二重登録
暗殺者たちも公女の護衛に魔法使いが居る想定は無かったようで、攻撃魔法に戸惑った隙を見て、レオは公女の手を取り駆け出す。今のままだとジリ貧なので、公女への短剣投擲の危険性もあるが自身の体を盾になるように走ることにした。
一番投擲しそうと見込んでいた、レオという対面していた敵が居なくなった暗殺者が投擲してくるので、射線を推測し公女を抱えて脇に飛ぶ。さすがに2射目には対応できないと思えたが、もうそこまで盾も持った騎士たちが駆け付けていたので、公女を預けたレオは他の使用人たちのところへ戻る。
もともと相対していた暗殺者が、公女という標的を狙えなくなった分、自分を狙って投擲してくるのかと思いきや、暗殺者それぞれは暗殺失敗を悟りそれぞれ自害を果たす。暗殺者が自殺の振りで油断したところを狙うことも考え、公女は安全な遠くに待機したままにする。
レオは怪我をした2人の使用人に回復魔法をかけるのを迷ったが、既に≪火球≫が使えることはバレているのだし、公女からも目線で許可が出たので初めての他者への中級≪回復≫を何度か行うことで完治させる。
騎士たちもあつまって暗殺者5人の死亡を確認し、死体から短剣を取り上げつつ、外した投擲短剣も拾って来て確認する。
「投擲したモノだけが刃に何か塗ってあるようで、これだけが毒であろう」
「短剣や黒ローブ以外に小銭すら所持していないので、最初から失敗したときは覚悟していたのだろうが、人数も腕も微妙であったな」
「魔法使いが居たことは計算外だったのであろうが、失敗しても良いと割り切った安い額での依頼であったのではないだろうか」
さすがに彼らの立場でこれ以上、公女を狙った人物の推測を口にするのは憚られるからかそれ以上の発言はせず、調査のための部隊が来るまでに死体を集めて監視する者と、馬車をいつも以上に警戒して公女の帰宅に付き添う者に分かれた。
夜に公女に呼び出されたレオは
「昼間は助かった。レオのお陰で、私も含めて死人が出ずに済んだのだと思う。褒美として何が欲しい?」
と言われる。そこで、帰り道に考えていたことを希望してみる。
「自身の戦闘力がまだまだ不足していることを実感しました。短剣の扱いも必要でしょうし、魔法の習熟も必要でしょう。しかし何より実戦経験が少ないので、何とかしたいです」
「具体的には?」
「冒険者に成らせて下さい。もちろん解雇してください、ではありません。昼間の訓練時間を冒険者ギルドの仕事に当てたいのです」
「ふむ、なるほど。レオにしては良く喋って本気度合いも分かった。どうじゃ?」
と同席していた執事に話が振られる。
「確かに良い考えと思います。ただ、公女の使用人が冒険者をしているというのも風聞が面倒なので、仮名で仮面をつけるのはいかがでしょうか」
「ほう。ではレオ・ダンと名乗るが良い。仮面は街で適当なのを見つけて貰うが良い」
と、公女が屋敷から外出する時には同行するため、それ以外の屋敷滞在時には冒険者ギルドの仕事をして良いことになった。
翌日には公女の意向を踏まえて悪乗りした執事が、まるで暗殺者が使用するような顔をほぼ隠す黒色仮面を購入して来た。合わせて、フードをかぶれば顔もかなり隠れるような黒ローブも黒靴も渡される。公女は期待通りと笑っていた。
ため息をつきながら受け取ったレオに、執事は、
「冒険者の二重登録や仮名登録は意外とあるらしい。貢献度が合算されない不都合を認識の上ならば許容されるとのこと。レオナルド本名の木級冒険者の登録はこのままだと抹消されるであろうが維持しつつ、レオ・ダンとして新規に始めると良いだろう」
と調べて来たことも教えてくれる。抹消の単語には正直ショックであったが、確かに生存確認も兼ねると言われた冒険者ギルドへの貢献、依頼達成や素材提供もしていなかった。今後は仮面を外しての素材納品でレオナルドの木級冒険者は維持しつつ、仮面をかぶってレオ・ダンとして行動するときには別の証明書を使用することにする。もちろん通常時は、レオナルド名で作成している公女の使用人の証明書になる。
翌日には、公女の屋敷を出て裏道で黒ローブを着て黒仮面をつけて冒険者ギルドに向かう。さすがに執事の用意したもので、目の周りは十分に開いているため視界に影響は無い。また仮面をつけても飲食ができるように口付近も開いている。少し前まではローブのフードを深く被って背中を丸めて歩いていたレオではあるが、フードに違和感を覚えていることに自嘲してしまう、今は背筋を伸ばして歩くレオであった。
今いる街ルンガルは小国とは言えルングーザ公国の公都であり、レオが生まれ育った小さな港町シラクイラとは規模が全く違う。そのため、着いた冒険者ギルドの建物の大きさも全く違う物であった。
シラクイラで新規登録してまだ1年も経っていないが、思い返すとそれまでの人生分以上の濃い経験をこの半年ちょっとでしていると考えながら、受付に並ぶ。
そして淡々とレオ・ダンとして新規登録の手続きを行い、初心者向けの説明を再度聞く。もちろん前回の説明もきちんと記憶しており、場所が変わっても説明するべき内容は変わらない冒険者ギルドのシステムに驚くのであった。
近場の狩場として、まずは新人の木級冒険者らしくEランク魔物の出現場所を聞くと、近くの草原では街道から外れると角兎ホーンラビットの生息地になるとのこと。以前の経験を踏まえて荷馬を借りて目的地に向かい、まずは1羽ずつ狩り始める。周りに人が居ないことを確認して魔法も使うが、折角なので毛皮も売れると良いので焦がす火魔法ではなく水魔法を選択し、盾も使いながら≪水球≫のみでの攻撃も試したり、片手剣と盾の武技も試したり、色々と試行錯誤をしてみる。
習熟度合いがあがったこと、魔法発動体の指輪が高品質な物に変わったこと、色々と理由はありえるが≪水球≫だけでもしとめることもできることを確認した上で、1人でも3羽まで安全に相手にできることを確かめる。初日であるので無理はせず、小川のありかなど周辺散策にも時間をかけることにした。
公女の屋敷にあまり嵩張る物を持ち帰るわけにもいかず、大量に持ち帰った成果のほとんどはレオ・ダンとしてすぐに納品する。レオナルドの名前で納品するためにかさばらない角と魔石は少し取り分けておき、別の日に別の受付に対して仮面を外して納品する予定である。
荷馬も返しても十分な銀貨を得るが、公女の使用人としての給与も高額であったので、金銭感覚の麻痺に苦笑いしてしまう。




