8月13日
後半からやっと遊園地が出てきます。
実際にあった廃遊園地をいくつか参考にさせていただきました。
――…ピョッピピーピョピィーピチチチチ
鳥の声で目が覚めた。残念ながら爽やかな目覚めとはいかなかった。
綺麗な鳴き声なのだが…野鳥は声量があるということを初めて知った。
それに昨夜はよく眠れなかった。夕飯を食べすぎたのだ。
灯里を歓迎するためか、祖母は夕飯にご馳走を用意していた。
二人分にしては多すぎる品数を見た時は口元が引きつった。灯里は普段どちらかと言えば小食な方なのだ。
それでも祖母から(灯里が勝手に)感じるプレッシャーに負けて限界を超えて食べてしまい、結果胃が重くて寝苦しい思いをすることになった。
ぼんやりしたまま着替えと洗面を済ませ、台所に向かう。
祖母はすでに起きて朝食の準備をしていた。
「おはよう、灯里。」
「お、おはよう。おばあちゃん早いね。」
祖母と話す時にどもってしまうのは諦めなきゃいけないんだろうか、なんて考えが頭を過る。
普段は下ろしっぱなしの長い髪を一つに結び、野菜を切る祖母に思い切って声をかけた。
「お、おばあちゃん、あたしも手伝うよ。」
「そう。それじゃあお味噌それに入れてくれる?」
(――昔と違って指示は出すけど、任せてくれる…)
隣に立って一緒に調理していると、少しだけ祖母と対等になれた気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宛がわれた部屋の畳の上で大の字に寝ころんで天井を眺める。
灯里の仕事は、朝野菜を祖母と共に収穫して葉や土を取り、自分たちで食べる分や漬物にする分、お裾分けする分に仕分ける事。そして昼前までにお裾分けする分を郵送したり直接届けたりした後、昼食の準備を手伝えば午後は夕飯まで自由時間。夕飯作りの手伝いはしなくても良い。
最終日までやる事は同じだと言われた。
(――何だそれ。)
若人が手伝いに来たのだ。畑の柵の補修くらいは頼まれると思っていた。
それが朝説明された通り、お隣に昨日のういろうのお礼として野菜を届けた後に昼食を食べたら、本当に放逐されてしまった。
(おばあちゃんは肥料混ぜるからって畑に行っちゃったし…)
好きに過ごしていい、家にある物も好きに使っていいと言われたが、祖母が畑から戻れば屋内に二人っきりなのだと思うと、家に居たいとも思えない。
(お隣のおばあさんみたいに気さくだったら“手伝うよ”って言えたのにぃーー!)
手足をジタバタと無意味に振り回す。
――あら、もしかしてあかりちゃん!? まあまあっ綺麗になってー!
先程会話したお隣さんの声が耳に蘇る。
振り上げていた手がぱたり、と畳に落ちた。
「おばあちゃんにとってあたしって戦力外なのかなぁ…。」
子供のように唇を尖らせていると、不意に脳裏に閃く。
(小さい頃は危ないから近づくなって言われてたけど、今は大人なんだしいいよね!)
思いがけず浮かんだ名案に、足を跳ね上げて勢いをつけて上半身を起こす。
(そういや山に入るかも、て思ってシャカシャカ持って来てたんだっけ!)
ワクワクが止まらない。
荷物から薄手のナイロン生地の上着を引っ張り出して腕に引っ掛け、ジーンズのポケットにスマホを突っ込む。
家には他に誰も居ないというのに、何故だか足音を忍ばせて玄関まで向かった。
スニーカーに足を突っ込み、これまた音を立てないようにそっと玄関の引き戸を閉める。田舎だから施錠は必要ない。
足取り軽く祖母の家を出発した。
(いざ! 廃遊園地へ!!)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(――暑い、疲れた。山道、舐めてたかも…。)
正確な場所が分からなかったので、所々に残る案内表示に従って道路を歩いてきた。
【この先まっすぐ!】と書かれた看板のあるなだらかな坂をひたすら上って20分、遊園地はまだ見えてこない。
ひび割れた凸凹のアスファルトが恨めしい。道が平らならこんなに体力を奪われることもなかっただろうに。
頭の中でぶつぶつと文句を言いながら足元に視線を落として歩いていると、不意に目の前が開けた。遊園地の駐車場に着いたようだ。
正面に入場口のアーチが見える。アーチに沿って、遊園地の名を示す文字が飛び出るように取り付けられていた。
丸いポップな字体にカラフルな色。まだ現役だった頃には子供をワクワクさせる効果があったに違いない。
だが今では所々文字が外れて地面に落ちているし、色褪せて情けない色合いになっている。その上文字の端からは錆汁が流れた跡が付いてしまっていた。
(一文字目は読めないけど、二文字目は“野”? 野、トリームフ――いや、ナントカ野ドリームランド、かな…?)
この○野ドリームランドのことを灯里は全く知らない。名前も今初めて知った(不完全ではあるが)。
祖母の家の近くにあるこの遊園地が廃園になったのは、灯里の母が中学生の頃だと母は言っていた。アトラクションが放置されていて危ないから近づくな、と何度聞いてもそれ以上は教えて貰えなかった。
入場口の前には錆びてボロボロになった立て看板があった。
(私……につ…立…入り…止? …うん、よし。読めないもんね、仕方ないね!)
書いてある内容に思い至りそうなのを分からない振りして歩を進める。
入口はシャッターが閉まっていたが、一部歪んで人一人分くらいの隙間が空いている部分がある。
灯里はにやりと笑って持っていた上着を羽織り、隙間から侵入した。
中に入って五歩ほど歩いて思わずぎくり、と足を止めてしまった。
「っ! …っとびっ、くりしたー。なんだでっかい人形か…。」
恐らく客を出迎えるために遊園地のマスコットを置いていたのだろう。アスファルトのひびから生える雑草に埋もれるようにして、耳と片手が取れたピンク色のウサギと、右目部分が割れてしまっている赤と青の縞々帽子を被った男の子の人間大の人形が倒れていた。
「これ本当に子供に人気あったのかなー? むしろこれの着ぐるみとか、見たら子供泣くんじゃないの?」
一瞬感じた恐怖を打ち消そうと独り言が増える。
よく見ると入口付近は子供用の小さい遊具を集めたコーナーのようだった。
「豆汽車だって。レールちっちゃーい! あ、肝心の汽車は壊れてるのか、残念。」
他にも何かのキャラクターらしき物や船型の乗り物などが置いてあった。
(あっこれ懐かしい! 硬貨を入れたらしばらく歩くんだよね? 乗ったことないけど。)
パンダやキリン等の大きな動物のぬいぐるみのような乗り物も見つけて、僅かにテンションが上がる。
そこでふと気付いた。
「――なんか、30年以上前に廃園したにしては、綺麗…?」
ぽつりと呟いてしまってから、その内容に鳥肌が立った。
「きっ気のせい気のせい! 全部屋根の下にあるし、それでだよ!」
慌てて自分で自分にフォローを入れたらほんの少し冷静になった。
(大体廃墟に初めて来た人間に劣化具合なんて判断しようが無いよ。)
だから割合綺麗に残ってるのは普通なのだ、と自分に言い聞かせて無理やり納得する。
それでもその場を離れたくて足早に奥を目指す。
(ほら、やっぱり外にあるアトラクションは結構壊れてる。)
人を乗せてくるくる回っていただろう飛行機の遊具は支柱が折れて墜落しているし、ティーカップの遊具は半数が割れていて、真ん中のティーポットの首も取れている。
自分の考えに自信を持つと途端に足取りが軽くなった。
通り過ぎる遊具をチラチラ見ながら進んでいると、遊園地の真ん中辺りと思われる少し開けた広場のような場所に着いた。地面は円形にレンガが敷き詰められていて、あちこちの隙間から雑草が小さく顔を出している。
正面には観覧車、右側には何かの建物と奥に曲がりくねったジェットコースターのコース。左側にはメリーゴーラウンドと、その奥でこの遊園地をぐるりと一周するように巡らされていたサイクルモノレールのレールが途切れているのが見えた。
(ここまで来て確信した。私に廃墟萌えは理解できない! 良さが全く分からない!)
園内を全て見て回る気が失せた灯里は、あと一つアトラクションを見たら帰ることにした。
一番心惹かれた正面の観覧車へとのんびり向かう。
観覧車に近づくと、昇降口に続く階段の途中が錆びて崩れていることが見て取れた。
上るのは諦め、見上げても首が痛くない所まで戻る。
(この観覧車はいいなぁ。色とか形とかお洒落で好みだなー。)
最近出来た物と比べると大分小さなサイズの観覧車は、丸っこいフォルムのゴンドラがレトロな雰囲気を醸し出していて素敵だ。ゴンドラの色がグラデーションを描くように塗られているところも灯里の好みだった。
(これは写真撮っとこう。ベスポジはどっこっかっなー。)
スマホのカメラを起動して撮影に良い場所を探す。
気に入った物を写真に残すことが好きな灯里は、スマホを購入する時の基準が画素数の高さだったりする。
見上げた観覧車が斜めに入る位置が気に入り、シャッターを押した。
(んー…、うんっいい画撮れた! これ撮れただけでも来た甲斐あったかな。)
さて帰ろう、と機嫌良く思った瞬間、ここまで来た道程を思い出してげんなりしてしまった。
(場所分かんなかったとはいえ、あれ絶対物凄い遠回りだったよね…うーん、近道はないものか。)
きょろきょろと見回していると、遠目に見覚えのある岩肌が露出した山を見つけた。
(あれって、昔よく目印にしてた岩かな?)
これならば太陽の位置も合わせれば祖母の家の方向は分かる。
観覧車を避けて更に奥へと足を踏み入れ、近くに遊園地から出られる場所はないかと探す。
しばらく探していると敷地の境らしき金網にぶち当たった。獣が破ったのか、雑草に隠されるように大きな穴が開いている。
(ラッキー! だけど、遊園地の境界線がフェンスってどうなの。普通コンクリートなんじゃ? 一応両側にねずみ返し付いてるけど、こんなだから廃園したんじゃないの。)
コンクリートの部分もあるようだが、見える範囲では金網の割合が多い。
ぶっちぶっちと手で雑草を引き千切り、背の低いものはスニーカーで踏み倒して固めて灯里が通れる隙間を確保した。
大人になると屈む動作がキツくなる、なんて考えながら灯里は体を金網の穴にねじ込んだ――。
◆ ◇ ◇ ◇ ◆
岩肌を目印になだらかな山道をしばらく歩いていると、子供の頃に祖母の家に泊まった時にはよく訪れていた場所が見えてきた。
「懐かしい…」
緑に埋もれるようにして電車が一両だけ停まっていた。もう10年近く訪れていなかったが、そこだけ時間が留まっているように思える。
ここは灯里にとって思い出の場所だ。
地元の子に秘密基地だと教えて貰ったこの場所を、苦手な祖母から離れるための避難所として灯里は使っていた。先客が居れば彼らに混ざって遊び、誰も居なければのんびり寛いでから帰った。
車両の周りを一周して所々ガラスの無くなった窓から中を覗き込んでから開けっ放しの扉をくぐる。
木製の床、網棚のデザイン、開閉可能な窓。内装は灯里が見たことのない時代のものだ。
この車両は、電車好きだった当時の遊園地の経営者が廃車になった電車を惜しんで一両譲り受け、遊園地に近いこの場所に設置したのだと聞いた。
長椅子状の座席に積もった埃と落ち葉を払い、上着を脱いでから座る。
「ふぅー…」
涼しくて気持ち良い。車両のある辺りは木陰になっているし適度に風も通る。
子供の頃と同じように自分が癒されるのを可笑しく思いながら、陽射しが少し和らぐまで休憩してから帰路に就いた。
【私有地につき立ち入り禁止】な場所に入ってはいけません。
灯里ちゃん入っちゃってますが本当はダメです。
不法侵入になりますよー!