貧乏神と悪徳金融
あらすじ
東京の街外れ、十字路を左に折れた先に『ネコネコアパート』は静かに佇んでいる。
管理人室では、猫見という名の管理人、ご隠居と呼ばれる怪老人、妖しい女、家廊
が暮らしている。ちょっと不思議で、でも気のいい三人を巻き込んで
起こる住人たちの悩み事!
少しの悩みも、果ては殺人事件まで三人が解決!
「ここが閉店する!?」猫見はカラス・スーパーの店員から
聞いた悲報を、頭の中でもう一度確かめた。
「ミャア、ここは見た所儲かってるみたいじゃ無いですか」
馴染みの店員は、悲しそうに首を振った。
「スーパー自体の売り上げはとても良いんですが、
卸業者が突然休業したり年配の農家の方々が骨折したり」
「それは…なんと不運な。貧乏神でも取り憑いてるんですかね」
ハハハッと店員は愉快そうに笑ったが、しばらくすると
また悲しそうに俯いてしまった。
「貧乏神でも取り憑いて」猫見は冗談のつもりで何気なく
そう言っただけだったが、やがてその言葉は現実となった。
週に三回は通っているカラス・スーパーが閉店するとなると一大事である。
店員の紹介で、病気になったという卸業者の入院先に行ってみると…
「やあ、あの店員からの紹介か。わざわざありがとう。
ん、病気の前変なことがなかったかって?…実はあるんだ。
なぜか異常に不幸になったんだよ。」
哀れな卸業者の話によると、
車に乗れば即渋滞、買物をすれば袋をカラスに奪われ、
煙草を吸えば隣にいた男に迷惑だと説教される。
その果てには車に追突されかけ、ストレスで病気になったという。
まさに不幸。とんでもなく不幸だ。
その後向かった農家の方々も同じだった。
果実を育てれば近所の不良に根こそぎ奪われ、
野菜を育てれば疫病にかかって不作になってしまったという。
リーダーはショックで寝込み、農作連盟から次々人が抜けて行ったという。
カラス・スーパーは後一ヶ月あまりで閉店してしまう。
焦った猫見は、再び店内へ入った。
ぐるぐると、広いとは言えない店内を堂々巡りした挙句、
やっと缶詰コーナーであることに気づいた。
一人の男が床に座っているのだ。
男は座っていてもわかる長身痩躯、古びたベレー帽と
黒コートを身につけている。
一見するとホームレスのように見えなくもないが、
年は若く端正な面持ちをしている。
それだけでも少し好奇心を覚えると言うものだが、さらに面白いのは
普通の人には見えておらず、店員も声をかけずに素通りしていることだ。
何処か哀しそうな表情をした男は、時折下を向き、
またすぐに虚ろな目に戻る。
猫見が声をかけると、パッと顔を一瞬明るくした。
「ミャア、あなたがここに憑いているんですね?」
「…大変不本意ながら」
猫見は、男を外に連れ出した。
静かな昼過ぎの公園のベンチに座ると、男は話し始めた。
「乏浜 薫 と言います。
御覧の通り私は人に不幸と疫病を撒き散らしてしまいます。
本当は撒きたくないんですよ!でも…」
猫見は、喉の奥で同情するような声を出した。
「お気の毒に」「ほら、見てください」
乏浜が吸っていた煙草は、最後の一本だった。
空箱をポイと軽く投げると、まるで狙ったかのように
水溜りに落っこちた。
すると運悪く買物袋を抱えた年配の女が水溜りに片足を突っ込み、
踵が、濡れてふやけた空箱についてしまったため、
足が滑って女は水溜りにドボンと落ちてしまった。
そして悪態をつきながら女は走り去って行った。
「ね、お分かりでしょう?私はこの世にいらない存在です。
私が泊まったホテルは潰れ、使った物は全て不幸を引き起こす」
乏浜を見つめる猫見の眼は、潤んでいた。
「私は、貧乏神と人間の間に生まれた半妖です。
本来の貧乏神は力を制御できますが、私はできません」
半妖。それはとても辛い存在だった。
完全に妖怪ではないから人間の中では暮らせないし、
かと言って妖怪として暮らすには経験が足りない。
「あなたに罪はないわ、乏浜」優しい声が通り過ぎ、
気がつくと後ろに家廊が立っていた。
「そうじゃ、お主はまだ未熟なだけ。
今かけた迷惑を、後々幸運にして返せば良い」
とご隠居が中々に良い事を言った時、後ろから罵声が響いてきた。
「ぬぐっ、不味いです!この前、金を三万借りた会社が
悪徳金融だったらしく、私追われてるんですよ」
乏浜が焦った声を上げた。
それと同時に、スーツをかろうじて着てはいるものの、
明らかに品の悪さが滲み出ている男たちが現れた。
「乏浜さんよ、金を返してもらおうか、三十万!」
「ね、どう考えても悪徳金融ですよ…
どうしたら四日で三万円が三十万円になるんです!」
その叫びには答えず、男の一人が乏浜の身体を突き飛ばした。
その手を必死に乏浜が掴むも、後ろによたよたと後ずさる。
さっきの男がまた拳を繰り出したが、そうは問屋が卸さない。
男は、乏浜に触れられていた。
乏浜が触れたものは、植物だろうと煙草だろうと
なんでも不幸になる…それはこの男にも通用する。
不幸の力を全身に浴びた男は、
拳の勢いで男は車道に乗り出し、走ってきたバイクに跳ねられかけ、
避けたところを通りかかった自転車から飛び出ていた
ネギに頭を打たれ、コンクリートの地面に頭をぶつけて気絶。
正に不幸。とんでもなく不幸だ。
あえなく悪徳金融組は撃沈。男を担いで遁走した。
すごすごと引き上げていった。
「おお、私の力にこんな使い道が…今度、夜警の面接を受けて見ます」
「お主の力にも使い道があることにやっと気がついたか、乏浜よ。」
ご隠居もいつになく優しげな声をかけている。
「乏浜さん、なにか…大変な苦労を」猫見の声が震えた。
「猫見さん、私のために泣くだなんて。そんな勿体無いことを」
ツウっと乏浜の眼から、綺麗な涙が流れた。
その背を、慰めるように家廊がたたいた。
「人それぞれに事情はある。それは妖怪でも半妖でも同じことよ」
家廊が、何処か哀しげに首を振った。
貧乏神:夜警の面接受かった!