魔法回復薬
「……以上となります。さらに詳しくご説明した方がよろしいでしょうか」
「いや、もう良い。充分である」
詳しく、と指示した武官もうんざりしたようである。
「では、まとめると、治療所から神官3人たちは直ぐに居なくなり、しばらくはお前たち3人と公女殿下、近衛騎士の5人で行動していた。ハイオークファイター、ハイオークアーチャー、ハイオークキングと戦闘を続けた。途中で神官も合流したなかで、そのうちの1人が公女殿下を刺したので縛り付けていたところ、キングとの戦闘中に殺されていた。それに相違ないか?」
「はい、その通りでございます。騎士様や神官のお2人にも聞いて頂けたら確かかと」
「その騎士は亡くなった。神官2人の話とは整合している」
「お亡くなりに?なぜ?」
「キングとの戦闘での怪我が原因だろう。現地で既に息を引き取っていたらしい」
「そんな……あの方のお陰で命があったようなものなのに」
「そのようであるな。だが、ここは戦場。しかも公女殿下をお守りしたのだ。それ以上は侮辱になる」
「はい」
「では、3人ともこちらに」
先ほどの文官らしき1人の案内に従って入った天幕には、ゆったりした椅子でくつろぐ公女や執事が居た。その文官が頭を下げて退出したところで、公女から声をかけられる。
「3人の働き、なかなかのものであった。実際に命も助けられたしな」
「過分なお言葉ありがとうございます」
「コリピサ王国軍も撤退を始めた模様らしい。昨日のこともあり治療所には行くなと言われたが、昨日に怪我した者も多かろう。それに治療できる神官も1人減ったのも事実であるし、今日も付き合ってくれるかな」
「かしこまりました」
「昨日のことがあるから、護衛は多くなるがな」
公女の馬車に、公女と一緒に3人は乗り込むことに。レオはまだしも残り2人は緊張でカチコチになっていた。馬車のまわりには馬に乗った近衛騎士が5名同行している。昨日までは治療所の入口に近衛騎士が1人立つだけであったが、今回は2人が中まで付いてくることになった。
トンマンド、タンマルコの2人が跪いて公女にお詫びを言っているが、赦したうえですぐの治療再開を指示していた。
ベラとフィロは軽症者、レオたちは重傷者という役割分担は昨日までの通りに手分けを行うが、昨日の騒動で怪我をした者が多く、かなり軽症の者は魔法による治療ではなく通常の回復薬を使用する判断になっていた。
公女の言うようにコリピサ王国が撤退を始めたので、今日の怪我人が増えてくることは無いが、昨日の大怪我でレオの≪上回復≫でも治りきらないほどの者が何人か居た。魔力のある限り≪上回復≫をかけたので、命の危険は去ったが完治まではできていない。
「魔力回復薬の残りはもう無いのですよね?」
「あれは、私が練習で作った物です」
トンマンドが告白をする。神官でもそれなりの立場にあるのに、あまり上手に調合ができないため、普通回復薬についても黙っていたらしい。たしかに先日はタンマルコのみが調合をしていた。それでも、普通回復薬ではなく魔法回復薬を作れるのは素晴らしい、羨ましいと褒めたところ、昨日のお詫びとお礼を兼ねて、指導をしてくれるとのこと。
せっかくなので魔力回復薬の調合を実演してくれるのだが、ほぼ最後まで普通回復薬の調合と同じであり、レオは首をかしげていた。そうすると、最後の最後で、これがミソです、と回復薬の液体に魔力を流し込み、こうやって回復を促す要素を魔力で励起することで完成させる、というのである。
レオは魔力回復薬のもとである薬草の根を用いて通常通り丁寧に調合し、最後に魔力を流してみる。確かに要素が励起する手ごたえを感じることができた。
「通常の回復薬のときと同様に不純物の混入を排除することと、最後の励起において、無数にある要素をどれだけ丁寧に励起させられるかが、魔法回復薬の品質に影響してきます」
公女は見学のみであったが、ベラとフィロは先日に教わった調合の練習も兼ねて同じようにやってみる。予想通りでもあるのだが、細かい魔力操作はベラの方が上手であり、出来上がった回復薬でそれっぽい効果があるのもベラの方であった。
せっかく練習で調合した魔力回復薬があるため、それを用いてレオが大怪我の残りの者たちを完治させて、退院させることができた。
「お陰で治療所の撤収も皆と合わせて行うことができます」
「いえ、こちらこそ貴重な知見をご指導いただきまして誠にありがとうございました」
公女から、次は公都で会いましょう、と別れの言葉を貰い、治療所で別れることになった。
レオたちは岩場の拠点に戻り、今日の顛末もエルベルトたちに共有し、翌日からの撤収作業の準備に取り掛かるのであった。
エルベルトたちは雇い主たちと合わせた公都への帰路になるが、レオたちは公女に免除されたわけであり、草原での薬草採取や訓練など自由に行いながら、公都に帰るのであった。とは言っても、馬を使えていたので、結果的に他の行軍と差はつかないように帳尻を合わせることはできている。




