公女の誕生日パーティー
第3公女マルテッラの屋敷は、公都の城内ではなく貴族街にある。城内には、公爵が第1側室、第2側室とその子の第4公女が暮らす後宮と、後継者である第1公子が暮らす東宮だけがあり、第2公子、第3公子と第3公女の3人は貴族街に屋敷を与えられて暮らしているので、マルテッラだけが城を追い出されているわけではない。
近衛騎士団も団員数には限りがあるため、基本的には城の外の屋敷の3人には少数しか配備できず、執事たち使用人と同様にそれぞれ独自に雇用することになっている。つまり、生まれたときから付いてくれているお付きの執事や近衛騎士以外の使用人や護衛騎士がどうしても多くなる。元首が代替わりしても分家として存続するであろう第2公子、第3公子に雇用されているならまだしも、第3公女のようにもともと他国に嫁ぐ予定であった場合、そのうちに解雇されるという前提であるため、なかなか命をかけるほどの忠誠心は芽生えにくい環境にある。
そのような状況の中で、城外の貴族街にある第3公女の屋敷で誕生日パーティーを主催して、公爵家族や有力貴族、在国の外国貴族なども招待する必要があるので、警備体制も難しい。当然に近衛騎士団やその他の公国騎士団にも支援を求めることは可能であるが限界がある。
かと言ってこのタイミングで冒険者ギルド経由などに頼んだ派遣では重要部署を任せることもできないため、兄たちにも私兵の供出を依頼することになる。兄たちももしかすると敵である可能性も否定できないので、使いどころが難しいが。
結果、執事や第3公女付きの騎士たちが相談して、公女近辺は昔からのお付きメンバ、公爵家族付近は近衛騎士団などの騎士団、来賓には兄たちの私兵、屋敷内の通常エリアは第3公女の私兵、屋敷まわりや門の警護を冒険者ギルド等の臨時雇いで対応することにした。とうぜん臨時雇いであっても最低限のマナーを身につけている者であることを雇用条件にしている。冒険者ギルドにしても変な人物を送ったとなれば今後に響くので厳選するはずである。
飲食についても、公城御用達の店に事前に依頼しており、使用人はその給仕に専念するようにしている。
始まってしまった後は、レオは公女の近くに立っているしかすることはない。
「お兄様、この度は色々なご支援、誠にありがとうございました」
と同腹でもある第1公子フルジエロにお礼を伝えるマルテッラ。
「可愛い妹の頼みでもあるし、何かあっては国家の威信にも関わるからな。それよりもそのハンサムくんが噂のマルテッラのお気に入りかい?」
「お兄様!」
「ははは。妹のこと、しっかり頼むよ、レオくん」
「はは、公太子殿下のありがたきお言葉、肝に銘じます」
武闘派とは言うものの自身の名前まで認識している第1公子の認識を改めるレオ。ただ、他の公子や側室からも似たようなからかいが続き、そういうものかと心の中ではため息をついてしまう。ただ、遅れて参加した公爵が皆に挨拶をした後にマルテッラのところに来たときには、
「あの時の少年がマルテッラの近くに居てくれるのは、娘のためにはありがたい。これからもよろしくな」
と声をかけてくれたので、頭を下げつつ、少しホッとするのであった。
その他の来賓との挨拶も無事に終わり、パーティーも進行していく中、
「ここで余興をご用意させて頂きました。お庭の一角を拝借しております。そちらをご覧ください」
とニヤつきながら指し示す、コリピサ王国の使者。領土侵犯を繰り返してくる西の敵対関係の国ではあるが、外交としては完全無視をできなかった相手である。カバーを外された檻に居たのは猿ぐつわをされて声を出ないようにしたCランク魔物のハイオークであった。女性陣などから悲鳴があがる。
「冒険者であれば一人前とされるCランク、銅級であれば1対1で対応できるという程度の魔物のハイオークです。あ、ちなみに従魔ですので、突然暴れたりはしませんのでご心配なく。武に優れていると自負されているルングーザ公国の方なら、どなたでも対処できますよね?新鮮でおいしい肉を取り分けて頂けませんか?」と挑発してくる。
何らかの方法で人に使役するようにした魔物が従魔であり、魔物を使役する能力がある魔物使いテイマーが一般人や冒険者に売る従魔屋も存在する。攻撃力が弱い可愛い魔物を愛玩ペットにする貴族や豪商も居るし、攻撃力の補助にしたり騎乗したりするために冒険者が欲しがることもある。もちろん、契約魔法でテイマーから新たな買主に主人を変更することで反乱をさせなくする。従魔を街中などで連れ歩くときには従魔の証を基本的には首にみえるようにぶら下げる必要がある。
このハイオークの首にも従魔の証がぶら下がってはいる。
「いかがでしょうか?マルテッラ公女殿下の従士の皆さまはいかがでしょうか?それとも賊に簡単にさらわれるような弱者しか居ないのでしょうか?」
とさらに挑発してきて、たかがCランク、と護衛を忘れて飛び出そうとする者が何人か動きかけたとき、
「下品な余興だな。我が妹は長兄の私が守る」
と周りの制止も振り切り、護衛が持っていた片手剣を奪い、ハイオークの前に歩み出る。
「これはこれは勇ましい公太子殿下ですな。ではご要望の通りに」
やれ!と従魔ハイオークに戦闘を命令する。ただ、一合も切り合うことなく、ハイオークの首を一刀のもとに切り落とす第1公子。
「さばいては貰えるのだろうな?」
と、コリピサ王国の使者に使用した片手剣を預ける。使者はそこまでと思っていなかったので、口がきけず頷くだけになった。
「オークよりもさらに旨いと言われるハイオークの新鮮な肉、届けてくれたコリピサ王国に感謝して頂くことにしよう!」
と言う第1公子に、静まり返っていた会場からは拍手と歓声があがる。一部、苦々しそうに見る者も居たが。
その第1公子のお陰でハプニングも乗り越えてパーティーは無事に解散となる。静かになった屋敷で、
「これで私も10歳。レオに追いついたわね」
「半年しないうちに、また差が開きますよ」
と雑談をしながら、無事に終わったことをかみしめるのであった。




