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必要な人  作者: トミーL
3/8

8月14日

長くなってしまいました…

もし宜しければお付き合いください。

今回遊園地は申し訳程度。

 今日も鳥の声に叩き起こされた。だが昨日と違って昨夜はよく眠れた。

 若干寝不足だった上に午後中歩き回って疲れていれば当たり前なのかもしれないが、祖母の家で熟睡できたことが灯里(あかり)は嬉しかった。



 昨日と同じように祖母と朝食を食べ、仕事をこなす。

 今日は近所の商店を営む家にお裾分けに行った後、郵便局で荷物を出せば仕事は終わりだ。



 5分ほど歩いた所にある田辺商店には子供の頃何度も通った。日用品は大体何でも置いているこの商店にはちょっとした食物やお菓子、駄菓子も置いてある。灯里の実家付近には駄菓子屋が無いため物珍しく、少ない小遣いをはたいて端から駄菓子を買ったものだった。


 (ああ、野菜重い…5分の距離なら二回に分けるんだった…。)


 郵便局は自転車で10分の距離だったため、荷物を運ぶなら一度に済ませてしまおうと自転車の籠と荷台に荷物を括り付けて出発したのが仇になった。灯里が漕ぐには重すぎてバランスが取れず、結局前輪をフラフラさせながら自転車を押して歩く羽目になっていた。


 やっとのことで田辺商店に到着した頃には汗だくになっていた。

 商店脇に自転車を停める。昼前のこの時間なら店の方がいいか、と少し考えてから自転車の籠に入れていた野菜入りの紙袋を手に持った。


 (うぐぅ、重いぃー! これお隣さんにあげた分の倍くらい入ってるんじゃないの!?)


 えっちらおっちら運びながらガラス戸を開けてこじんまりとした店内に入った。


「こんにちはー!」


 出入口付近で元気良く挨拶してからレジの方へ向かう。ひんやりとした空気が汗ばんだ体に心地好い。

 昔は扇風機だけだった店内にはいつの間にかエアコンが設置されていたらしい。

 涼しさに心持ち軽くなった足取りでたどり着いたレジに座っていた人物は、想像していた中年男性とは全く違っていて灯里は目を丸くした。


「こんにちは、いらっしゃいませ。…ん? あれ、もしかして、アカリちゃん、かな?」


 そこに座っていたのは頭髪が寂しくなった店主の田辺でも恰幅の良い夫人でもなく、灯里よりいくらか年上に見える若い男だった。

 この暑いのに五分袖のシャツを着た男は灯里を知っているようだが、灯里は眼鏡をかけた地味な顔に見覚えが無い。無いが――。


「――もしかしてヨシく…良啓(よしひろ)さん、ですか?」


 困ったような、自信がなさそうな。それでいて優しい笑みには見覚えがあった。


「覚えててくれたんだ。久しぶりだね。」


 情けない笑みが嬉しげな顔に変わる。


「あっ、それ何か持って来てくれたのかな? 持つよ。」


 わざわざレジから受け取りに出てきてくれる。良啓はかなり背が高く、ひょろりとしていた。

 お礼を言って野菜入りの紙袋を渡した。


「祖母からです。皆さんで召し上がってください、って。」


「ありがとうございます、ありがたく頂きます、とお伝えください。これ家の方に置いてくるからそこの椅子に座って待ってて。冷たいお茶持ってくるよ。」



 お言葉に甘えてレジ横の丸椅子に座って待っていると、良啓はすぐにコップを片手に戻ってきた。


「ありがとうございます。――良啓さんの分は?」

「僕の分はこっち。ぬるーいお茶。」


 良啓はレジの前に座り直し、そこに置かれていた中身の減ったペットボトルを笑いながら振って見せた。

 互いに手にしたお茶を飲んで一息つく。


「それにしても、よく僕だって分かったね?」

「それはこちらのセリフですよ。そこに座ってるんだから良啓さんって分かるじゃないですか。」


 良啓はこの田辺商店の店主の息子だ。昔はよく店の手伝いをしていた。


「あ、そっか。アカリちゃんは雰囲気変わってないから分かったよ。」

「雰囲気ってどんなですか?」


 首を傾げて尋ねる。あまり他人に雰囲気を指摘されたことはなかった。


「ちょっと気が強そうな猫っぽいっていうか…。」

「それってあたしの気が強いって言ってます?」


 ムッとして思わず軽く睨みつける。

 灯里の目は釣り気味で、確かにたまに猫っぽい顔立ちだね、なんて言われる。しかし気が強いというのは心外だった。


「い、いや、あの、雰囲気がそうってだけで、アカリちゃん気は強くない、でしょ…?」


 睨まれた良啓は慌てたように弁解する。気弱そうに少し体を揺らしているのに苛ついたが、灯里の性格を正しく認識してくれているようなので許すことにした。


「気が強かったら子供の頃にも泣き付いたりしてませんよ。」

「そ、そうだったね。懐かしいなぁ。」


 地元の子の一人だった二歳年上の良啓とは、実はほとんど遊んだことはない。最初は確か、よく商店の店番をしているお兄ちゃん、という認識だった。

 それが変わったのは祖母の前で上手く振舞えない自分が悔しくて、隠れて一人で泣いていた所を良啓に見つかった時だった。


 良啓は泣いている灯里を見てぎょっとした顔をしたと思ったら、無言で彼女を商店の裏手まで引っ張りそこらに放置されていた空き箱に座らせ、自身はどこかに行ってしまった。呆然と座って待っていると、良啓は灯里では高くて買えなかったアイスクリームを手に戻って来て、それを彼女に渡して無言のまま隣に座った。

 灯里は何が何だか分からなくてアイスと良啓の顔を交互に見ていると、彼がとても困ったような、自信のなさそうな情けない顔をしていることに気付いた。その表情に何だか勇気が湧いてきて、貰ったアイスを食べながらぽつり、ぽつりと怖そうな人や強そうな人を見ると萎縮してしまう、という事を話していた。


 後から知った話だが、この時貰ったアイスは商店の商品で、勝手に持ち出した良啓はその晩こってり絞られたそうだ。アイスも自分で食べたのだと言ったらしい。


 この出来事の後から、灯里は良啓に懐いていた。普段は積極的には関わらないが、嫌なことがあった日には店番をする良啓の服を落ち着くまで握って離さなかったり、商店に無意味に長居したりしていた。



「そういえば良啓さん、商店継いだんですか?」


 昔に思いを馳せていたらふと浮かんだ疑問を尋ねてみる。


「ああ、いや。僕は大学院に進んだからまだ学生だよ。今は東京に住んでるんだけど、お盆はお客さんが増えるからちょくちょく手伝いに帰省してるんだ。」

「そうなんですか。あたしも今年はおばあちゃんの手伝いです。」

「毎年色々くれて本当にありがたいよ。アカリちゃんもお手伝いお疲れ様。」

「――いえ、あたしは大したことは…ってああ! 外に荷物置きっぱなし!」


 自身の言葉で商店に横付けした自転車と、荷台に括り付けたままの荷物のことを思い出した。


 (まったりしてる場合じゃなかった! 条件反射で居座りそうになってしまった!)


「お茶ご馳走様でした! コップは…」

「ああ、後でついでに片づけるからここに置いてって。うちにくれた紙袋も重かったし、荷物運ぶの手伝おうか?」

「いえいえ、あとはあたしの実家に送る分なので自分でやりますよ。あの、コップお願いします。」


 慌てて座っていた丸椅子を元の位置に戻すと出入口に向かう。


「じゃっまた!」

「はい、またね。気を付けてね。」


 来た時よりも大分良くなった気分で商店を後にした。





  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 昼食後の午後の自由時間。灯里はもう何をするのか決めていた。

 昨日帰りに寄った電車を見て思い出したのだ。あの周辺には子供の頃に遊んだ池や手作り感満載のアスレチック等が点在していた。久しぶりにそれらを見に行きたいと思っていた。


 (シャカシャカとスマホ持ってー。あっ昨日すごい後悔したからお金も持って行こう。)


 昨日山から出た後、冷たい飲み物かアイスを求めて自動販売機や田辺商店に寄って帰りたかったのだが、財布を持って出なかったので断念せざるを得なかった。その教訓を生かしてスラックスのポケットに小銭入れをねじ込む。


 前日と同じように誰も居ない家を意気揚々と出発した。





  ◆ ◇ ◇ ◇ ◆




 池は灯里の記憶よりも小さく感じた。灯里が成長したのもあるが、実際に小さくなっているのだろう。周りの雑草の勢いに池が侵食されているように見えた。


 手作り感満載だったもののかなり気に入っていたアスレチックは、大部分が木製だったためか原形を留めないほど朽ちてしまっていた。


 その他にも子供の頃に遊んだ場所をいくつか回る。そのほとんどが荒れているか、面影がなくなっていた。


 (あーあ。ほとんどダメになってるなぁ。やっぱり子供が少なくなってるせいなのかなー?)


 祖母の住むこの町は、昔遊園地が現役だった頃は相当活気があったらしい。しかし、廃園前から徐々に寂れ、現在では町の高齢化がかなり進んでいると聞いた。

 自分が遊んで楽しかった場所が子供に遊ばれなくなって消えていく。

 地元でもないのに、それを無性に寂しく感じた。






 (――ん? あれ?)


 思考に沈みながら歩いていると、目の前にコンクリートの壁が現れて我に返った。

 見覚えが無い場所に思わず後ずさって周りを見渡す。

 遠目にコンクリートが途中からフェンスに変わっているのが見えて場所が分かった。


 (考え事しながら歩くもんじゃないなー、まーた遊園地まで来ちゃったみたい。もう来る気無かったのにー。)


 それでもどうせ来てしまったのなら、と外周を回ってみることにした。



 コンクリートを左手に見てしばらく進むと、庇と鉄製の扉が付いている部分があった。


 (おお、ここ何だろ? すたっふおんりーな出入口か非常口かな?)


 扉に近付くと、取っ手に南京錠が付いているのが見えた。


 (こういうのって、出入りしやすいように鍵が掛かってるように見せかけて掛かってなかったりするよね!)


 南京錠に手を掛けて、引っ張ったり捩じったりしてみる。力を込めてもびくともしなかった。


 (うん、そんな訳なかった。営業して(やって)た時は分かんないけど、廃園になった時に全部ちゃんと閉めたんだろうなぁ。)


 扉の方は老朽化で開いたりはしないかと、取っ手を掴んで力一杯押し引きしてみる。鉄扉はガタガタと揺れるものの、歪んだり開いたりする様子はなかった。


 (あたしの力じゃどうあがいても無理か。んー、仕方ない。不完全燃焼だけど目的は果たしたし、そろそろ帰ろうかな。)


 鉄製の扉とコンクリートの壁に背を向ける。ほんの少し光量の落ちた木々の間を抜けて、町の方向へと歩き出した。






  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 薄手のナイロン生地の長袖の上着は枝葉から肌を守ってくれるが、如何せん夏に着るには暑い。汗をかけば肌に張り付くし、通気性が悪く蒸れる。

 山を出てから上着を脱いだ灯里は、少しでも体温を下げるべくアイスクリームを求めて田辺商店に向かっていた。


 (やっぱお金持って出て良かったー! こんなんおばあちゃん家まで保たないし、おばあちゃん家にはアイス無いし。アーイースー!)


 気持ちが逸って店のガラス戸を勢いよく開けた。


「こんにちはー…。」


 出入口での本日二度目の挨拶は、疲れが滲み出たものになってしまった。


 (あー涼しい、生き返る! ――あれ、返事が無い? 誰も居ないのかな?)


 すぐにはアイスにありつけないのでは、と心配になりながらレジを覗き込む。


 (なんだ、居るじゃん。)


 果たして、そこには良啓が座っていた。レジ台に薄型のノートパソコンを乗せ、真剣な顔でキーボードを叩いている。集中しているのか、こちらには気付いていないようだ。

 ホッとして冷凍庫が置かれている店内の最奥を目指す。この店は縦長の形をしており意外に奥まであるのだ。

 何だか今日は贅沢したい気分になって、昔良啓から貰ったのと同じアイスを業務用の冷凍庫の窓から取り出す。レジに戻って未だ灯里の存在に気付いていない良啓に声を掛けた。


「良啓さーん、こんにちは。これレジお願いします。」


 すると良啓は体を大きく跳ねさせ、驚いた顔で灯里を見た。


「えっうわ、ごめん。全然気付かなかった。」


 申し訳なさそうに改めていらっしゃいませ、と言いながら会計してくれた。


「はぁー、この天国でアイス食べてもいいですか? 外暑くって。」


 買ったばかりのカップアイスを頬や首に当てながら良啓に聞いてみた。エアコンが効いている店内にまだ居たい。


「ははっどうぞ。良かったらそこ座って」


 笑いながらノートパソコンを片付け、灯里に椅子を勧めてくれる。


「それ、何やってたんですか?」


 レジ台の端に避けられたノートパソコンを指さして尋ねた。

 灯里の体温で絶妙に溶けたアイスを口に入れ、幸せを堪能する。


「店を手伝いに帰っては来たけど、本当は結構忙しくてね。研究室のことを店番の合間にやってたんだ。」

「あれ、じゃあもしかして邪魔しちゃいました?」

「いや、大丈夫。実はちょっと煮詰まってたから僕も一緒に休憩するよ。」


 良啓が浮かべた苦笑に、彼が言ったことは本当なのだと判断する。沸き上がった罪悪感を気にしない代わりに気分転換に付き合うことにした。


「アカリちゃんは何処か行ってたの?」


 ペットボトルのお茶を片手に良啓が話を振ってくる。


「子供の頃遊んだ場所を一通り見て来ました。山の中のはほとんどダメになってますね。」

「そうなんだ。僕も久しく山には入ってないからなぁ。」

「その後ぼーっと歩いてたら廃遊園地まで行っちゃって。昨日は中を探検したから、外周をちょっと回って帰ってきました。」


「そ、うだったんだ。遊園地にまた行ったりは…。」

「昨日軽く見て回って満足したので、もう行く気ありませんよ?」

「…そっか。それがいいと思う。」


 良啓が神妙な顔つきで言うので、灯里は思わず首を傾げる。


「良啓さん? 何か――」


「こんにちはー!」

「ちわー! うわっすげー涼しい!!」

「ドア閉めろよ、クーラーが逃げる!」


 灯里が訪ねようとした瞬間、小学生くらいの男の子が三人ワイワイと店に入ってきた。

 

「はい、こんにちは。いらっしゃいませー。」


 良啓が店員として挨拶を返す。

 すっかり会話が途切れてしまった。

 小学生たちはアイスの入った冷凍庫の前まで小走りで向かい、賑やかに相談しながら何を買うか選んでいるようだ。


「…アカリちゃん、実は朝から気になってたんだけど、名前に“さん”付けで呼ばれるのはちょっと…慣れないと言うか…。」


 良啓が言い辛そうな、申し訳なさそうな顔で言う。


「そうなんですか? それなら良啓くんって呼びますね。」

「あと、アカリちゃんに敬語使われるのも違和感があるんだけど…。」

「まあそれは一応目上ですし。一応礼儀はちゃんとしとかないと、って。」


 灯里がそう言うと、良啓に呆れたように笑われてしまった。


「僕が敬われてないって事はよく分かった。まあ、アカリちゃんが話しやすい方でいいよ。」


 良啓は子供の頃のように灯里が友達口調で話しても良いと思っているのだ、と思うと安心感が胸に広がった。


 (だからって敬語止めるのもなぁ。――元々崩れてたけど。)


 奥で騒いでいた小学生たちが何を買うか決めたような声が聞こえてきた。

 灯里はレジ横をを空けた方が良いだろう、と丸椅子から立ち上がる。


「ありがとうございます。ちょうどアイス食べ終わったんで、あたしはそろそろお暇しますね。」

「あ、ゴミ捨てて行きなよ。はい、ごみ箱。」

「え、それはさすがに悪いですよ。」


 差し出された小さなごみ箱に、食べ終わったばかりのアイスのカップを捨てるのは憚られて遠慮する。


「僕のゴミもついでに捨てるから気にしないで。」

「えっと、じゃあ…。助かります。」


 おずおずと手を伸ばす。ごみ箱の底にゆっくりと押し付けるように捨てた。


「じゃあ、帰ります。お邪魔しましたー!」

「はい、またね。ありがとうございましたー。」


 子供の声で騒がしくなったレジを尻目に商店を出る。

 ムワッとした空気を感じながら、夕焼けの中を少し速足で家路に就いた。





灯里はわりと非力です。そして瞬発力はあるけど持久力は無い。

ジャムの蓋、奮闘するけど開けられない。みたいな非力な女の子って可愛いですよね。

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