猫見とご隠居、家廊の日常
東京の街外れ、十字路を左に折れた先に『ネコネコアパート』は佇んでいる。
管理人室では、猫見という名の管理人、ご隠居と呼ばれる怪老人、妖しい女、家廊
が暮らしている。ちょっと不思議で、でも気のいい三人を巻き込んで
起こる住人たちの悩み事!
少しの悩みも、果ては殺人事件まで三人が解決!
時は平成も終わりという頃。
やれ情報化、自動化、と文明の開花が持て囃される一方で、
地球温暖化、過剰漁獲、森林破壊、犯罪増加、未成年の非行
と問題も山積みになっている。
目先の利益だけを追い、後先考えない人間のせいで動物も迷惑を被っている。
人ならざる者たちは「世も末だ」と思っていたりするのだが…
提灯行灯が世から消え、電灯に取って代わられても。
十字路や細い小路が消えようとも。
数少ない暗闇に潜む者はまだいる。
ただ、その者達の中にも、人間と混じって暮らしてみたい
という望みを持つ者は少なからずいた。
戦争の時に死人の戸籍を乗っ取った者も居る。
かつての主人の戸籍を使う者もいた。
妖しい者たちは普通の人間として、並の者として、今も生き続けて居る。
時に、潜む者と戯れながら。
「ミャア、毎度どうもありがとうございます」
『ネコネコアパート』大家の 猫見は家賃を礼儀正しく両手で受け取った。
「ふふっ、相変わらず面白い口癖ね」と渡した側の主婦が笑う。
「はい、これ家で漬けた漬物よ」「ミ…ありがとうございます」
「いつも礼儀正しいわね〜」
猫見は頭をスリスリと擦り、「ミャア、そうなん…また言っちゃった」
主婦は口を抑えて笑いながら管理人室を去っていった。
管理人室の暗がりから、何処から出てきたのやら1人の老人が出てきた。
猫見とはそこそこ仲が良い老人なのだが、いつ来たのかとんと分からない。
今まで1人だったのにどうやって玄関の鍵を開けたのだろう。
いつもそうなんだよな…と猫見は心の中でぼやいている。
「ミャア、ご隠居はいつも不思議ですね」
「ホ、猫見はまだまだ癖を隠しきれとらんのう」
「ミャア、ご隠居こそそんな古風の喋り方では駄目ですよ〜」
「ワシもまだこの「しゃつ」とやらに慣れておらんのじゃ」
「関係ないじゃないですか…」「良いのじゃ」
「そういえば私は「すーつ」というものを初めて着ました」
「本当か!?どこでそんなものを…」
延々と続く会話を、部屋の飾り棚に置いてある蛙の木彫置物がジッと見つめ、
フッと口元を綻ばせた。
すると一変、蛙の眼がギョロリと動き、ゲロっと鳴いて来客を知らせた。
すると蛙の予測通り、「息災にしてる、猫見」と声が聞こえ、
またまた何処から出てきたのやら天井からキラキラと光る
細い糸を辿って1人の女が現れた。
この女も年齢不詳、猫見とは古い知り合いなのだが
全く歳をとっていない。
しかも、女の服装はどことなくチグハグだ。
冬だというのに半ズボン、頭には麦わら帽を被っている。
「家廊、冬なのになんですか、その格好は」
「私は暑さ寒さを感じないのよ」「…人間はもう厚着してますよ」
「やれ、お前さんもか、家廊。まだまだ修行が足りんのお」
「だから、ご隠居のその古風な喋りも駄目ですって」
と「家廊」が猫見と同じ答えを出す。
「大家さーあん!家賃でーすよ」と間延びした声が響き、
その瞬間「ご隠居」「家廊」と呼ばれた老人と女は消えた。
「何もそこまで過剰に…」と呟きながら猫見は家賃を受け取る。
「ミャア、203の浜辺さんですか。お子さんは産まれました?」
「えええーえ。お陰ー様で」やはりこの男は声が間延びしている。
「はい、どうもありがとうございます」
猫見は口癖の「ミャア」を言えずに済んだことで内心ガッツポーズしていた。
「ご隠居、家廊、でてきてくださいよ〜」
ひょんと2人が姿を現した。
「そんな過剰に反応しなくても良いじゃないですかあ」
「しかし…やはり慣れぬものは慣れぬのじゃ」
「そうよそうよ、何だか緊張するの」
「もう何百年と一緒にいるのにまだ慣れないんですか?」
「いつも一緒にいるわけじゃないのよ…」
と家廊はまだ呟いている。
「そうだそうだ、今夜のご飯は何にしようか」
「あたしは「かれー」ってものが良いわ」とすかさず家廊が言い、
「ワシは緑茶と茶菓子が良い」とご隠居が便乗してくる。
「血圧上がりますよ?」「暇を持て余しとるワシの唯一の楽しみを取るのか!?」
「ま、良いですけど…あまり食べ過ぎないでくださいよ!」
「今から買ってきます」「ちょっと待って猫見。これを持ってって」
「唐傘!?今は「おりたたみかさ」というモダンな物があるんですよ」
「なんじゃそれは」
猫見はサッと「おりたたみかさ」なるものを取り出し、広げた。
「おおっ!」とご隠居が腰を抜かした。
「何よそれ、手妻!?」と家廊が悲鳴に近い声をあげた。
「摩訶不思議よのう…」と立ち直りの速いご隠居が答えた。
「とにかく、行ってきますよ。ご隠居の茶菓子は栗饅頭で良いですね」
嬉しそうにコクリと頷くご隠居。
「ええっと、「カラス・スーパー」は何処だったっけ」
手に持ったメモと道を見比べながら、猫見は慎重に進んでいく。
「ここだ!…ってここは違うか」
迷って迷って、着いたのは家を出て10分後だった。
「ホントは3分で着くはずなのに…」とぼやいている。
「カレー粉と牛肉と玉葱と」リストを照合しながら
棚を見ていく。
前から歩いてきた茶髪の男に衝突され、
よろけながら「すみません」と謝るも、舌打ちされた。
「昔はあんな輩はいなかったのに…」とぼやきながら
買い物を済ませ、『ネコネコアパート』の管理人室へと戻る。
鍋にサッと切った野菜を入れ、カレールーを入れ…
初めて作る「かれー」に緊張したが、幸い上手くできた。
「出来ましたよ〜カレー!ご隠居は栗饅頭♪」
歓声が上がり、2人がスリスリと手を擦り合わせている。
「うむ、上質の栗饅頭褒めてつかわす。今日の愚痴、たっぷり聞いてやる」
「なに殿様気分に浸ってるんですか〜。でも…ありがたいです!」
早速猫見は話し始めた。
作者:作品を読んでくださりありがとうございます!