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幕間 非才の兄、天才の妹

超シリアス(当社比)




 桃が出て行ってから、家は随分静かになった。娘はそんなに騒がしい子ではなかったし、同僚の話を聞いていると、むしろおとなしい方だと思う。それでも、一人いないだけで居間の時間が滞っているような気さえする。


 るるるる……。


 ソファで座ったまま、昼寝でもしようかと思った矢先、固定電話が鳴り響く。

 いったい誰だと、何気なくとった電話の相手は、俺が憎みきれない、才気あふれる妹だった。


『もしもし、藤宮ですが。兄さん……(ゆずる)さんはいらっしゃる?』


「……俺だ」


 美紀とはかれこれ十年は会っていない。が、他の血のつながった人間はもう三十年近く会っていないことを考えれば、比較的親しいと言えるのかもしれない。妹の声は記憶と同じく、自信に満ちあふれたままだ。


『あら、手間が省けたわ。久しぶりね、こうやって話すのは。兄さんと夏芽義姉(ねえ)さんの結婚式以来?』


「そうだな。で、用件は何だ」


 俺は妹が苦手だった。本当に幼い頃の記憶しかないとはいえ、他の弟妹と違って決して俺を冷たくあしらわなかったところが。憐れまれているようで……、いっそ馬鹿にされている、相手にされていないとさえ思ったものだ。

 (おもり)を絡めて沈めていた劣等感が、細かい泡のように浮かんでくる。ただしそれは水ではなく……、どちらかと言えばタールのような粘ついた、媚びるような毒の泡だ。


『せっかちねえ。……桃ちゃんのことで謝罪と相談があって連絡したのよ』


「……なんだ」


 才能が無いからと、桃はうちに帰ってくるのだろうか。……いや、才能の有無は一瞬でわかる。桃には才能があったのだ。藤宮は才能のない人間に冷たい家だと知っている。


『昨夜、怪我したわ。幸い傷は浅くてすぐに治療したし、後遺症もない。こちらの監督ミスだわ。ごめんなさい』


「ふん……」


 怪我をしたのか。ちゃんと監督しろと怒鳴りたくなる。あの子は意外に無茶をするから。

 素直に認めたくはなかったが、桃が無事であることにはホッとした。同時に、何も連絡をよこさない桃に苛立ちもする。


『それから、桃ちゃんを、こっちで預かりたいんだけど。東京で離れて自分で修行させるのでは、いくら熱心なあの子でも高校合格に必要な実力を身につけられるかどうか……』


「なぜ、それを知っている?」


『本人から聞いたわ』


 ふふっ、と妹が軽やかに笑う。桃はどんどん俺の手から離れていく。まだまだ俺が守っていてやりたいのに。付いていたいのに、置いていかれる。

 そう言った感情を押し殺すのは、流石に慣れた、と思う。飲み下したため息が、腹の底に折り重なって燻りつづけてはいるが。


『すごい退魔師になりたいっていうのよ。サポーターとして最高の。たった一人を追いかけて退魔師になるなんて、尋常じゃないわ。しかも、サポートしたい相手の能力がわからない。あの子は結局、何を目指すのかしら』


「反対なのか」


 怒りが喉でとぐろを巻く。ああ、いや、俺は反対していたのではなかったか。加えて、桃が世間知らずなのも、間違いではない。

 なぜ、こうも熱がもたげる?


『そういうところ、桃ちゃんに遺伝したのね。いえ、反対ではないのよ? こちらにもメリットはあるし。……末っ子の(あずま)が、妹ができたみたいにはしゃいで、修行に身を入れるようになったの』


 子供に対する疲れと安堵がにじんだ声。老いをも感じる。妹も、俺も、等しく年を取ったのだと、不意に納得した。


『それから。あの子、ちょっと目が変わっているわ。鍛え方次第では妖魔発見のスペシャリストになれる。いえ、そっちの方向で鍛えるように誘導するけれど。自分の身は自分で守れなければ、一人前とは言えないし。……それに、下手したらあの子、他の派閥や妖魔にさらわれるわよ? 妖魔吸引体質なんじゃないかってくらい妖魔に遭遇しているし。妖魔吸引体質なんて聞いたことないけど』


 立て板に水のごとき話の中の、誘拐、という一言に、思わず受話器を握りしめた。

 娘が自立できるように応援するべきだ、という親としての理想像と。美紀と桃に対する、しつこく浮上する嫉妬と。何もできなかった、小さい自分への嫌悪と。

 がんじがらめのはずの唇は、存外あっさりと保留を提示していた。


「……夏芽と話してから返答する」


『色よい返事を期待しているわ。夏芽義姉(ねえ)さんにもよろしく。今度ランチしましょって伝えておいて』


 夏芽は美紀と頻繁に連絡をとっているのだろうか。多少の不信感に目を瞑るべく、頭を振った。


「京都は遠いからな。……じゃあな。……桃を頼む」


 電話を切る直前、美紀が驚いたような気配に胸がスッとする。同時にすとんと、腹が据わった。

 俺は、いつまでもガキじゃない。もう、たしかに父親なのだ。夏芽に相談する、とは言ったものの、返答はもう決まっていた。口角が自然と上がっていく。


「夏芽? 桃のことで相談があるんだ」


「はい」


 俺がキッチンに顔を出して呼びかければ、夏芽は手を止めて、いつものようににっこりと頷いた。



固定電話、家から消える日も近そうだと感じる今日この頃。電話の呼び出し音も、最近は多種多様ですよね。研究室のはちゃらららーん、です。

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