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必要な人  作者: トミーL
4/8

8月15日(1)

ようやくホラー展開です。

公式の企画内イベントの噂を踏襲するかオリジナル展開にするか非常に悩んで、オリジナル展開にすることにしました。すみません…

そして長くなったので分割するか、頑張って削るか迷いに迷って、分割しました。

すみませ……

 今日の午後は祖母は畑に行かず、家で手仕事をするようだ。

 灯里(あかり)も外に出る用事は思い付かないので、家で祖母と過ごす努力をすることにした。昨日良啓(よしひろ)と話したことで僅かに心の健康が回復したのを感じる。


 昼食の片付けをした後、祖父の書斎に向かった。祖母と過ごすために読書をすることにしたのだ。

 灯里が物心ついた頃に亡くなった祖父は読書好きだったらしい。きちんと整えられて、祖父の物がそのまま残された書斎は本に溢れていた。

 今でも祖父を大切に想う祖母は、衣服以外の祖父の持ち物を全て残している。灯里が手伝いに呼ばれた原因である畑も、祖父が始めた家庭菜園が元だったそうだ。


 (まあ、今の“畑”と呼べる規模にまでしちゃったのは明らかにおばあちゃんだけど。)


 年々拡張していることに祖母は気付いていないのかもしれない、と考えると溜息がこぼれた。

 適当に面白そうな本を選んで書斎を出る。


 茶の間に戻ると、既に祖母が黙々と作業を進めていた。物音を立ててはいけないような気がして、足音を忍ばせて祖母の斜向かいに座る。気付かれないようにちらりと視線をやってから本を開いた。




  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 (ヤバイ、すんごい気疲れした…。)


 三つ折りにして自室の隅に寄せてあった布団にダイブする。

 祖母と共に休憩を兼ねてお茶とお菓子を食べた後、精神的に限界に近づいていた灯里は、急いでいると思われないように殊更ゆっくりとした足運びで自室に戻って来たのだ。


 本を開いてから休憩までの数時間、灯里はずっと本に集中できないでいた。

 祖母は自分の作業に没頭している様子で、灯里のことを気にしていないのは分かっていた。それなのにどうにも緊張して目が文字を上滑りし、内容が頭に入って来なかった。


 (あーお布団ふかふか…もう動きたくない…。)


 午前中日向に干していた布団は空気を多く含んで灯里の上半身を包み込み、太陽の匂いが緊張で疲れた精神を癒してくれる。

 布団に埋まっていた顔を上げ、うつぶせの体を横にする。

 一応読みかけの本は持って来ていたが、続きを読む気にはなれなかった。


 (しばらく休憩しよう、夕飯までには復活しないと。…あー情けない…。)


 軽く自己嫌悪に陥りながら目を閉じる。ゆっくりと意識が暗闇に堕ちていった――。







  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆








 ―――……ん


 ―――…ーよちゃん



 だんだん意識が浮上する。

 あのまま眠ってしまっていたのだと思い至って、目を閉じたまま眉間に皺を寄せ、左手の甲を額に当てた。半分畳で寝てしまったからか身体が痛い。

 仰向けに寝返りを打とうとして、腕に触れた感触に飛び起きた。



 (っ!? ―――え。ここ、どこ。)



 灯里は壁面に設置された長椅子に寝ていた。座面のクッションはへたれきっていて、木の堅さを間接的に尻と脚に伝えてくる。腕に触れたのは木製の壁だった。



 (――は、え。 え、あたし、あの後出掛けた、っけ…?)



 混乱したまま視線を彷徨わせる。

 灯里が寝ていた長椅子の前には机が倒れており、更にその前には脚や背が折れた椅子が二脚転がっていた。

 視線を奥にやると、同じ机と椅子が何組も同じように折れたり倒れたりしているのが見えた。更に奥には木製のカウンターがなだらかな曲線を描き静かに佇んでいる。

 はめ殺しの格子窓からは橙色の光が入り、二つだけ無事なガラス製のランプシェードと室内にうっすら積もった埃をキラキラ輝かせていた。


 (え、っと。見た感じ喫茶店の廃墟だけど。やっぱり見覚え無い。)


 ほんの少し冷静さを取り戻して考えるが、やはりこの場所は記憶に無い。しかもここまで来た記憶も無かった。


 (あたしが知ってる廃墟って遊園地だけだけどこんな場所は見てないよね…。呑みすぎて記憶飛んだ…? でもお酒入ってる感じはしないし…。)


 頭を捻りながら床に足を下ろした。足元でジャリ、と音がして視線を落とす。




 (―――――っ)




 一瞬頭が真っ白になる。

 灯里は靴を履いていなかった。

 祈るように靴下の裏を確認したが、今しがた付いたと思われる埃が表面に付着してるだけだった。


 (な、なんで!? なんで…靴は!?)


 懸命に足元を探すが、どこにも靴は無かった。その上灯里はスマホも所持していなかった。


 (――誰かに拉致された状況みたい。それでも変だけど…とにかく、ここを出よう!)


 店内の扉は二つだけのようだ。

 先程軽く踏んでしまったガラス片を避け、所々散らばる割れたガラスや金属に気を付けながら店の出入口へ急ぐ。試しに扉を押してみたが施錠されているのか途中で引っ掛かったように開かなかった。

 あまり期待していなかったので、すぐにもう一つの扉であるカウンター内の従業員通用口へ向かう。

 こちらはすんなり開いて喜んだのも束の間、目の前の光景に落胆した。


 (色々崩れて塞がってんじゃん。これは通れなさそー。)


 恐らく通用口の横に設置されていた金属製の棚が倒れた上に、天井の一部が崩れて落ちたのだろう。その向こうに空間があるのは見て取れたが、子供であっても通り抜けるのは無理そうだった。


 踵を返して出入口に戻る。鍵がどうにかならないかと取っ手の下の方に付いている鍵穴を弄ってみた。



 (――えっ。)



 あっさりシリンダー部分が取れ、床にゴトリと落ちた。予想外の出来事に灯里はきょとんとしてしまった。

 シリンダー部分を拾ってまじまじと見た後、再度扉を押してみる。やはり途中で引っ掛かったように開かなかった。

 扉の隙間を覗きながら押してみたが、金属が扉の動きを阻害している様子はない。扉をよくよく観察すると、どうやら木枠が歪んでいるようだった。


 (鍵は最初から壊れてて。ドアは建付けが悪くなってるから開かない…? ――っあたし、どうやって入ったの!!)


 全身の血の気が一気に引いた。

 一刻も早く店から出たくて、体重をかけて力一杯扉を押した。扉はガタガタと揺れるものの開く様子はない。

 焦った灯里は近くにあった椅子を持ち上げ、扉に何度も叩きつけた。扉の上部に嵌まっていたガラスが割れて床に散らばる。

 朽ちかけの椅子は、扉を少し歪ませたものの簡単に壊れてしまった。尖った木片が灯里の肌を傷つける。

 灯里は今にも泣きそうな気分だった。


 (なんで、こんな。なんで、出してよ、開いてよ、お願い。)


 ガラスの破片に気を付けながら、歪んだ部分を蹴りつける。歪みは大きくなったが、出られるようになるまでに足を痛めそうだった。

 外から入る光は暖かい色を失いかけていて、店内はかなり暗くなってきていた。


 (暗くなる前にここから出ないと! 家に帰れなくなるかもしれない。)


 扉から距離を取り、助走をつけて体当たりする。何度も繰り返すうちに木枠との間に隙間が出来てきた。


 (やった、あと少し! っ? いっつー…。)


 ほんの少し安心したからか痛みを感じた。見ると、足の裏をガラスで小さく切っていた。

 じわりと視界が滲んできた。恐怖と痛みで涙が流れそうになる。そろそろ灯里の心は限界だった。


「お願い、お願いだから開いて!」


 涙声で訴えながら隙間に手足を入れ、広げるように力を込める。

 扉はミシミシと不穏な音を立てて、ようやく灯里がギリギリ通れそうな隙間が開いた。間髪入れずにその隙間に体を捩じ込む。半ば無理やり扉を抜けた。


 店から出られたことにほっと息を吐く。

 早くそこから離れようと一歩踏み出したところで、くんっと頭を引かれた。



 心臓の温度が下がった気がした。




 恐る恐る、ゆっくりと振り返る。


 扉のささくれ立った部分に灯里の長い髪が一房引っ掛かっていた。


 (ふぅー、しょーもない理由で良かった。ホントに、マジで良かった…。)


 一気に力が抜けた。あり得ない状況に陥ったことで神経質になり過ぎていたのかもしれない。


 髪を外し、心を落ち着けてから周りを確認する。

 やはりここは遊園地の中だったようだ。灯里がなんとか脱出した喫茶店は、一昨日探検した遊園地の中心部付近にあった建物だった。



 ――――ジッ



 ふと、人工的な音がした気がして広場の方に目を向ける。光量が落ちて見え辛いが、雑草に交じって何かあるのが分かる。

 近寄ってみて正体が分かり、灯里は息を呑んだ。



 (パンダが、なんでこんな所に…。)



 それは、一昨日遊園地の入り口付近で見たパンダの乗り物だった。白い部分が汚れて灰色になった姿は前回見た時から変わっていないように思える。

 灯里は一歩一歩踏みしめる様にパンダの乗り物に近付き、ゆっくりと手を伸ばした――。








夕闇迫る時間は、誰そ彼時。

または、逢魔が時。

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