみと断言出来る程だ。


 まあ本座の【鑑定】ではまるで見通せぬほどの素質を持つ、蝶姫ような天外天も存在するらしいゆえ、本座程度では本当に自慢にもならぬし、上には上がいることを知っている以上驕り高ぶることもできぬ。


 ただそれでも基礎武功程度で躓くことは無いはずなのだが……。やはりなにかが足りぬということか?


「カッカッカッ。なるほどなるほど。それで悩んでおったのか。……ふむ、六公子よ。お主、人を斬ったことはあるかの?」


「……? あるわけがなかろう。本座は幼魔館を卒業したばかりの若輩よ」


「じゃろうの。つまりはそういうことじゃ」

 

「ふむ……、つまり人を斬れば解決すると?」


 もし仮にそうであれば恐ろしいとしか言えぬ教えよな。神教が正派から極悪非道の魔教と蔑まれるのも良く分かるというものだ。


「そんなわけがあるまい。重要なのは『経験』の有無ではなく『意思』じゃという話じゃ」


 魔尊があからさまな呆れ顔を浮かべておる。さすがに違ったか。

 ただ日本の戦国時代辺りであれば、このようなモラル崩壊のアドバイスも普通に有りそうであるゆえ、傷害教唆の可能性が皆無とも言えぬのが怖いところであるな。


 まあそれはそれとして。


「『意思』?」


「そうじゃ。先ほども申したようにそなたの動きは完璧じゃ。たとえ魔将(ましょう)巨魔(きょま)の位階にある者であっても、あれほどの三才剣法を魅せることのできる者はそう多くはないじゃろう」


「……」


 魔将や巨魔、か。つまり三才剣法に関してのみではあるが、絶頂や超絶頂の達人よりも優れておるということでよいのか?

 ふむ、足りぬままに褒められ続けると馬鹿にされておるような気がしないでもないな。まあ悪意は感じぬゆえ、魔尊にも悪気はないのであろうが。


「じゃがそれはただ型をなぞっておるだけであり、そこには攻撃の意思、すなわち【殺気】が存在しておらぬ。それでは劇中の剣舞のような見栄えだけの芸術品がごとき有様よ」


「つまり本座の剣に【殺気】さえ宿れば足りぬものはなくなると?」


 芸術品、か。さながら現代の日本における刀剣といったところか。なかなか言われたものであるな。

 だが狐につままれたような話でありながら、同時に確かな道理が存在するようにも思える。

 武功とはそれ自体は人が人を傷つけるため道具であり、そこに『意思』という中身が伴わなければ【武】として完成しないということであろう。


「左様。――六公子よ、まずは真なる一流の境地を目指すことじゃ。昨今では気功における境地のみを見て一流、二流、三流と区別するが、真なる境地とは気功のみにあらず。武功を完全に体得するだけではなく、その過程で得た経験や知識も含めてのものじゃ」


 ……なるほど、猛省すべきだな。未だ一流の境地さえ我がものとしておらぬ身で、絶頂の境地を望むなどと。真、恥ずべきよ。


 しかし中々どうして悪くは無い。

 これより先は今少し慎重に足元を固め、瑕疵を補い地力を磨き、僅かな取りこぼしも無きように心掛ければ良いだけのこと。

 此度のことは、かように素晴らしき教訓を手にしただけのことである。


「夢瞳魔尊よ。今一度、ご指南願おう」


 さて、見事な金科玉条を得ただけでも大きな実りであるが、本座はもう少しばかり欲張りゆえ、このような好機には一兎ならずして二兎を得たいところよ。


 真の一流の境地。

 今この場で至って見せよう。


「三才剣法、開。第一招『仙人之路(せんにんしろ)』――」


◇◆◇


 目の前の相手を斬るという確固たる『意思』を宿し、三才剣法を展開した本座は直ぐに我が身に起こる変化を悟った。


 突きだす剣の鋭さが違う。

 振るう剣の風切り音が違う。

 踏み出す足の力強さが違う。


 何より以前は自らの体の動きに向いていた意識が、目の前に存在する仮想の敵へと切り替わっている。

 ……なるほど、剣舞とはよく言ったものよ。己が肉体にのみ意識を向けるは武にあらずして芸事であるか。


「それで良い、剣に意思と内功が満ちておるの。それこそが【充剣(じゅうけん)】の境地であり、真なる一流の境地じゃ」


「礼を言うぞ、魔尊。神教開派以来の成就といささか浮かれておったようだ。足元が疎かであったな。危ういところよ」

 

 ……いや、実際は既に危ういという段階を通り過ぎていたのかもしれぬな。

 本来であれば、ここまで道理を弁えずに進んだならば走火入魔が起きていてもおかしくはないはずなのだが、わが身にそのような兆候はない。

 此度のことは本座に気づきをくれた魔尊にも感謝であるが、この右腕に宿る【黒鱗環(こくりんかん)】も気づかぬところで役に立っているのであろう。


 真に目立たぬ代物であるが、集気や蓄気を早め心身を健常に保つという縁の下の力持ち的な法宝なのだ。


「――ふむ、六公子よ。そなたは今まさに一流の極の境地に来ていると言っても過言ではない。じゃからこそ、この言葉を覚えておくがよい」


 夢瞳魔尊は姿勢を正すと厳格な顔でそう告げた。

 青年の姿ではあるが、先ほどの好々爺然とした様から老獪な大人物へと雰囲気が変わったのがわかる。


「『三才剣法の真の奥義を悟る時、剣神の境地に至る』」


「……剣神?」


「左様。剣神の境地とはすなわち、化境の境地のことじゃ。……無論、本来ならば三流武功に類される三才剣法では望むべくもない境地じゃ。夢物語と言っても良い。絶頂の境地でさえも困難を極めるじゃろうしの」


「……」


「なればこそ覚えておくがよいわ。本日より一月後、そなたら初年度潜魔の最初の序列戦が行われることになる。もし万が一にもその最中に三才剣法で絶頂に至る兆しが見えたならば、この言葉への『信』を道しるべとするのじゃ」


「……感謝申し上げる」


 その期待の中にある激情にも等しい熱はいったい何を由来とするのであろうか?

 そんなことを考えながら、本座にしては珍しく深々と頭を下げて感謝の念を告げる。


 フハハッ! しかし万が一とは舐められたものだ。十中八九を超えて十中の十だ。確実に壁を越えて見せよう。


 ――――ィィン……。


 ――ん? なんの音だ? 剣からか?

 ………………ふむ、気のせいか。


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