209の式水さん
あらすじ
東京の街外れ、十字路を左に折れた先に『ネコネコアパート』は静かに佇んでいる。
管理人室では、猫見という名の管理人、ご隠居と呼ばれる怪老人、妖しい女、家廊
が暮らしている。ちょっと不思議で、でも気のいい三人を巻き込んで
起こる住人たちの悩み事!
少しの悩みも、果ては殺人事件まで三人が解決!
「ッ…気に入らねえな」行きつけの「カラス・スーパー」
でぶつかってきた奴に、茶髪ーもとい 式水優希は舌打ちした。
式水は世を拗ね、親に反抗し、非行を繰り返す。
まさに典型的なヤクザだった。
「優希」という耽美な名前とは違い、本人は優秀でもなく
希な才能を持つものでもなかった。
そのことでからかわれ、式水のコンプレックスにもなっていたのだが…
辺りをキョロキョロと見回し、パッとタバコを取って袖に隠す。
ムシャクシャすれば万引き。一旦は気が収まるがすぐに不満のタネが生まれるので
全くもって気休めにしかならなかった。
タバコの会計はもちろんせず、式水は夜の街へと繰り出した。
「ウィーっす、兄貴持って来たっす」「おお、式水やっと来たか」
不法に手に入れたバイクを乗り回し、一度人を殺したという
評判の「兄貴」佐屋元に式水は惚れていた。
何より子分の面倒見の良さ!
式水は佐屋元に一生ついていくと決めていた。
今日も佐屋元は気に入りの「マイルド・セブン」を吸っていた。
「兄貴、タバコの追加っす」「おう、ご苦労だった」
式水の持って来たタバコを旨そうに吸う佐屋元を
式水はジッと見ていた。しかし、そこに邪魔が入った。
「おい、君たちこんな夜更けになにをやっているんだ!」
と怒鳴り声が聞こえ、制服姿の警官が走りこんで来た。
「やべえ、サツだ!式水、乗れ」
憧れのタンデムに乗らせてもらいボウッとしている
式水を後部座席に乗せ、免停は確実なスピードで
佐屋元はタンデムで走り始めた。
しかし、警官は2人に元々目をつけていたらしく、
白バイに乗って来ていた。
「止まれっ!」と再度怒鳴り声が響き、佐屋元はブレーキを踏んだ。
タンデムはそのままスリップし、ガシャんと歩道に乗り上げてしまった。
慌てて白バイから降りた警官が追いかけてくる。
必死に逃げるが遂に…肩を掴まれてしまった。
「兄貴、行ってください」「…すまねえ。これを使え!」
と最後に佐屋元が投げて来たのはドスだった。
そして今日、2人は革手袋をしていた。
これで指紋は検出されない。
震える手でドスを握り、警官の手を払う。
そして、腹部にドスを突き刺した。
呻き声をあげた警官は、鈍い音を立てて倒れた。
そして更に運の悪いことに倒れた先には大石があった。
警官は大石に頭をぶつけ、意識を失った。
恐る恐る首の脈を取ると、死んでいた。
「俺じゃない。俺じゃ、違っ、これには」
衝撃で支離滅裂になった式水は殺人現場から走り去った。
管理人室
「物騒な世の中じゃ。警官が1人惨殺された」
「まあ、江戸ならば打首獄門ね」と家廊が怖いことを言う。
「家廊、もう平成だよ?僕らもまだ若かったじゃないか」
「あの頃は良かったのう…」とご隠居が遠い目をする。
「良いじゃないですか、こんなに簡単に清潔な衣服が手に入るんだから」
「ま、そうさの。娯楽も増えた」
「おや、209の式水さんじゃないですか。どうされました?」
また2人がサッと隠れる。
はあと溜息をついて窓から顔を出す。
管理人の窓に顔を出したのは、先日漬物をくれた主婦だった。
いつもならふっくらとした顔をしているが、今日は顔が蒼白だ。
「どうなされました?顔が蒼いですが」
「ちょっと相談に来たのですが…家の息子のことで」
「式水優希くんですか?確かヤク…いや、なんでもないです」
「実はね、昨日から行方不明なんですよ」
「そりゃ大変だ!なんの音沙汰もないんですか…」
「佐屋元という男と交流してまして。
そいつがタチの悪いヤクザらしいんですよ」
「そいつに誘われましたかね」
「何か情報があったら知らせてくれると嬉しいです」
「そうですか…お大事にしてください」
主婦、式水さんは去って行った。
「心配だね」「ワシはあの者と面識がないから分からんわ」「あたしも…」
「…ん〜、明日少し探しに行ってみるか」
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