2020年 6月②
2020年 6月②
裕輔とのサウナの翌週。
心療内科の診察以外に予定のない僕は、案の定時間だけは無限にあった。実のところ、仕事を休んでしまえば僕の体調は絶好調とまでは行かないがほぼ健康体、なんでもこい、といった様な気持ちだった。
その日は昼間に主治医からもらった50問くらいはある心理テストを適当に済ませ、干しっぱなしのシャツとスキニー(僕はパンツはスキニーしか持っていなかった)に着替え、元バイト先のバーに向かった。
「お、絶賛病んでニートの奴が来たな」
オブラートのかけらも持ち合わせていない店長の堀谷さんがニヤつきながら言っている。
「今の一言で具合悪くなりそうなんですけど」
カウンターの一番奥に座る。
「実際今は仮病みたいなもんだろ」
「休んだもん勝ちだってことに気づいたんですよ」
「なんか食うか」
「軽く、少しだけ」
「待ってろ」
カウンターに煙草と小説を置いたところで、現バイトで昔は僕の後輩だった和也がジャック・コークをそっと持ってきてくれる。
「有さんが休職するなんて、意外でしたよ」
ありがと、とドリンクへのお礼を言いながら煙草に火をつけた。
意外でしたよ、と言われるのも無理はない。
dog houseは所謂バー&レストランと呼ばれるところで、2階建の個人営業店だった。基本的に毎日忙しく、週末になれば2回転(お客さんが全て入れ替わる事)することも珍しくない繁盛店であり、堀谷さんの人柄と8、90年代のロックが流れる隠れ家的な雰囲気も人気の秘密だった。そんなdog houseで僕は専門学生の頃、高校卒業と同時にアルバイトを始めた。
僕は疲れたと言ってはならない。僕だけは苦しいと言ってはならない。深夜4時に実習レポートをやっつけ仕上げしながら僕に言い聞かせる。大丈夫、まだ朝じゃない。まだ明日じゃない。明日になる前に、急げ。
結局8時にレポートが終わった。15分後に実習が始まるから5分で学校へ行く準備をする。
8時12分に専門学校に到着し、実習のメンバーが「いつもぎりぎりだね」と声をかけられる。みんな実習着に着替え終えていて、僕を待ってくれていた。「ごめん、すぐ行く」と返し、急いで着替える。
その時の僕は看護学生だった。
看護学生はその忙しさゆえに心を病んでしまう人が多い。看護師の専門学校は基本3年間で、1年生と2年生の途中まで座学、それ以降は基本ずっと病院で実習を受ける。
8時半頃に病院へ行き、17時頃まで患者を受け持って疾患の勉強をしたり、処置の見学や介助に入って経験を積む。
前科回って実習は3年生の秋頃に終わり、そこから国試の勉強だ。今までの人生を振り返っても、ここまで睡眠をとらなかった時期はない。
まだ一年生の僕は、週5でdogでのバイト+実習というハードスケジュールをこなしている真っ最中だった。「高校出たら1銭も出ない」と豪語していた母親からは18歳を境目に生活保護の支給額が減額したこともプラスとなり家にお金を納めなければいけなかったし、自分の携帯代や卒業後の引っ越し資金、それに遊ぶお金だって欲しかったし、でも洪水のように押し寄せる実習やテストはこなさないといけないし、当時の僕は実習に行くまでの病院の中のエレベーターの数秒で仮眠を取るという特技を身につけるまでの立派なソルジャーと化していた。
そんな僕が社会人にもなって病んで休職していたのだから、驚かれるのも無理はなかった。でもここ数年間で身についたのは行動力が全てを支配するということと、効率化と、逃げ足の速さだった。休職中も、それなりに前向きではいれていた。




