スラム街からの転出
ベラは覚悟を決めてスラム街を出て行くことにした。となると面倒になるのが、今までの関係者になる。
もともとレオと知り合ってから夜の仕事の量を減らして来ており、それに関して良く思われていない相手も居る。ただ、娘フィロのことを思えば、レオの話に乗るべきであると分かっている。
「ベラ、折り入っての話とは何だ?どうしたんだ?」
「以前にもお話していた、ハイオークがスラム街に入り込んだ際に助けてくださり、その後も冒険者の道についてフィロを含めて教えてくださっている方のことです」
「お、いよいよ本性でも現したか?そんな良い奴なかなか居ないからな」
「いえ、いまだに良い人で。それどころか、住み込みで雇用するからスラム街を出ないかと誘ってくださいました」
「はぁ?本当かよ。妾に、という意味じゃないんだろう?」
「はい、顔を隠していますが、背格好や声からは、きっと成人もしていない歳かと」
「どういうことだ?」
「魔法使いとして優れているから冒険者として成功しているのかと」
「ふーん。まぁ、つまり夜の仕事をやめてフィロとスラム街を出て行くということだな。運が良かったなぁ、ベラ。そいつが死んで路頭に迷うでもしない限り、スラム街になんて帰って来るんじゃねえぞ」
元冒険者の夫が死んでから、その知人でもありずっと世話をしてくれていた恩人からの了承も得られたので、フィロと一緒に引っ越しの準備をする。他にもお世話になった隣近所にも挨拶をしておく。
いよいよ引っ越しの当日、レオも迎えに来てベラとフィロがスラム街から出ようとしたとき、道に広がる5人の男たち。
「ベラ、その真っ黒の野郎かい?お金持ちの奇特な奴は。俺たちにも金を恵んでくれるように口をきいてくれよ」
「何を言っているの。そこをどいて」
「おっと、ここの通行料は高いぜ」
5人とも抜身の短剣を構えて、通せんぼをする。
レオはいつもの黒ローブと黒仮面の下に、片手剣だけでなく短剣も装備して盾は背中である。ベラとフィロも黒ローブと黒仮面はしていなくても、かさばる盾は背中であるが、短剣は腰に装備してある。さすがに相手が短剣を抜いて来たので、3人とも荷物を降ろして盾と片手剣や短剣を構える。
「お、いっちょ前にカッコだけは、ってか。どうせ身ぐるみ剥がれるのに、抵抗しなければ女は怪我だけはせずに済んだのにな。ま、男は死んでおけ!」
リーダーのようなゴロツキが短剣で切りかかって来たのをきっかけに、他の4人もバラバラとレオたち3人に攻撃してくる。
「舐めないでよね!」
特にフィロが、以前からうっぷんが溜まっていた相手であったのか、怖がることなく盾と短剣で相手をさばく。レオもさすがにチンピラ相手に火力の高い魔法をいきなり使うのも気が引けたので、盾と片手剣で相手をし、相手の短剣を弾き飛ばして武装解除を順番にしていく。レオがチンピラ3人を相手にしていると、ベラとフィロはちょうど1人ずつを相手にしている。
「小癪な!」
口ばかりのチンピラは武技も習得したベラたちの敵ではなく、ベラもフィロも怪我無く相手を降参させる。
「ベラ、フィロちゃん、すごいじゃないか!」
いつの間にか集まって来ていたスラム街の住民からも称賛される2人。その中の1人に衛兵を呼ぶようにお願いし、その間にチンピラたちを縛り上げておく。
到着した衛兵には、住民たちからの説明補足があったものの、詰め所に同行することになったレオたち3人。荷物は持って行って良いようであるので、中途半端であるがスラム街の住民たちとの別れの挨拶もした上で、移動する。詰め所でも、形ばかりに先ほどと同じような経緯説明をした上で
「ま、実質的に強盗と同じ5人を生け捕りということで、彼らの犯罪奴隷への売却や装備、財布の中身などを合わせて金貨5枚。ほら持って行け」
と言われる。レオは2人が銅級冒険者に上がるための裏条件を満たしたことを踏まえて、衛兵への名乗りにおいて、イザベッラとフィローラという正式名称ではなくベラとフィロにさせた上で、それぞれ黒仮面と合わせて冒険者の身分証明書を提示させるようにした。きっと冒険者ギルドでの昇格条件に効いてくるであろう。
新居に引っ越し荷物を置いた後は、思わぬ臨時金も入手したこともあり、馬3頭と荷馬車の荷台を調達し、注文していた天使グエンの祠や、薬研等の調合道具を引き取りに行く。調合した回復薬を入れる薬瓶もまとめ買いをしておく。
そして、引っ越し祝いを兼ねて、すこし贅沢な食料を買い込んで、新居の食堂で豪勢な食事にした。
引っ越ししてしばらくは、新しい馬と荷馬車でオーク狩りをしたり、薬草採取をしたものを用いて通常回復薬や魔法回復薬の調合をしたりなど、冒険者生活を行っていた。ベラとフィロも調合に慣れてくると、戦地で出会い魔法回復薬の調合を教えてくれた神官トンマンドのところに完成品を持って訪問する。
「おや、レオ様。騎士爵に叙爵されたとのこと。誠におめでとうございます」
「ありがとうございます。皆様のお陰です」
「本日はどうされました?」
「あのとき教えて頂いた魔法回復薬の調合も少し慣れたので、お礼に奉納に参りました。こちらをお納めください」
「それはありがとうございます。これは中級品ですね。レオ様の調合でしょうか。この国で魔法回復薬、しかも中級品は希少なため、今後は1瓶5銀貨で納品していただけないでしょうか」
「かしこまりました」
安定収入の目途も経ち、順調な新生活のスタートを切れたようである。




