9 ルームメイトとクラスメイト
いよいよ入学式だ。寮内の人には珍し気に見られるのも、真っ白な軍服のような制服にも、まばらに桜の咲く校舎にも慣れてきた。
「じゃあ、私は式の進行を手伝うから。ここで別れようか、鈴鹿ちゃん」
「はい、ありがとうございます、茨木先輩!」
にぱっと笑みを浮かべたのは、茨木朱音先輩。私のルームメイトの二年生で、生徒会の会計だそうだ。メガネの奥で切れ長の目がきらっとしていて、いかにも頭がよさそう。
実際、彼女も比較的新興とはいえ、妖魔を取り締まる名家の出である。名家を収録した本で確認したから間違いない。昨日会った賀茂生徒会長も、いいところの坊ちゃんであることが発覚した。やってしまった感が満載だ。
過ぎてしまったことは気にしても仕方ない。目の前の講堂の中へと、私は足を踏み入れた。
「おはよう、桃ちゃん」
「なんで会長が受付なんですか……。リハーサルとかあるでしょうに。あと、名前で呼ぶのやめてくれませんか」
「大丈夫だよ。僕も後輩も優秀だからね」
「今の文脈で会長が優秀であるとは導けないのですが」
相変わらずうっすらと顔に笑みを刷き、何を考えているのかよくわからない人だ。
名簿の私の名前のよこにチェックを入れて、赤いリボンでできた花を渡される。胸に付けるんだろうな。
「ノリが悪いなあ、新入生! 席は前方なら自由だよ~」
「わかりました、ありがとうございます」
ぐるっと会場を見回して、隅の席に腰を落ち着けることにした。ほとんどの女子は、既になんらかのグループに所属しており、和気藹々とおしゃべりしていて、どうにも所在がないのだ。
混ぜてって言えたらいいのに。できなくて胸につけた花をいじくる。
「あなた、見ない顔ですわね?」
しょぼーんとしていると強気な声がふってきた。見上げれば綺麗な釣り目とかち合う。
「特別にわたくしに名乗る権利を与えてよ?」
「真蛇さん? そんな態度じゃ、友達になってっていう意味に聞こえないよ?」
「茨木先輩」
高飛車なお嬢さまに戸惑っていると、茨木先輩が颯爽と解説に現れてくれた。
「鈴鹿ちゃん。真蛇さんは高校生徒会の庶務の予定だから。何か困ったらこの子に頼ってね。自分より入試の成績が良かった新入生に興味津々なのよ。ボッチお嬢様だから、基本的にヒマなはずよ」
「先輩!! 余計なことは言わなくてよろしくてよ!?」
なるほど。爽やかにディスっているけれど、茨木先輩は私のこともこのツンデレお嬢さまのことも心配しているのだ。登場した時と同様に風のように先輩は去っていったけれど、私の顔は自然とにやけていく。
「わたくしは……! その、同じく庶務に任命されるだろう新参者を見に来ただけで! けっして友人が欲しいとか、そういう下心があったわけでは……!」
すごい勢いで墓穴を掘るさまに、同い年のはずなのに微笑ましい。
「真蛇さん。私、鈴鹿桃って言います。よろしくお願いします」
「ふ、ふん。真蛇家が長女、真蛇百合子ですわ。わたくし直々によろしくしてさしあげてよ、光栄に思いなさい!」
声が震えがち、つんと逸らした顔も赤くて。ウザかわいいってこういうことなのだと悟った。
入学式とはいえ、初等部からの持ち上がりの生徒ばかりなせいか、入学式は、静かなもののどこかたるんだような空気のなか始まった。
長々しい挨拶は、今まで通っていた普通の学校と変わらない。でも、新入生代表の挨拶のときだけ、空気がひりついたのだ。
黄泉軍。鬱陶しい前髪の下の薄い唇から発せられる抑揚のない挨拶は、春の陽気を冷やすよう。
期待外れの主席に、怒りがこみあげる。
勝手に期待していたのは、私だけれど。
倒してやると意気込んでいたのは、私だけれど。
こんなやつに負けたのか、という失望が私の中で息をした。
いけない。膝上で手を握りしめる。
私より優秀だと判断されたコイツが。私より努力してないとか、やる気が無いとか、決めつけてしまうのはダメだ。
目を瞑りゆっくりと息を吐く。よし。
瞼を持ち上げれば、薄青い壇上の瞳と目が合った。
――まさか。こいつがあの人?
驚いて、目を見開き、じっと見据える。しかしすぐに逸らされて、真っ黒な髪に隠れてしまった。
「ねえ、黄泉くんってハーフ?」
式が終わり、教室に向かうべく隣を歩く真蛇さんに問いかけると、真蛇さんはつんつんしながら教えてくれた。
「さあ? 彼は孤児らしいので、血筋に関して詳しいことは存じ上げませんわ」
有り余る才能から黄泉家に引き取られたらしい。実技で黄泉くんに勝てる者は、既に妖魔退治の任務に就いている人たちの中にもほとんどいないのだと、真蛇さんは悔しさをにじませたツン具合。なんとなく慣れてきた気がする。
「あの根暗男に興味がおありなら、茨木先輩のほうが詳しくてよ。流派が同じですからね。……だけれど、なんでまたそんなことを聞かれるのかしら? 彼、日本人らしい見た目でしてよ?」
「え? でも目が青かったよ?」
「いえ、彼の目は一般的なこげ茶だったはずですわよ? 写真はあったかしら……」
鞄からわさわさと可愛いストラップの付いたスマホをとりだし、クラスの集合写真と思しき画像を見せてくれた。小学生くらいの写真だろうか。幼い顔が並んでいる。
「これが根暗男ですわ」、と、細い指で示された無表情な少年の目は、確かに青くなかった。
おかしい。見間違いだとは思えないのだけど。
「あら、黄泉さん。丁度いいところに。少し前髪をずらしていただけないかしら」
首を傾げながらスマホの画像とにらめっこしていると、真蛇さんが横を通り過ぎようとした黄泉くんに声を掛けたらしい。目線をあげれば、嫌そうに唇を歪めた男子がいた。
「……なんで?」
「さっさとしなさい。わたくしが直々にお願いしているのですよ」
「頼まれてない」と言いながら、渋々指で前髪を横に流した。露わになった左目は、確かに焦げ茶色だった。あれえ?
「……もういいか」
「よろしくてよ。ありがとう」
さっと指を退けて、黄泉くんは私たちが向かっていた教室の隣の教室にすたすたと入っていった。見間違いだったのかなあ。
真蛇さんに「わたくしたちもいきますわよ」、と声を掛けられて、私も慌てて教室に入ったのだった。




