ねがいごと
小さな町のコンビニ、
出入口に置かれた大きなゴミ箱、
その上にある二つの雑誌置き場、
その右側がわたしの特等席。
左側にはわたしより長くそこにいる先代がいる。
人々はわたし達を看板なんちゃらとか、
招きなんとかだとか好きに呼んでいる。
この身体はとても軽やかだし、
誰かがおいしいご飯をくれるし、
時には人に体をほぐしてもらえたりもする。
正直、悪い気は全くしない。
元々の私の体は、
重たい病に蝕まれていたので不便ばかりだった。
そんなわたしの唯一の光は、
大好きな彼と過ごす穏やかな日々だった。
施設育ち、殆ど愛情を注がれたことは無かったわたしだったが、そんなわたしに彼は、はじめて無性の愛を教えてくれた。貰った愛情は深く、心身共に満たしてくれた。
だが、そんな幸せな生活もそう長くは続かない。
わたしは自身の体の限界を悟っていた。
それでもこの身が尽きるまで、
せめて彼と過ごしたい。
神様なんかは信じた事がなかったが、
この時ばかりは天に祈った。
そんな思いが通じたのか、
それとも最後の情けだっだのかは分からないが、
今の体を手に入れる事ができた。
病に犯され薄くなっていた毛も、
健康そのものの。モフモフと生え変わった。
ヒゲは以前よりも少し伸びたかもしれない。
それから少しだけ爪が長くなった感じがする。
それより何より、とても身軽だ。
病のない身体はこんなにもしなやかにうごくのか。 嬉しくてついつい、飛び跳ねてしまう。
そこでさらに驚いた、こんなにも高くとべるのか、
嬉しくなって何度も何度も飛び跳ねた。
まるで別の生物のように日々変化する私の体に彼は心底驚いていた。
それはそうだ、薄いながらに以前生えていた体毛の色とは全く違うし、小ぶりになった体には似合わないくらいに、以前より立派な尻尾が元気に立っているのだから。
徐々にではあったけれど、私のこの新しい姿に彼も慣れたようで、前と変わらず、いや、それ以上に愛を注いでくれた。
それにこの元気な体なら、彼のバイト先のコンビニに共に行き、すぐ近くで待つ事ができるのだ。
そうして今日も、わたしは左側の雑誌置き場にいる先代に軽く挨拶をして、隣に座る。
柔らかい日差しを浴びながらうたた寝する。
客足の少ない時間、
重たいまぶたを持ち上げ、
店内の方を眺める。
持て余した時間を店員達は世間話に費やしている。
「こないだの休み彼女と動物園に行ったんすけど、ゾウめっちゃ可愛いかったっす!先輩は好きな動物とかいます?」
「動物全般好きだけど、やっぱり猫が一番癒されるよね」
「へぇ、そうなんすね。あ、そいえば最近先輩の彼女さん見かけないっすね、喧嘩でもしたんすか?」
「いや、今も一緒にいるよ」
「幸せそうっすねぇー」
「そうだな、お互い」
なんてことない話を聞きながら、
わたしは、思い出す。
あの日神様に願ったこと、
*どうせ長くない身体なら、いっそあなたの好きな猫にでもなりたい*
以前のように彼の体を両腕で抱き締めることはできなくなった、2人手を繋いで歩くことはできないし、2人で同じ食事を取るのも難しい。同じ苗字になるという約束だって、もう叶うことはない。
それでもわたしの頭を撫でる彼の手は、
今も変わらず大きく、暖かく、
わたしを包み込んでくれる。