従魔契約
テスケーノの代官エミリンドは焦って副官に相談する。
「おい、どうする?明らかに街の兵士が居なくなっている。このままでは俺たちの命も危ないのではないか?」
「マントーネの代官たちは最後に住民に捉えられたと聞いています。自ら投降するか、王都に向けて逃げ出すかの2択かと思われます」
「もうすぐ王都からの援軍が到着するのではないか?」
「街に援軍を迎え入れるまで我々の命があるか怪しいかと」
「この街に家族を置いて王都に逃げて人質にされるより、投降して家族も含めた安全を求める方が良いか……」
「分かりました。南東の陣営への使者に行ってまいります」
「頼んだぞ……」
ハイオークたちの襲撃による被害以外が無いまま、スクゥーレ達クーデター軍はテスケーノの街に入ることに。
代官館に本陣を移し、強制徴兵された住民たちには家に帰ることも許容し、志願兵になる場合の手続きを別途用意する。街に入りきれない軍勢は、南東の陣営で継続して寝起きをするが街への出入りも自由にする。もちろん率いて来たクーデター軍による街への暴力行為は厳禁とされ万が一の場合には死罪も含めた厳罰としていたため、街中での大きな混乱は発生せず、数日ぶりに街に活気が戻って来たと喜びの声があがる。
レオたち3人は護衛のためにも、スクゥーレと同じ代官館に居室が与えられる。フィロが活気のある街中を出歩きたいというので、ホレイモンや従騎士たちに断った上で、黒ローブ・黒仮面を脱いで武器と共に魔法の袋に入れて、3人で出かける。もともとスラムで育ったフィロには屋台での買い食いでも贅沢なことであり、それだけでかなり楽しそうである。レオは作成した従魔魔法の写本を天使グエンの手助けのもとで読み込みたい欲望もあったが、フィロの元気な姿を見るだけでも、戦争の気分転換になるのであった。
商店街を進む中で各色のローブやマントが並ぶ店舗を見つける。
「そうだ、ローブの色を変えたいのだけど、どうかな?」
「え?いいの?じゃあ赤色とか?」
「いえ、それは無いでしょう。ところでどういう意図でしょうか?」
主にベラに向けてになってしまうのだが、先日のハイオーク関係の従魔屋の話を伝える。どうもその向こう側に黒ローブ・黒仮面の男たちが居たようで、仮面に銀色六芒星の模様があるかで判別されたと。これから変な誤解を受けないためもローブの色を変えたい旨を説明する。
「それでしたら、これからもあるであろう任務のことを踏まえると目立たない濃紺や灰色などが、ただ返り血による汚れなども踏まえると濃い色である濃紺が良いのでしょか」
「そうだね、ありがとう。そうしようか。フィロもそれで良い?」
「みんながお揃いなら何色でも良いよ」
「じゃあ、仮面も合わせて買っておこうか」
濃紺のローブと仮面をお揃いで調達した後は、思ったより使用することになった魔力回復薬の補充のため薬草も調達しておく。
フィロ達も屋台などで満足したその夜、いよいよ従魔魔法の読み込みをするにあたり天使グエンをベラとフィロに紹介するか悩ましいが、代官館の中でさらに他人に見つかったり聞かれたりする可能性もあるので、またの機会にする。そのためグエンには思考だけで会話する。
『この従魔魔法の魔導書、≪簡易従魔契約≫と≪従魔契約≫の2つが記述されていて、≪簡易従魔契約≫は従魔の証を用いる初級、≪従魔契約≫は従魔の証が無くても良い上級魔法みたいですが、その理解であっていますか?』
『うむ、その理解であっているようだ。簡易の方は、既におとなしい、懐いている従魔を従魔の証に刻むもので、もう一方は証が無くても従魔にできる。前者は魔道具である証が肝であるな』
『これらはグエン様との≪契約≫と系統が近しいようですが』
『その通りだな。他にも似たものとして奴隷契約もあるな』
『この証の魔道具、簡単に作れますか?』
『前にも話したように、魔道具を作るには付与魔法や鑑定魔法などの習得が先に必要となるが、その技術があるならば他の魔道具に比べて難易度が特段高いわけではない』
『ありがとうございます。ますます魔道具に興味が出ました。で、従魔契約に戻りますが、魔物の心臓付近の魔石に契約を刻むものであり、通常の獣には魔石が無いので従魔契約はできない、あくまでも魔物を従える契約魔法という理解で良いですか?そして、その補助をする魔道具が従魔の証であると』
『その通り。その魔導書に直接的に書いてあること以上に理解したようだな』
『これを覚えると、今回のハイオークたちの従魔契約の主を、例えば自分に変更すれば奪えたということですかね』
『従魔契約の前提の、懐いているか、おとなしくしているに当てはまるならばな』
『戦闘中は無理ということですよね、やっぱり』
魔道具等についてはがっかりしつつ、実際の魔物相手の練習はできなくても初級≪簡易従魔契約≫の練習を始める。天使グエンとの≪契約≫に近く、重要部分は魔道具である従魔の証が補助する前提の魔法であるので、それっぽい感じにはある程度簡単に習得できた。後は実際の魔物を相手に練習するしかない。




