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【少魔丹】と【魔精丹】と【真魔宝庫】

◇◆◇ 天魔神教(てんまじんきょう) 潜魔館(せんまかん) 第二階層 第六公子 日月慶雲(じつげつけいうん) ◇◆◇



「……ふむ、随分と久方ぶりにしゃべるような気がしてならんな」


 何故か長く声を出しておらぬように感じる。

 ……具体的には10話分ぐらい。


「……はい? いえ、ご歓談中でいらしたかと。……小生には以前も同じ会話をした記憶がございますが、我が君はどちら様にお声がけでございましょうか?」


 だから第四の壁は気安く触れていい代物ではないと……言ってはおらぬか?


 まあそちらはどうでもよい。白刻影にいくら反問されたところで、本座は沈黙を貫くのみである。


 さて、いい加減に諸君らも説明回には飽きてきたことであろう。

 少なくとも本座はもう飽きた。いつまでたっても終わらぬチュートリアルを見せつけられているような気分よ。


 というわけでそろそろ話を進めると致そう。

 例の勘違い宣言男こと陸巌門(りくげんもん)を筆頭とした、同年の者たちからの『挨拶』を受けたのはつい昨日のことである。


 そして今日、本座たちは潜魔館第二階層の責任者である二階主から招集を受けていた。

 ……一応注釈しておくが、問題を起こして呼び出しを受けたというわけではない。いや、確かに一人殴って静かにしたが、この潜魔館において暴力は問題行為ではない。まあ当然、殺害や丹田を壊すような行いはその限りではないが。


 潜魔館に所属する初年度生、つまり本座と同年の全員が呼ばれ、第一階層の闘技場へと整列した。

 招集された理由は……まあ、思い当たる節がないでもないが、待っていればすぐに話が始まるであろう。


「それではこれより、幼魔館優秀卒業者への褒賞の授与に入る!」


「「「おぉっ……!」」」


 二階主の声が響くとともに、出身館ごとに分かれて整列した潜魔初年度生たちから歓声が沸き起こる。


 やはりそうよな。そろそろではないかと思っておったところよ。

 ――フッ、しかし『褒賞の授与』という言葉は、どうしてこのように人の心をくすぐるのであろうか?

 【覇君賢王システム】を持ち、大抵の丹薬や霊薬を貴重とも思わぬ本座でさえそうなのだ。皆が興奮するのも良く分かる。


 もっとも家門学習組の列は比較的静かで興奮の色が見えぬ。

 まあ、幼魔館を卒業しておらぬ連中には当然この褒賞はない。ある意味蚊帳の外であるゆえ致し方あるまい。


「まずは魔泉心法三成の境地で終えた者だ。青海第一分館出身233名! 青海第二分館出身165名! 甘粛第一分館出身279名! 甘粛第二分館出身211名! 新疆本館出身1100名!」


「「「はっ!」」」


 家門学習組を除く各列から響く返事の後に続くように、随所から戸惑いの声が漏れ聞こえた。


 ふむ、やはり他の分館の三成以上の者は少ないな。四成卒業者が何人いるのかは知らぬが三成卒業者は四つの分館を合わせてなお、新疆本館の三成卒業者数に達しておらぬ。


 一応、今回の褒賞を受け取る立場にない家門学習組の者は、その列を少し鑑定して視た限り他の分館よりも比較的多いようなのだが、それでも我ら新疆本館の人数には到底及ばぬ程度としか思えぬ。……まあ、今はそちらはどうでも良いか。


「貴様らには【少魔丹】を一粒づつ与える! 今回は新疆本館の者が例年の十倍近い人数となった。真に見事である。以後も励め!」


「「「おおおおお!」」」


 随所の戸惑いの声が静まり、折り重なるような歓声へと形を変えた。


 傍に侍る白刻影(はくこくえい)が意味ありげな視線を向けてきている。

 その視線を言語化するのであれば、『流石は我が君の御業でございます』といったところか。周囲を見渡せば、白刻影以外にも畏敬の念を込めた視線をよこしてくる者がおるようだが、なかなか悪い気はせんな。


 【玄魔養生功(げんまようじょうこう)】の効果か、あるいは本座の特別講義の効果か。

 例え双方が効果を発揮したとて、臣下たちの努力なくしてこの快挙がありえざることは間違いない。この結果は臣下たちの忠義と自信へと姿を変えるであろう。真、良きことよ。


 ……ただ欲を言えばあとひと月。あとひと月あれば現状の三成の卒業者の半数は四成に達したかもしれぬ。そう思うと少々惜しいという気がせんでもないな。


「次! 四成の境地で終えた者! 青海第一分館出身4名! 青海第二分館出身3名! 甘粛第一分館出身6名! 甘粛第二分館出身4名! 新疆本館出身……326名! 前にでよ!」


「「「はっ!」」」


「「「…………? ――ッ!?」」」


 傍に侍る白刻影を始め、幼魔館新疆本館出身の四成卒業者たる臣下たちが本座に一礼した後、壇上にいる二階主の前まで進んでいく。

 それと同時に各列の至る所からざわめきが聞こえる。その声は先ほどの戸惑いの声よりも大きく、より深い困惑が込められているようであった。


 まあ、無理もあるまい。先ほどの三成の卒業者の結果へのざわめきの感情が感嘆ならば、此度の感情(それ)は驚愕だ。

 新疆本館の四成卒業者の人数が他の分館の四成卒業者の合計の十倍以上。それこそ驚くなという方が難しいわ。

 眼をむいて驚愕する者、何かの間違いではないかと疑う者、本座のいる新疆本館の列を凝視する者。その反応はさまざまであるが、皆の度肝を抜いた結果となったことには間違いない。


 ……ところで本座への侮蔑の視線も強くなったのだが、もしや魔泉心法四成どころか、三成にも達しえなかった出来損ないと勘違いされておるのだろうか?

 であればなかなか由々しき事態よな。視線の主の顔をしっかりと覚えて後ほど顔色がどのように変わるのか、じっくり観察させてもらうとしよう。


「貴様らには【少魔丹】を四粒づつ与える! 皆、称賛に値する素晴らしい成果だ! ……例年であれば、幼魔館卒業時に四成の境地にある者は30名ほどであり、一人ひとり名を呼びこの壇上で授与するところであるが、今年度は人数が多いため省略とする」


「「「――ッ!! ――ッ!! ――ッ!!」」」


 例年の十倍以上という規格外の結果は、一度は静まったざわめきをより大きくし、その声はもはや歓声といった様相を呈している。


 ……しかし、臣下たちの称えられる様は本座にとっても喜ばしいものであるが、いかんせんここにいるのは声変りもまだまだ先の子供である。その歓声はいやに耳に響いてしまうな。


 まあそれはそれとして、家門学習組の中に先ほどから全く我関せずといった様子の者がいるのだが、いくら今回の褒賞の授与に直接的に関わらないとはいえ、ここまで無関心にいられるものなのだろうか?

 考えられるのは自身の強さにしか興味がないか、単純に他者への興味がないのか。

 ふむ……、もし自身の強さにしか興味がないような者がいれば、本座の陣営に加えることも検討してみよう。手垢のついていない人材は貴重だ。


 そんな人材登用の算段を思考している最中でも二階主の話は続いており、とうとう魔泉心法五成の境地で終えた者、すなわち本座の呼ばれる時が来た。


「――静まれ! 最後に魔泉心法五成の境地で終えた者! 幼魔館新疆本館出身一名! 日月慶雲!」


「「「…………」」」


 ざわめきがピタリと止まった。

 誰一人として声を上げることがない。すでに承知の身であった臣下たちはともかく、他の者たちはあるいは脳が理解することを拒んだのかもしれぬ。

 臣下たちの誇らしげな視線を一身に感じながらも、本座は無言で足を進めた。


 ようやく言葉が脳に染みてきたのか、続々と他の分館や家門学習組の潜魔たちも視線を向けてくる。

 皆が皆、強い視線を向けてきているのだが、特に先ほど侮蔑の視線を向けてきた者たちの視線には手のひらを反すような驚愕の念が込められていた。……いや視線であるならば、手のひらを反すようにではなく、目の色を変えてというべきか。


 その中でも特に強く痛いほどの視線を向けてきているのは、家門学習組の代表者である趙誠だ。

 昨日挨拶を受けた時にも感じたが、相当に自尊心が強いと見える。おそらく下に見ていた本座の境地が、自分を超えていることに対しての怒りや嫉妬がその視線を強くしているのであろう。


 これがいわゆる『ざまぁ』……ではないかもしれぬが、なかなか気分が良いな。

 こちらを侮っていた者たちの顔色の変化は、それほどまでに劇的であったのだ。


「――日月慶雲よ。神教有史、過去に例が無いほどの素晴らしい成果だ。神教開派以来の功績を打ち立てた貴様には、教祖様から【魔精丹】三粒と【真魔宝庫入場資格】が下賜されることとなった」


「……ほう、なるほど。教祖様に御礼申し上げる。有難く頂戴しよう」


 魔精丹……そして真魔宝庫、か。

 噂にのみ聞いたことがあるが、中には空清石乳に匹敵するような霊薬や過去の天魔が使っていたような名剣妖刀の類も存在するらしい。

 武器に触るだけでそこに宿った記憶を読み取る【在魂大法】の使い手たる本座にとっては、過去の達人たちの武功を手に入れるまたとない好機と言えよう。


「……うむ、【真魔宝庫】とは天魔神教の宝を収めた宝物庫だ。宝庫の入場資格には、同時に中にある物を一つだけ持ち出す権利が与えられている。いつ権利を行使するかは貴様の勝手であるが、その際にはその時に在籍する階層の階主に直接申し出るように」


「承知した。そのときは世話になろうぞ」


 未だ武功も習っておらぬ身ゆえ、さすがに今すぐ使うのはもったいないというものであるが、先の楽しみがまた一つ増えたな。


 魔精丹という20年分の内功を得られる丹薬三粒に真魔宝庫の宝を一つとは、神教開派以来の功績ともなればなかなか奮発したと見える。

 実に結構。


◇◆◇



 さて、少し話は変わるが、潜魔館には褒美の授与とは別に、潜魔生徒に施された禁制を解除するという特典も存在する。


 幼魔館・潜魔館を通して名前と記憶が封じられるのは以前教えたとおりであり、()()()()()()、魔泉心法四成を成した者は封じられたものを取り戻すことができるというものだ。


 ……うむ、そうだな。本座にはそもそも禁制など効いておらぬゆえ、名であれ記憶であれ、そもそもどちらも失っていない。


 まあ、だからといって本座には何の関係もないかというとその様なことも無い。

 本座の臣下たちにはバッチリ効いていたので、自らの名と記憶を取り戻した衝撃で混乱する危険性がある故だ。

 それに本座はもともと評判の悪い身なれば、不穏な動きを見せる者がいるやもしれぬ。臣下たちの反応を注視しなければ……。


 ――とまあ、このように物言いを不穏にしてみたのだが、結論から言うのであればただの杞憂であった。


 四成に至った臣下は、そんな号泣男こと白刻影含めて326名。

 とりあえず観察した限りではあるが、裏切り・離反の気配は無いと判断して問題なく、これから名と記憶を取り戻す予定の三成の臣下が1100名もいる故まだまだ気は抜けぬが、それでも一安心であるな。


 ……あぁ、ちなみに不穏な動きという訳でもないが、滂沱の涙を流しおった奴もいたぞ。

 誰とは言わぬが母親が本座に仕える身である奴には、本座と過ごした幼い頃の記憶があるからか何故かやたらと感極まっておった。


 正直なところ、そんな感動するような思い出があったのかと問い詰めたいところだが、思い出は人それぞれだ。

 記憶を取り戻したあとでも変わらず、『我が君! 我が君!』とうるさかったのは許してやろう。愛いやつよな。



 ……さて、今回の褒賞の授与を以て幼魔館関係のことはケリが付いたと考えてよかろう。つまり本格的に潜魔館が始まるというわけである。


 今後は潜魔館に在籍する我が兄姉方にも挨拶に行かねばならんし、明日にでも基礎武功の学習も始まることになるだろう。

 そうこうしていれば序列戦などのイベントも開催されるであろうし、実戦経験を積むとなれば武功の境地も上げたいところだ。絶頂の境地にも達したいところであるな。

 それに魔精丹の吸収もせねばならぬし、唯一得た真魔宝庫の入場資格も気になるな。


 さてさてこの忙しさ。頑張ってフラグを立てた甲斐が有るというものであるが、どれから処理すればよいのかな?


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