治療所
「では、治療所をご案内します」
治療者用の控室もあり、レオたちの背負袋や盾はそこに置いてから案内される。レオは護衛の責務もあるので、片手剣だけでなく投擲短剣もローブの中に隠し持つようにしている。
治療所は大きな天幕がいくつかあり、ベッドを並べた安静が必要な重傷者用、床にたくさん座らせる軽症者用に分かれている。
「昨日までの戦闘は小競り合い程度であり、重傷者はおらず軽症者のみでした」
「いま天幕に残っているのは?」
「軽症者を戦場に戻すほど切迫した戦況でもございませんので、魔力の温存のためあそこで療養して貰っています」
「せっかく応援にも来たのですから、いったん治療しましょう。レオ!」
「は!ベラ、フィロ、まずは≪治癒≫で治せる軽い怪我の者から。≪回復≫が必要そうであれば、私たちに声をかけること」
「わかりました」
ベラとフィロの練習にもなるので、まずは≪治癒≫で色々な魔力の波長の人を治す訓練にする。レオも護衛のため公女と共に移動して、≪治癒≫をかけてまわる。≪回復≫が必要であったのは1人だけで、残りの十数人は≪治癒≫だけで完治でき、笑顔で自分の部隊に戻って行った。
「公女殿下、ありがとうございました。ただ、魔力の温存はしなくて良かったのでしょうか?」
「問題ないでしょう。そのための応援だから。それよりも怪我人が居ないときには何をするの?」
「薬草の調合を行います。魔力が枯渇しても回復薬を提供するためです」
効果のすぐ出る魔法回復薬、ポーションの調合まではできないが、通常の回復薬の調合は神官タンマルコができるらしい。この戦場にも薬研などの道具を持ち込んでいたようで、薬草から回復薬を調合する手順を公女に見せていた。ベラとフィロにも薬草の採取までは教えたが、調合を教えていなかったので、良い機会と思って一緒に見学をさせていた。戦場であるので、解毒や解熱などではなく多くの傷回復薬と少しだけの魔力回復薬を調合する予定とのことである。
神官のタンマルコの調合も初級レベルのようであり、また≪水生成≫などもせずに一度沸騰して消毒しただけの水を使用していたので、完成した回復薬も低級品であることが想像された。
「よろしければ、調合もお手伝いさせて頂いても?」
「ほう、お願いしても?」
「では、道具を拝借します」
ナイフ、器、薬研や篩などの道具を≪洗浄≫し、≪水生成≫での水を使い丁寧に調合すると、故郷ルンガルで師匠ロドに教わりながら作成した物よりも質が良さそうに思える物が完成した。
「これは中級回復薬では!?ぜひとも残りの薬草も調合して貰えないでしょうか?」
「レオ、さすがに魔力を使い過ぎでは?今日も重傷者が来ないとも限らないから温存しなさい」
護衛時のためと言う意味もあるのであろう公女の指示もありレオの魔力は温存することにする。そのため、ベラとフィロに≪水生成≫をさせるかわりに、調合の指導を2人にさせる許可を神官たちに貰う。調合できる者が増えることは望ましいことである、とのことであった。
レオは採取のために、薬草ごとに効果の高い部位を教えていたが、調合の際には不要となる茎などを丁寧に切り除くこと、それでも混ざってしまう不要部位を取り除くために篩を使うこと等を丁寧に2人に教える。神官たちも、熱心に横で聞いていた。さすがに本職であった師匠ロドからの教えは、片手間で行っていた神官の調合よりも優れていたようである。
さらに言えば、聖職者でも他人を妬んだりすることもあり得るものだが、この3人は素直にレオのことを認め始めているのを感じられた。
そうこうしているうちに軽症者が治療所に訪れたりしたが、ベラとフィロを中心に≪治癒≫で回復させて帰らせていった。当初目的の通り、公女が直々に≪治癒≫するというアピールも必要であったので、ときどきはマルテッラ自らの治療も行った。
昼時になり、食事が用意される。
「事前に公女殿下も我々と同じ物を、と伺っておりましたが、よろしかったのでしょうか?」
「支援に来た私のために手間を取らせたら本末転倒だからね」
「勿体ないお言葉。かたじけのうございます」
とは言ったものの、やはり硬いパンに慣れない公女は食べるのに苦労しているようであったが、皆と同じようにスープに浸して食べるなど、途中から割り切っていたようである。周りの者にしてみると、そういう公女の行動には好感が持てるものであった。
結局初日は軽症者への治療と、回復薬の調合のみで終わることになった。
神官たちには感謝されつつ、敷地との境目で待機していた近衛騎士たちに公女を預けて、岩場の拠点に戻る3人であった。
拠点には同じように前線から帰って来ていたエルベルトたちと合流し、留守番に残した馬たちに水やエサを与えたり、往路での肉を用いた夕食の用意を始めたりする。
「今日はどうだった?」
「前線ではコリピサ王国とそれなりの距離をあけてのお見合い状態がほとんどだったな。たまに小さな集団が攻めてきて、こちらからも力比べのように同じ数だけが前に出て行って、それぞれから一騎ずつが出てきて戦ったり、その小集団同士が戦ったり。いつもこんな感じらしい。駆り出された貴族たちも、全力でやって兵士の命を損なうと遺族補償なども大変だし、適当なところでお茶を濁すのが理想。公爵家も、侵略を放置すると国家の体面的にも人望的にも問題になるので対応するが、必死に追い払っても領土が増えるわけでもなく、経費ばかりかかるので怪我されずに適当なところで停戦になるのが希望らしい」
「なんだかなぁ……」
「まったく……」




