古代魔導書
ダンジョン探索から帰宅した夜、公女たちに帰還の報告をした後は入手した魔導書を読み込もうと思ったが、精神的な疲労はかなりあったようで、自室に戻った瞬間に張りつめていた気が緩んだのか、翌朝まで気がつくことが無かった。
おかげで革鎧なども脱がないまま2晩寝たことになり、体中が悲鳴をあげていた。目が覚めるとまずは身体を洗うことになった。もともと昨夜に公女たちに臭いを指摘されていて、荷物を置きに部屋に戻っただけがそのようになってしまったので、他の使用人たちにも笑われたりしながら、浴室で、流石にお湯は無かったので水だけで身体の汚れと臭いを洗い落とした。
そのまま食堂に連れて行かれて朝食を取った後は、いよいよ入手した魔導書を読むことにする。
入手時に見たときも感じたことであるが、現代の魔導書のように羊皮紙に記述されているのではないようで、1枚1枚が薄い。それでいて魔導書自体は結構な厚みがあるので、かなり情報量があることがわかる。しかも記述されている文字が全て今は魔術語と呼ぶ古代語である。レオは、覚えた魔法に相当する魔術語程度しかまだ理解できないので、実質ほとんど理解して読めないことになる。
知識・魔法の女神ミネルバの眷属である天使グエンを≪召喚≫して、万が一に誰かが急に入って来てもいいように透明になっておいて貰う。
「グエン様、昨日のレイス討伐のとき、助かりました。ありがとうございました」
「そのうち、アンデッドに効果が高い≪浄化≫魔法も覚えないとダメだな。回復魔法の一種だし中級だからそのうちだろうがな」
「習得したい魔法がますます増えて行きますね。ところで、この魔導書を見て頂けますか」
「昨日の成果か。なかなか良い物を入手したな。特に高位な魔法が載っているわけではないが、いろいろな分野が掲載されているな」
「私はこの魔術語をほとんど読めないのですが、教えて貰うことはできますか?」
「今の能力のほんの少し先を教えてやることまではできるが、それ以上を教えるということはできない。人類に過剰に干渉することを禁止されているのでな」
「例えばどのようなことなら可能でしょうか?」
「お前が既に習得している魔法の魔術語に対する解釈を教えてやる程度はできる。例えば≪水生成≫の解説はここだ。発動の魔術語をみれば、いつものだろう?この解説ページについてなら教えてやろう。ちなみに、同じ名前の魔法でも古代と現代とでは異なる魔術語の場合もあるからな。現代語でも「駆け足」と「走る」では似ていて意味が少し違うが、魔法を発動する工程表現の魔術語でも似た意味の単語を使っていることがあるのだ。ま、それはおいおい教えて行くが」
「それだけでも、新しい魔術語を覚えられますのでありがたいです。ぜひよろしくお願いいたします。ではまずこの≪水生成≫の解説ページのこの単語からお願いします」
「さっそくか……まぁ良い。ではいくぞ」
レオはグエンの指導のもと、入手した古代魔導書の解読を進めて行く。自分が習得済みの魔法だけでも20以上はあるので、その解説ページの魔術語を覚えるだけでもかなり魔術語と呼んでいる古代語の語学力が向上するであろう。覚えた魔術語の文字や単語だけでも辞書や字典を作って行きたいし、古代魔導書の写本をいったん作ることで運筆なども覚えながら、覚えた単語について書き込んでいくこともできるようにしたい。そうして新しく得た知見は、自作の魔導書へ追加反映していきたい。
そう考えると楽しくてしかたなくなるレオであり、天使グエンも学徒を応援するのが本分の神霊であるので、覚えの良い弟子へ教えるのが楽しいという相乗効果になる。
結果として、昼食も忘れて気がつけば夕方になっていた。レオはまだ店が開いているうちに、と慌てて羊皮紙と羽根ペンとインクを大量に追加調達しに街に出る。そうするとベラたちに無事にダンジョンから戻って来たことも伝えていなかったことを思い出し、明日は一緒にオーク狩りに行くことを連絡しに行く。
心配していたベラは安心し、フィロは冒険譚を聞きたがるが、明日の移動時に、と切り上げてくる。公女の屋敷で昼食も食べていなかったのに、夕食も食べないことになると怒られてしまうと想像したからである。
屋敷に戻ったレオは食堂で夕食を食べた後、再び古代魔導書に取り掛かりたかったが、2日連続で行っていなかった日課の武具や魔法の訓練を行い、くたくたになってベッドに入ることになった。ベッドで眠りにつく前にふと思い出したのが、故郷シラクイラの港町の近くの地引網で見つかる、現代語ではない文字が刻まれた陶器というもの。レオは現物を見たことが無かったが、もしかすると古代語、今でいう魔術語であるかもしれない。一度みてみたいと思いながら眠りにつく。
翌日のオーク狩りでは、その2~3日前のパーティーを思い出し、1人での狩りを寂しく感じる。少し前まで人付き合いが苦手で、人との会話をできるだけ避けていた自分を思い出し苦笑いをする。
ベラやフィロも戦闘に参加できるようになると楽しくなるのかもしれないが、そうなると狩りの成果を持ち帰る荷馬車の留守番が居なくなるという課題が再燃する。改めて、実際の容量よりもたくさん入れられるという魔道具の魔法の袋が欲しくなる。
天使グエンに魔法の袋を作れるようになる方法について聞いてみる。
魔法の袋は、空間魔法の≪拡張≫を使用しているが、魔道具として作成するために付与魔法も使用している。さらに恒久的な付与を行うには付与対象への理解が不可欠であり、自身が作成した物でない場合には鑑定魔法などの鑑定能力が必要である、とのこと。
ずいぶんと先が長いと思わされるので、まずは一歩一歩、古代魔導書の文字を理解していくことだと改めて思う。
そこで、公女に魔術語の辞書か字典を入手できないかを相談すると、公女自身の勉強との理由で試してみるけどあまり期待しないで、との回答を貰う。
今は魔導書があるのに未習得な回復魔法、≪解毒≫≪軽病治癒≫の練習を開始することにした。




