2 心燻る
「ねえ、桃。父さんの心配くらい、素直に受け取りなさい。それに、退魔師になるなら、どうしても父さんに骨を折ってもらわなきゃなのよ」
母さんが、また新聞を読み始めた父さんの方をちらちら見ながら、私に耳打ちした。
ただのサラリーマンの父さんが、私が退魔師になるのに必要な何かを持っているのだろうか。よくわからなくて首を傾げた。
「父さん、退魔師の家系の出なのよ。桃よりずっと、本当の妖魔の危険ついて詳しいわ」
「出来そこないだがな」
「あら地獄耳」
苦々し気な父さんに、母さんはやれやれと肩を竦めた。私はぽかんと口を開けた。だって、そんなの初耳だ。
「六つの頃には養子に出されていた。俺は妖魔を倒すための鬼血が十分に無かったからな。勉強もさせてもらえなかったから、知識はお前たちとそう変わらんさ……。実家とは母さんと結婚した時に、絶縁している」
父さんの頑なな声は、先程よりも拒絶の色が濃かった。私は何も言えなくて、うつむいた。
思い返せば父さんの親戚には会ったことがなかった。今まで「親戚はいない」という言葉を全く疑わず、気にも留めなかったけど。
「桃。お願いしてみなさい。ほら、退魔師になりたいんでしょう」
母さんが私の肩をそっと押した。驚いて振り返れば、母さんの目はいつになく優しく、有無を言わせないほど強かった。
ごく、と唾を飲みこんで、閉じこもる父さんを睨む。必死に、乾いた舌を動かした。
「父さん、お願い。どうしても退魔師になりたいの。父さんの分も、私が妖魔を倒すから。だから私に妖魔のことを教えてくれる人を紹介してください」
言い切りながら勢いよく頭を下げた。
「お前は俺の娘だ。鬼器が出せるものか」
「それでも!」
「お前に何が分かる」
床に向かって叫んだ私を、父さんは冷たく切り捨てた。こちらを見た気配すらない。
そんな父さんに、私は裏切られた気がした。目頭に力を入れて堪える。こんなことで、最初から挫けたくない。
グッと背を伸ばし、もう一度父さんを見据える。母さんはそんな父さんを見て、額に手を当てて溜息を吐いた。
「あなたねえ……」
「待ってよ、母さん。私が説得するから」
開きかけた母さんの口を、急いで止めた。
ここは私が自力で説得しなければ。そうでなければ後々、また母さんを頼ってしまう。
息を細く吐いて、吸う。
「父さん、分からないのは当然でしょ。だって父さんに親戚がいたなんて、その親戚が退魔師の家系だなんて、今日初めて知ったんだよ。何も言われてないのに分かるわけないじゃない」
まだ父さんは私を見ない。振り向け。心ごと。
私は怖くて震えそうな声を絞った。
「話して、父さん。分かるかもしれないじゃない」
父さんはやっとこちらに目を向けた。私を見つめながら、何度か口を開いては閉じ……、同じ文言を繰り返す。
「才能が……、鬼血があるとは、思えん」
「ねえ、あなた。桃はあなたの娘ですよ。才能は有ります、絶対に」
母さんは、そっと包むような柔らかい声で父さんに断言した。思わず、母さんを凝視する。そして、高まる期待に父さんに目を向けると、ふいと視線を逸らされた。
「……自分で交渉しなさい」
ぽつり、とひどく頼りないが、確かに父さんの声が聞こえた。
それに対して、私は妙に空気の抜けた返事をしてしまった。これは、許可、だよね?
「父さん、私には才能あるから。努力して、ぜったい証明するから」
「桃、おいで」
喉が急ぐままに、不完全な言葉が飛び出していく。待って、違うの。私が言いたいことは、そうじゃなくて。
変に焦る私を、母さんは廊下に連れ出した。
「どうする? 母さんは父さんの妹さん……、美紀ちゃんの連絡先は知っているけど。母さんからお願いしようか?」
「いい。自分でやる。父さんに、宣言したから」
努力するって。下手くそな言葉だったけど、努力をしないつもりは全くないのだ。
母さんに教えてもらった連絡先のメモを受け取って、私は階段を上る。自室のパソコンが再び立ち上がるのが、やけに遅く感じた。一つ一つ、丁寧にキーを押して、教科書に載っているメールの手本を横に、文面を作っていく。
何度も何度も確認して。よし。……送信!!
◇
まだかまだか、返信を落ち着かずに待つこと、三日。
ついにスマホの端に着信のマークが着いた。
差出人は藤宮美紀。まだ見ぬ叔母の名である。
「よっし!!」
ざっと流し読みして、私は思い切りガッツポーズをした。落ち着いて、もう一度ちゃんと読む。
弟子入りの見極めのために、夏休みに京都に来るように書かれていた。東京からは遠いけど、国外じゃないだけマシなはずだ。とりあえず第一関門突破、のはず。
指定された陰陽連合会館では、才能を確認し属性を見るらしい。
とにかく、あとは才能の有無だけ。
まあでも、私に才能がないなんてありえない。父さんに宣言したし。何より、あの人と釣り合うくらいの才能があるにちがいない。……あるよね??
大切なメールや緊張するメールは、見直ししやすいPCで書く派です。返答を読んだり急いでいる時はスマホでやりますけど。
スマホで打ち込んだ文章って基本誤字塗れなんですよね。ラインとかツイッターとか。読み返しているのに。