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食春!  作者: しばの晴月
1/2

1 同好会、入会!~変な女とポークカレーを添えて~

「よし、これかけちゃったらラーメン食べにいこうかな」

 壁に打たれた釘に看板の凹んだ部分を引っ掛けて看板を取り付けた。

『食べ歩き同好会』

 その文字は黒々としていて少し光った。


 四月。入学式当日からとんでもない学校に来てしまったと加藤は後悔した。

 入学式が終わり、各々の教室へ行って担任からの挨拶を聞く。これからまた変哲のない三年間が過ぎ去っていくのかと思うと、心躍る気配も全くしない。長い八十年という中のたった三年間なのだから大したことはない。と思って、窓際の席になったのをいいことに外の景色をぼーっと眺めていた。

「おい、加藤。入学初日から人の話を聞かないなんていい度胸だな?」

「ひっ」

「お前、今話を聞いてなかっただろ」

「いえ、そんなことは……」

「じゃあ、俺が言ってたことを言えるか?」

「それは……」

「やっぱり聞いてなかったんだな。しょうがねえな、加藤のためにもう一回言ってやるよ」

 クラスに微笑の雰囲気が広がる。担任はそんなことを気にした様子はなく喋る。

「この学校ではな、一人一つは部または同好会に入ってもらうぞ。別にもの足りないやつは、一つでも二つでも三つでも四つでも入れ。まあ、勉強との兼ね合いがなってない奴は駄目だけどな」

 一応な、と少し偉そうな笑みを浮かべてクラス中を見渡す。

「加藤、お前もちゃんと入るんだぞ!」

 ここでまた絡まれると思ってなかった加藤は、冗談のように激しく驚いた様子を見せてしまい、クラスの笑いの渦の種となってしまった。入学式初日から名前を覚えられる人にろくなやつはいない。

「てことで、本日は終了。このあとは、各々好きな部活動や同好会の活動見学に行けよ。見学に行くときは、部活動とかの紹介が載ってるこのしおりを持っていけばわかりやすいし、地図もあるから迷子にならないはずだ」

 SHR(ショートホームルーム)が終わり、生徒は一斉にざわざわと教室を出て行く。加藤はそれらの集団を見送って、机の中の冊子を広げて見る。野球部、サッカー部、女子バレーボール部、卓球部、陸上競技部――吹奏楽部、茶道部、生物部、文芸部――漫画研究同好会、料理同好会。それぞれ目を引くイラストや装飾された文字でしおりは埋め尽くされていた。直感的に全部違うなと思った。どれに入っても、三年間を棒に振ることは目に見えていた。運動部は経験がないとついていけないだろうし、文化部も然り。何にも入部できない、と担任に進言したら長々と説教と、部活動に入ることの素晴らしさを永遠に語られるに違いない。深いため息を一つつく。今日のところはとりあえず見学はやめておこうと思い、しおりを鞄の中に入れようとした時、冊子の間から一枚の紙がでてくる。それを見ると、どうやら最近発足したばかりの同好会で、後からこれだけ別に印刷してしおりに挟まれていたようだ。

「『食べ歩き同好会』……?」

 食べ歩くことに才能も努力も要らないだろう。しかし、どんな人が出迎えてくれるのか。と、加藤は相撲取りを思い浮かべる。部員が既に何人も集まっていたら、部室は相撲部屋のようになってしまっている。そんなところへ入部するのはとてもじゃないけどごめんだ。今日は少し様子を見て帰るだけ、だ。風の噂で、食べ歩き同好会の部室はないという情報を得た加藤は少しほっとした。

「『生徒昇降口に集合です』って……もしかして今日早速食べに出かけようとしてるんじゃないか?」

 嫌な予感はしたが、同好会見学に行くにしても行かないにしても生徒昇降口は必ず通る場所なので、遠目から様子を見てから決めようと思った。

「テニス部どうですかー? 初心者大歓迎ですよー」

「茶道部の活動日は週一回! 兼部もできまーす!」

 廊下は新入部員獲得の戦いが始まっていた。加藤にまで勧誘の手を伸ばす部活は本当に部員不足で困っている部活にみえた。チラシ配りの上級生をすり抜けて、騒がしい校舎内を早足で進む。どこへ行っても喧騒の波が押し寄せてくる。昇降口まで辿り着くと、より一層人の混雑が激しくなった。慣れない出席番号を探し、やっとの思いで自分の靴をはく。人を押しのけて、お目当ての「食べ歩き同好会」を探すのだが、一向に見つかる気配がない。相撲取りならばすぐに見つかりそうなのに、と思った時、黄色い声が聞こえた。それはどちらかと言えば恐怖ではなく、興奮や驚嘆を含んでいるように思える。その声を合図にするように、加藤の周りを埋めつくしていた人という人が一斉に同じ方向へ動き出す。その波の力に加藤が勝てる訳もなく、人々に外へ押し流された。

「マミヤがこの学校に入学したってほんとだったんだな」

「マミヤサン、中学の修学旅行でスカウトされたってホント?」

 そこでようやく、昇降口が混雑していたのはこの間宮という人を見に来ていた人集りができていたから、だと気がついた。そこここから聞こえる声を拾う。どうやら、かなりの有名人らしい。美少女コンテストに友達が勝手に応募して、あらゆるコンテストの上位を総なめだったとか、本人が嫌がったので取り消しになったとか、迷子のミーアキャットを助けたとか、動物園に行くと動物になつかれすぎて困るとか、噂は噂でしかないが、かなりのいい人なんだろう、と加藤は思った。

 しかし関係ないことだ。とも同時に思った。あの同好会の人を見つけるという当初の目的を思い出す。早く見つけて早く帰ろう。

「こんなに集まって何してるんだ! 部活に行け! 見学してこい! 散れ散れ!」

 騒ぎに気がついた先生が集団を強制退去させようとする。みんなも自分のやるべきことを思い出して、ゆっくりだが散らばっていき、五分もしないうちにほとんどの人がその場からいなくなっていた。

「お前、まだここにいる気か! 早く行け!」

「い、いや僕はここに用があるんで……」

「何の用だ。言ってみろ!」

「同好会の集合がここだったので……」

と、食べ歩き同好会のことだと付け加える。

「はて……そんな同好会があっただろうか……記憶にないな……」

「最近できたらしいです」

と言った加藤の言葉を無視して、先生は「同好会……食べ歩き……」と呟きながら顔をしかめて校舎の中へ帰って行ってしまった。

 こんなやりとりをしている間に、まだ少しだけ残っていた人も去っていて、昇降口には加藤一人がいる状態になっていた。同好会の人がいないように見えた。グラウンドから聞こえる野球部の声の背後から橙色の夕日が差し込み始めていた。

「君は、同好会入会希望者?」

 少し自分より高い位置から女子の声がした。声の主は夕日を背にしていたため、顔がはっきり見えない。

「食べ歩き同好会ですか?」

 期待していたような太っちょな人ではなかった。ふつうの体型でもなかった。いわゆるこれがモデル体型か、と感心してしまうプロモーション。

「私、食べ歩き同好会、会長の間宮(まみや)あかり。早速――」

 マミヤアカリがさっきの噂話の間宮あかりと、まだこの時は結びついていなかったので、後光のように陽が差し込むのに目を細めることしかできなかった。

「カレー奢るよ」

と言って、加藤の右腕をがっしりと掴む。唐突の出来事に振り払うこともせずに、目を泳がせながら間宮の後ろをついていくしかなかった。


「カレーは家で食べるもので、わざわざ店で食べる必要はない、と君は今思っている」

「はい」

「正直、奢るといわれていなかったらついて来なかった」

「はい……」

「正直でいいね、君」

 スプーンで指されながら褒められる体験をする高校生活初日のカレー屋。

「戸惑いが君のスプーンに現れている。カレーは少々冷めても美味しい。しかし、そんなに自分の胃袋をいじめなくてもいいだろう。このスパイスの香りで君の胃袋は、早くこのカレーを食べたくて堪らない顔をしている」

「はぁ」

「とにかく食べろということだ」

 間宮あかりはよく磨かれた金属スプーンで、白いライスとよく煮込まれて具材のかたちをなしていない人参をすくう。大きな口に運び、とても幸せそうな顔した。きりっとした眉毛が印象的な、華のある顔立ちをしている。

「因みに、彼氏はいませんが、男に興味はない。少なくとも私に興味のある男性はお断りしている。男より三度の飯の方が好きだ。放課後に食べ歩くのはもっと好きだ」

「はぁ……」

「難しいことを考えるな、一年。カレーを食べろ」

 間宮は加藤のほうを見向きもしない。スプーンでせっせとカレーを口に運んでいる。恋色沙汰よりも食のほうが好きだといったのは本当だろう。加藤もスプーンでカレールーをすくう。家のカレーライスより香辛料がきいていて、舌がひりひりする。水を思わず飲んだ。

「青春はカレーだな」

「それはどういう意味ですか」

「いろいろな出来事を高校というお鍋でじっくり煮込むんだ。時間が経てば、かたちはだんだんとぼやけてくる。時間が経てば経つほど、美味しくなる。つまりはこういうことなのだよ、一年生……」

 加藤はスプーンでカレールーを流し込んだ。最後に余ったライスをがつがつ食べて、間宮の言ったことに対して反応しないようにした。

「君、ライスが残っているじゃないか。ルーとライスは同じタイミングで食べ終わるようにするのがカレー王国でのたしなみだ。まだまだのようだね」

 ポークカレーだった。豚肉は柔らかく煮込んであって、肉の繊維が嫌な感じで口に残らない。カレーはチキンだと豪語していた過去の自分を思い出して、加藤は一人きまりが悪く感じる。香辛料と玉ねぎの甘さが程よい相性で、口の中をほとばしる。鼻腔に吸い込まれるカレーのルーの香り。

「ここ、普通に美味しいんだよ。どう? 気に入った?」

「結構美味しいですね」

「それは良かった」

 間宮は満足そうに「うんうん」と頷いている。無言でカレーを頬張り、間宮はライスをおかわりして、ライスだけを黙々と食べていた。

「それで、君はうちに入る?」

「へ?」

 食べ終わって店内の中を見回していた加藤は素っ頓狂な声を出してしまう。

「同好会! 入るために来たんだろう? もう食べ歩いてるから入会したも同然だけれども、一応聞いておこうと思って」

「一応聞いておいてください」

「で、どうする?」

 加藤は今日の入学式、明日から始まる授業、今後の指針、人生においての女性運の行く末を睨んだ。

「君は今、こんな同好会に入っても大丈夫なものかと考えている」

「はい」

「正直、今後のことを考えたらやめとこうかとも思っている」

「はい」

「でもやっぱり、食べ歩くのも悪くないなと思っている」

「はい?」

「やっぱり食べ歩きはいいよな〜! 夢があるし! 青春そのものだしな! よし決まりだ。新入会員1号……君名前なんだっけ」

「加藤です……」

「加藤! これから世界を救うため、食べ歩きなくして青春なし! No食べ歩きNoLife!」

 ひょんなことから、加藤は入学式初日に同好会に所属した。

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