天才の源
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「オフクロー」
「どうした、麻子」
「なんかまじーんだけど」
「……ふむ、君の口には合わなかったか。厨房に立たせてもらえるように、私から頼もう」
「ちょっと……やめなさいよ二人共。今日のこのホテルの料理長さん、五つ星の料亭の店長さんなのよ?」
「そんなことはわかっているさ。しかし愛娘が不味いと言っている以上、親としても何か策を考えてやらねばならぬだろう?」
「それは……そうなのだけど。……でも、いくらなんでも作ってくれた人に対して失礼じゃない?」
「……君の言いたいこともわかる。……麻子、どうする?」
「……ったく、しょーがねーなー。オヤジに免じて、今夜は黙って食うよ」
「そうしてくれると、お父さん助かるわ」
「……オヤジ」
「なに、麻子?」
「ネクタイに錦糸卵くっついてんぞ」
「えっ!? ……あらやだ、教えてくれてありがとう」
「そのままの方が、おっちょこちょいな君らしくて好きだから黙っていたのだがな」
「ちょっとー。それで恥をかくのは誰だと思っているの?」
「オヤジを経由して私に回ってくる」
「君を経由して麻子に回ってくる」
「お父さんの心配はしてくれないの!?」
少しオーバー気味のリアクションをとる父親ににしし、といたずらっ子な笑顔を見せて、つい先日五歳の誕生日を迎えたばかりの私の娘は今日も絶好調だということがうかがえる。
「全員そこを動くな!」
勢いよく扉が開かれた音と共に、品のない声がホテルの会場に響いた。豪華な装飾が施されている扉の方を見やると、自動小銃で武装した集団がわらわらと侵入してきていた。…………困るな。この会場のセキュリティが甘かったようだ。
「膝をついて手を上げろ」
その言葉に従い、会場にいる人々は次々と姿勢を低くしていく。
私と娘を除いて。
「ふふ…………あはははははは!」
おっと、思わず声が漏れてしまった。
「なにがおかしい!」
当然、私に銃口が向けられた。少なからず私の笑い声に驚いてくれたのだろう。撃たれはしなかった。
「君達は、官僚や国会議員が多数出席しているこのパーティーをわざわざ狙ってやって来たのだろう? 敗北することが分かりきっているから、不運だなと思ってね」
「敗北? 警察にか?」
「いや。……私の娘にさ」
「そんなガキになにができる」
「『そんなガキ』……か。見くびられたものだな。なあ、麻子」
「実際ガキだからな。その気になれば余裕で殺せるとでも本気で思ってんだろうな」
「彼らが、君に? 随分シュールなギャグだねぇ」
「お喋りはここまでだ。大人しく、人質となれ」
「ならないよ、私達は」
「いいからさっさと…………」
「頭が高いぞ」
「あ?」
「彼女を誰だと思っている。稀代の天才、倉田麻子その人だぞ。さあ襲撃者諸君。彼女を崇め、奉るがいい。信じる者は、救われるおおっと」
イラつかれてしまったようだ。一発もらってしまった。私は間一髪で避けられたが、娘は全く表情を崩していない。流石だ。
「麻子、信じる者は救われる。君が自らを天才だと信じれば、君は唯一無二の天才となる。海よ割れろと願えば、海は君に恐れおののき割れる。空よ晴れろと願えば、雲は首を揃えて空を青く染める」
「知ってる。なんせ私は……天才だからなぁ? ………………二人はどっかに隠れてろ。オヤジも、オフクロも、私が守ってやるよ」
「あのガキを撃ち殺せ!」
「ケッ。……テメェら、後悔する準備はできてんだろうなぁ?」
発砲されてもなお、娘はそのにやけ顔を崩さない。これは頼もしい。
それもそうか。
何を隠そう、私、倉田公唯防衛大臣の娘なのだから。
以上、私が考えたサイキョーの女の子……とそのお母さんのお話でした。