作家と友人 〜下宿先のボロアパートにて〜
「おい君、それはあまりにも無責任じゃないか」
自分で書いた小説を、頭の中で騒ぎ出した人物の言葉を紙に書き留めているだけだ、などとのたまう友人に言い返した。
「そういうものなんだよ。話が勝手に俺の頭の中に浮かんできて、ここから出せと叫ぶ。煩くて仕方がないから、紙に起こして外に出してやるのさ。そうすれば静かになるからね。作家なんてそんなもんだよ」
そんなことを言われても納得がいかない。
「もっと苦労して話を練り上げていくもんじゃないのか。いろいろ調べたり登場人物の心情を想像したり」
俺の想像する作家はそうだ。
あらすじを何度も書き直し、いろいろ細かい設定についてまで調べ、時には登場人物と同じシチュエーションに身を置く。
「そういう作家もいるのかもしれないが、わからんね。俺には俺のことしかわからん。他の作家に聞いてみたところで嘘をついているかもしれんしね」
それを聞いて少し意地悪な気分になる。
「ということは、君も嘘をついているかもしれないってことか」
ニヤリと笑ってみせると、友人は面倒臭そうに肩を竦めた。
「どうとでも勝手に取ればいい。信じるも信じないもおまえの勝手だよ」
どうでも良さそうに、詰まらなそうにそう返されてしまった。
失敗した。
どうもまだ、この新しい友人への接し方がよくわからない。
「しかしアレだね。おまえはまるで彼女に恋でもしているようだ」
しばし黙っていると、くすりと笑って今度は彼が僕をからかうように言った。
少しムッとする。
本の中の人物に恋をするなんて、とんだ変わり者じゃないか。
「そんなことはない。ちょっと素敵な女性だとは思うが、それだけだ」
「その言い方がまるで恋をしているようだと言っているんだよ」
彼は可笑しそうに声を上げて笑った。
「そんなはずないだろう。君の中から出てきた女性に恋をするなんて、まるで君に恋をしているようじゃないか」
腹が立って言い返すと、なぜか彼は一瞬唖然とした後、頭を抱えて呻いた。
「その言い方は止せ。ちょっと嫌過ぎる」
苦虫を噛み潰したような顔で、恨めし気にこちらを見ている。
その視線にざまを見ろと胸のすくような心地がしたが、直ぐに自分の言葉を思い返して、揃って頭を抱える羽目になった。
何を言っているんだ、僕は。
「悪かった」
しばらく二人して、気まずさから目を合わせられなかった。