【魔泉心法・五成】と【絶頂】の境地
◇◆◇ 天魔神教 幼魔館上級洞 七号生徒 日月慶雲 ◇◆◇
「焦りは悟りを妨げるぞ、七号生徒」
「……」
一夜明けた本日、本座は配下に与えた洗髄丹と洗髄高丹が期待通りの効果を発揮して、全員が武骨進化のために気絶したことを確認した。
……しかし、早く飲めと言ったのは本座であるが、全員が一斉にとなると危険であるな。今後はそれぞれを護衛できるようにローテーションで飲ませるとしよう。
とにもかくにも暇となったので、この幼魔館上級洞の管理者である巨魔・【残血魔剣】の下へ相談に向かった。
「魔泉心法五成。貴様のその成就は、幼魔館の設立以来の偉業だ。……いや、この天魔神教の歴史を振り返っても貴様の年齢でそこまでの成就を成したものはおらんだろう」
「……」
「絶頂の境地とは簡単なものではない。歴代天魔の中で最高の天才と呼ばれた太上教祖様でさえ絶頂に至ったのは齢11の時だ。未だ10歳にもならん身で、なぜそのように焦る?」
「焦り……」
「そうだ。絶頂の境地にも至らず魔泉心法五成を成した貴様の悟性が、比類ないほどに優れていることに疑いはない。同時に絶頂の境地はそう容易くはない。七号生徒、決して焦ることはないのだ」
……そもそも絶頂の境地とはなにか?
昨今の武侠作品では軽く扱われることも多いが、【絶頂達人】とは一部の才ある者が武功に対して真摯に向き合い、多くの苦悩と気づきの果てに悟りを得てようやく至ることのできる境地である。
武器を介して内功を発する顕気を可能とし、それ以前の境地とは一線を画す、まさに人外に足を踏み入れる境地と言える。
ゆえに、本座とて侮っていたつもりは無い。無いのだが、結果として八歳の身でありながら、絶頂の境地に至れぬことを悩んでいるのだ。やはり甘く見ていたのかもしれぬ。
◇◆◇
「百八号よ。貴様から見て、本座に焦りは見えたか?」
「……焦りと申されますか?」
無事に武骨が進化して意識を取り戻した百八号に、【残血魔剣】に指摘されたことを相談してみた。
「なるほど……。小生の私見ではございますが、我が君から焦燥感の類はございません。おそらく我が君の即決即断の生き方そのものが、あるいは生き急いでいると見られるのかと」
「ふむ……」
「付け加えるのであれば、洞主も申されたように我が君の成就は同年代の人材はおろか、天魔神教の歴史と比較してさえ、その水準を大きく上回っております。しかし一方で、満足されることもなく、力への渇望も薄れることもございません。これもまた見る者によっては焦りを感じさせるものかと」
「……なるほど、腑に落ちる説明だ」
加えて言えば、本座の勢力構築の速さも生き急いでいるように感じたのであろう。普通ならば幼魔館では自らの名前を封じられている関係上、潜魔館入館後からようやく勢力の拡大に入るらしい。
洞主からすれば名も立場も忘れた身でありながら、勢力拡大の強迫観念に囚われているようにでも見えたのかもしれん。
「だが百八号よ、貴様もそうだが洞主もまた世の真理を勘違いしているようだな」
笑止なことである。
「……と申されますと?」
「人にはそれぞれに身の丈があり、その身の丈に見合った悩みが存在する。いかに本座がこの幼魔館で偉業を成し遂げようが、天魔神教の歴史に名を刻もうが、それこそが揺るがせぬ世の真理よ」
「はっ」
「貴様らが口にする『その年齢にしてはよくやっている』だとか、『他の者と比べて習得が早い』だとか、そういった年齢による言い訳や他者との比較は、ひたすらに自らの可能性を狭めるだけの害悪にすぎぬのだ」
「……金言、ありがたく頂戴致します」
すなわち、克己。
己に克つ。
これこそ武人が歩むべき道である。
システムという規格外のアドバンテージを保有する本座の身の丈が、絶頂の境地をごときと称せるほどの器であるかは、これから見せる本座の器量で決まるということだ。
こうなるとより上を目指すのであれば、下手に謙虚なふりをするよりも、こうして自らに発破をかけた方が身が引き締まるというものだ。
「……さて百八号よ、話を戻すぞ。昨日話した本座の絶頂の壁のことだが、貴様はどのように思う?」
「はっ。小生が思いまするに、やはり条件が足りていないのかと」
「……やはりそうか」
以前説明したと思うが、境地の壁を超える『破壁』のためには、武学・肉体・内功の三つの条件が存在し、それぞれの条件が一定の水準を超えている必要がある。
……なに? 覚えてない? 6年前のことなれば致し方ないが、空清石乳の時といえばさすがに分かろう?
「はい。まず我が君の内功でございますが、こちらはすでに半甲子(30年)を超えており、その性質も極めて純粋な魔気、絶頂に達するに何ら不足することはございません」
「……続けよ」
「しかし、肉体と武学はいささか足りぬのではないかと愚考いたします」
本座は何度かうなずいた。
本座の分析においても同様の結論が出ていたためである。
「左様であるな、本座も同意見だ。現状において、幼魔館で鍛錬を開始している肉体はまだしも、武学に関しては武功の一招半式すら学んでおらぬ。当然、壁など越えられようはずがない」
魔泉心法五成をイコールで絶頂の境地と結び合わせていたことが先入観となっていたようだが、こうして落ち着いて考えてみるとその不足は明白である。
「だが、三才剣法を始めとする基礎武功の習得は潜魔館に入ってからとなっているはずだな」
「はっ、小生もそのように記憶しております。恐れながら、この幼魔館在籍中に絶頂の境地に至ることは難しいかと」
やはり無理か。
いや、正確には基礎武功を習得すること自体は可能であろう。
三才剣法を始めとした、五行刀・七星槍・六合拳・風雲歩などの基礎武功は、基本的に三流武功に分類されるものである故【蓬莱商店】で購入が可能なのだ。
まあ、あと数日もすれば潜魔館にて習得できるであろう武功に、混元値を費やしてまで購入したくはないというのが心理というものである。
この数日を待てぬようでは、それこそ焦りを募らせていると言える行いであろうしな。
「……うむ、では破壁については待ちの一手でよかろう。ただあと8日とはいえ、無為な時間を過ごすことは好まぬ。5日ほど皆への魔泉心法の講義に充てるとして、残りの数日は何かやるべきことがあろうか?」
「……まずは、我が君の臣下へのお気遣いに深く感謝申し上げます。やるべきことと申されるならば、我が君がお持ちの武学たちを一度すべて見直してみるというのはいかがでございましょうか?」
「ほう?」
「はっ、潜魔館入館後にはまとまった時間が確保できるとも限りません。ならば魔泉心法を始めとした、新しく得た成就を細部まで確立し、安定を図り、さらにすでに身に着けている武学たちについて改めて熟慮する良い機会かと」
…………それだな。
非の打ち所がない完璧な意見具申だ。
その功に免じて、いつまでも我が君と呼ぶことを許してやろう。
リザルト
混元値 12370(前回)
日々修練+20
計 +20
混元値 12390