羊皮紙の自作
写本をたくさん作るようになり、またたくさんページのある自作魔導書などを執筆するようになると、羊皮紙の厚みが気になりだす。
古代魔導書は羊皮紙とは異なる素材であろうから1枚ごとの厚みが非常に薄いのである。そこまでの薄さを望むことはしないが、羊皮紙の中でも厚みの種類があるため、少しでも薄い物にした方が、ページ数が多い自作魔導書や辞書などの際に効果が大きいと考える。
いつも羊皮紙を購入している商店に行き、薄くても丈夫な物など違いを教わると、一般的には高ランクの魔物の毛皮を元にすると丈夫さが増す、とのこと。確かに高ランク魔物は攻撃した際にダメージを与えるのに苦労するので、それは理解しやすい。ただし、薄さについては魔物の種類により変わることだけでなく、皮革職人の腕にも依存するという。
狩りをするときの注意点を教わる意味を言い訳に、スクロール製作のためにも自身で羊皮紙を作れるようになりたいという思いもあったので、腕の良い職人を紹介して貰う。商店としては直接取引をされると売り上げが無くなるので嫌がったが、その職人から直接仕入れをすることはしない確約をしつつ、紹介料を払うとしぶしぶ紹介して貰えた。
せっかくなのでベラとフィロも一緒にその職人のもとを訪れる。
「銀級冒険者にはなっていますが経験が浅く、素材として有効活用するための狩りの際の注意点などを教えて頂きたいのです。また、できれば製作工程を拝見しながら、その注意点がどう影響するのかも教えて頂きたいです。合わせて、簡単な羊皮紙の製作方法も教えて貰えるとありがたいです。授業料はお支払いします」
紹介者の商人から、お酒を手土産にすると良いということも聞いており、ベラの経験で玄人好みの酒を選んで持参した物を差し出す。最初は無愛想な表情をしていたが、その土産を見せると態度をあらためる。
「ほう、前向きで謙虚な態度は気に入った。ただ、皮革職人はそんな簡単なものではないぞ」
「もちろんです。その一端の、羊皮紙製作の触りだけでもお願いできればと」
「教えてやるにふさわしいか腕を見せてみろ」
同行したベラとフィロも一緒に、羊皮紙製作の簡単な体験をさせて貰ったところ、レオとベラだけは続きも教えて貰えることになった。細かい作業が苦手なフィロは諦めることになった。授業料以外に何度か酒を持参しながら教わり続けることで、レオとベラは羊皮紙製作の初心者レベルにはなることができた。
今後は自分たちが狩りで得た毛皮を加工して練習することで、スクロールや魔導書制作の材料にできるように訓練することにする。
皮革職人工房で使わせて貰った、剥ぎ取りナイフや、脂を削ぐときに張りつける道具、石灰等も、職人が仕入れている店舗を教えて貰って調達する。専用ナイフは攻撃にも使うダガーなどと違い、削ぐことに特化したカーブの付いた物であったりする。
お陰で、騎士爵としての屋敷の作業部屋は、回復薬の調合と羊皮紙の製作の道具が色々と並ぶことになった。
毛皮を加工することを考えると、素材を焦がしてしまう火魔法の使用は抑えて≪氷槍≫≪氷刃≫などの水魔法を優先するようになった。また、荷馬車を入手してからは現地では血抜き以外の解体などをあまりしなくなっていたが、練習のためにも毛皮と肉の分離までは行う。そのため、狩りの際には小川など作業がしやすい場所の確認も優先するようになり、最近は≪水生成≫で水場を重視しなくなっていたレオたちには、本来の冒険者らしい訓練にもなった。
解体が上手になると毛皮に傷をつけずに肉や脂を削ぐことができるようになるだけでなく、敵の身体の仕組みへの理解が進むので急所も分かりやすくなり、さらに余裕がでてくると素材として活用するための殺し方にも気を付けられるようになり、納品時の買い取り価格も自然と上昇する。
そうして入手した毛皮を屋敷に持ち帰った後は、水につけておき、落としきれていなかった肉をさらに削ぎ落し、石灰を混ぜた水槽に浸して毛を抜き、残った脂や毛を削ぎ落とし、引っ張って延ばして乾燥させてまた削ぎ落としという工程を進める。必要なサイズに切りそろえ、石膏の粉末を振りかけて軽石で表面をこすって完成である。
ようやく作成できるようになった羊皮紙であるが、魔導書に使用するには品質面でも厚み面でも満足できない。まだまだ低級品ではあるが、魔術語を書いて覚えたりするための練習には十分である。ベラは喜んでフィロにあげると、フィロは苦笑いする。
一方のレオは以前から試したかったスクロールの製作の練習台には良いと判断する。
砕いた魔石を混ぜたインクで魔法陣を羊皮紙に書くことでスクロールになるという。スクロールは未習得の魔法でも魔力を込めれば発動できる使い捨て魔道具の一つである。
角兎ホーンラビットなど適当な魔石を砕いてインクに混ぜて、羊皮紙に≪灯り≫の魔法陣を書いてみる。見た目はあまり違いが分からないが、魔力を込めてみると確かに≪灯り≫が発動できた。≪灯り≫を未習得のベラとフィロにも使わせてみると、魔力を込めるだけで≪灯り≫をちゃんと発動できる。
フィロが面白がって、もっと他の中級や上級の魔法も、と催促するので≪光爆≫や≪氷槍≫など色々と書いて使わせてみるが、上手く発動しない。
いったんその日は終わりにして、1人になってから天使グエンを召喚して、実物を見せて聞いてみる。
「スクロールの製作条件について教えてください」
「魔石を混ぜたインクで羊皮紙に魔法陣を書く、というのは正しい。ただし、ちゃんと習得済みの者が作成しないと魔法陣が正確でなく発動しない可能性もある。また、鑑定などで材料にする羊皮紙についての理解が必要だが自作であるならば、そこまでは問題が無い」
「では何が?羊皮紙の品質やインクの魔力量でしょうか?」
「中級以上の魔法をスクロールに定着させるには、さらに付与魔法の知識が必要となる。羊皮紙の質が悪くて穴が開いていて魔法陣が構成できないか、インクに混ぜる魔石の量が少ないのでない限りは、初級魔法のスクロールはこれで製作できる」
魔法の袋が欲しいのもあり、ますます付与魔法に興味がでるが、まずはスクロールの研究である。
≪水生成≫のスクロールをベラにも作成させてみたが、魔術語で記述する魔力量を同じにすると効果も同じであることも確認できた。
魔法回復薬は製作者によって効果の差異が出るのでレオが注力するが、初級スクロールについてはベラでも同効果になることがわかると、ベラはますます意欲を示す。これ、高く売れますよね?と。しっかり者である。




