婚約破棄?ほーん…じゃあ死にますね。
「ゼナイド・オルレアン!貴様との婚約は破棄する!」
この国に遣わされた神の愛し子であるナナミを背中に庇い、王太子は辺境伯家のご令嬢である婚約者に高らかに宣言する。
「婚約破棄?ほーん…じゃあ死にますね」
「え」
「は?」
当のゼナイドは落ち着いていた。落ち着いて、自死を選ぼうとしていた。
「ま、待て!なんでそうなる!」
「だってね、王太子殿下。考えてもみてくださいよ」
「な、なんだ?」
「私、もう王太子妃教育終わってるんです。知っちゃいけない王家の闇とかたくさん知ってます」
「あ…」
王太子は青ざめる。
「つまり、貴方…またはせめて、他の王家の方と結婚出来なければどちらにしろ毒杯を賜るんですよね」
「…」
真っ青な王太子にゼナイドは続ける。
「今王家にフリーの人、いませんし。この国、王家も一夫一妻制ですし」
「ぜ、ゼナイド…俺は…」
「貴方は頭が回らないだけで、悪人ではない。わざとそんな状況に追い込んだわけではないのも知っています。ナナミ様を心から愛してしまったのも、まあ仕方ないでしょう。でも、婚約破棄はやめて欲しかったなぁ…せめて妾として手元に置くのではダメでしたか。ダメですよね、神の愛し子相手ですものね」
「…」
「それに、ナナミ様と貴方の仲を危惧してナナミ様を脅したのは事実。それをいじめだと言われても仕方がないし、神の愛し子相手のことですからもっと責められても仕方がない。それをナナミ様が貴方に相談して、仲がより深くなったのは私の自業自得です」
ゼナイドは懐から短刀を取り出した。
「というわけで死にます」
「ま、待て!」
「王太子殿下。私達の婚約を破棄するとなると、王家にも我が家にも迷惑がかかります。また、色々な人に影響も出るでしょう」
「そ、それは…」
「我が家と王家の仲にヒビが入り、きっと我が家と縁の深い方々は王家に不信を抱きますね」
王太子の顔は真っ青を通り越して真っ白だ。
「というわけで責任を取って死にます」
「ゼナイド、待て!」
「さようなら」
オルレアン家の白い薔薇は、真っ赤に染まって人生を終えた。
はずだった。
「んん…私、死んだはず…天国…?いや、地獄?辺獄?」
ベッドの上で身体だけ起こしてみるゼナイド。
「いや、我が皇国の皇居だ。君にとっては、隣国かな?」
「え」
ゼナイドのそばにいたのは、王太子の婚約者という身分で何度か会ったことのある隣国の皇太子。
「…なにがどうなっています?」
ポカンとしたゼナイドに、皇太子はにっこりと笑って言った。
「お前が欲しかったので、連れてきた」
「いや、意味わかりません」
「我が国には、死した人間すら死の淵から蘇らせる妙薬があるのは知っているな」
「…はい」
「お前の遺体を預かり飲ませた」
「わぁお」
思わぬ事態に驚くゼナイド。
「ちなみにお前の実家はお前を死なせた王家に反旗を翻し、お前を死者蘇生させたいと言った我が皇国に下った」
「まじかぁ」
「辺境伯領だから、まあ併合するのは比較的楽な方だった。そしてそんな辺境伯家を見て我が皇国に下った貴族も最終的にはかなりの数になった。王家は既に死に体だから、最近戦争を仕掛けて完全に併合しておいた」
「うわぁ早い。え、私何年掛けて死者蘇生されたんです?」
「半年」
「わあ」
ゼナイドはもはや色々ドン引きである。
「え、で?私は何に使われるんです?」
「そうだな。我が皇后に迎えようと思う」
「え」
「ちょうどそろそろ父上が俺と代替わりしたいと言い出したからな。皇帝のそばには出来る皇后が必要だろう?その点お前なら安心して背中を任せられる」
「うわぁ、まじかぁ」
皇太子…ヤニクはベッドの上で身体だけ起こしているゼナイドに跪いた。
「俺と結婚してくれないか」
「…こんな女ですけど、いいんです?」
「潔く自死を選ぶ姿さえ美しかったオルレアンの白い薔薇が手に入るなら、俺は全てを犠牲に出来る」
ヤニクの熱烈な告白に、ゼナイドは笑った。
「…いいですよ。残りの私の人生を、全てあげます。どうせ一度捨てたものですし」
「そうか。なら代わりに俺の人生をもらってくれ」
「もらっておいてあげます」
こうしてゼナイドは、死の淵から復活した。
後世には、死の淵から蘇った皇国の白い薔薇の伝説が伝わっている。当時の皇太子の妻となった彼女は、その後すぐ皇帝となった夫を皇后として一心に支え、夫から愛され、夫を愛した。そして、臣民達その全てを愛し、臣民達からも大いに愛された。皇帝と協力して臣民達の生活をより良くするための新しい制度を次々と導入し、新しい皇国の姿を作り出した。
皇国に生きる全ての人は、今でも皇国の白い薔薇を心から敬愛している。