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古神道奇談  作者: 照岡葉子
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遠き守り 第二話

「それじゃあ、香織さんはぼくの一つ下なんですね」

「みたいです。一つしか違わないのに、壱灯さんも左甫さんも、智迅さんもしっかりしていてかっこいいですね」

「しっかりしているなんて、そんな…」

 壱灯さんは困ったように顔を伏せた。

 妖怪と戦ってる。

 私と歳も変わらないのに。

 それだけで、すごいことだと思う。

 私は顔を伏せる壱灯さんにもっと声をかけたくなった。

 自信を持っていいのに…

 だって、そんな謙遜されたら、今、どうすればいいかわからない自分が、途方もない孤独に追いやられてしまう。

 おじいちゃんがいない。

 ずっと、一緒だった人が、いない。

 これから先、こんな寂しさを持って、私はやっていけるのだろうか。

 そんなことを、いつも考えてしまう。

「香織さんの方がしっかりしてますよ」

 壱灯さんは言った。

「おじいさんが亡くなって、こんな信じられないような状況になっても、落ち着いているんですから」

 穏やかな口調で、労わるようにそう言ってくれた。

 でも、そんなんじゃない。

 否定してしまう。

 罪悪感のようなものも感じる。

 私、こんなに戸惑っている。

「現実味がなくて、ぼんやりしてるだけです」

 絞り出すように、やんわりと首を振る。

「あまりくよくよするのも危険ですよ。妖怪は、心の弱った人に付きやすいらしいですから」

「そ、そうなんですか…!」

 もうあんな怖い思いは嫌だ…!

 私はあの時のことを思い出してまた青ざめる。

 壱灯さんがいなかったらどうなっていたのか…!

「左甫がそう言ってたよ」

「そういえば…左甫さんと智迅さんは?」

「二人は遠くで妖怪がいないか偵察しながら、ぼくらを見ててくれてるよ」

「遠く…?」

「屋根の上からとか」

「屋根の上…!?」

 私はばっと振り返り、住宅の屋根を見上げる。

 暗くて何も見えない。

 戸惑っている私を見て、壱灯さんはくすりと笑った。

「ぼくも現世で過ごしていたから、学校に来てびっくりすることが多かったです」

「壱灯さんはどうして祓い屋になったんですか?」

 私が尋ねると、壱灯さんはうーん、と考え込んでしまった。

「理由はないんです」

「親に勧められたから、その学校に行った、とか?」

「ぼく、孤児院出身で」

「孤児院...」

「物心つく頃には親とか家族がいなくて。誰かにつれられて、孤児院に入ったみたいで。その連れてきた誰か、っていうのも、覚えていなくて」

「そう、なんですか...」

 私はそのとき、自分によく似た孤独感を、壱灯さんから感じた。

 世界から置いてかれてしまっているような、そんな感覚。

 どこに行けばいいのかも、わからない。

「今でも少し人見知りしているけど、智迅も左甫も優しい人だから、寂しくはないけどね」

「それなら、良いですね」

 私は力なく微笑んだ。

 私は今の寂しさに打ち勝てない。

 今のままじゃ、決して。

 私はふと鞄につけてある小さな絵馬を手に取る。

 それに気付いた壱灯さんは私の手を覗いた。

「絵馬、ですか?」

「あ、はい。おじいちゃんの遺品なんです。いつも机の上に飾ってあるなー、とは思ってたんですけど」

 字っぽいものは書いてあるのだが、なんて書いてあるのかは分からない。

 これも祓い屋の人たちが使う特殊文字なのだろうか。

「その絵馬…」

 壱灯さんがなにか心当たりがあるのか、小さくつぶやく。

「壱灯さん、読めるんですか?」

 私は思わず食いついた。

 ここにおじいちゃんが何か書いたのなら、何が書いてあるのか知りたい。

 それで、今の寂しさから抜け出す道に繋がるなんて、そんな都合のいいことなんてないだろうけど。

 どこか冷たい心で思う。

 もう、このまま一生こんなに寂しいんじゃないかと、疑ってしまうけど。

「あ、いえ…」

 壱灯さんはしばらく見ていたが、力になれなかったことが心苦しかったのか、暗い顔で顔を離した。

「左甫さんなら分かるかな」

「左甫には…!」

「えっ」

 壱灯さんが突然大きな声を出すので、私はびっくりして壱灯さんを見た。

「左甫も、わからないと思いますよ」

 訂正するように、やんわりとした口調で、壱灯さんは言った。

「そっか…」

「大切なものだから、大事に持っていなきゃですね」

 やさしい声色で、撫でるように壱灯さんは続ける。

「そうですね」

 わたしは言いながら、そっと木札を撫でる。

 大切なものなのだ。

 わたしにとって、何よりも。

 それから私たちは暗くなる道をゆっくりと歩いた。

 おじいちゃんのいない、私の家まで。



「んじゃ、今日の反省会でもしましょか」

 先ほど出会った女の子、任務対象であった修一の孫の香織について説明を受けたあと、細目をにっこりさせて、ウシワカが言った。

 それに怯えたように黙りこくる三人。

 正座をして壱灯、智迅、左甫の三人が揃って座っている。

「初日も初日ですから、あまり固くはならず、思ったことを言って下さればよろしくてよ」

 ウシワカの隣に来て、カグヤはあでやかな金髪をなびかせて座った。

 それでも三人は黙っていた。

 左甫は半ば諦めたように投げやりな雰囲気で。

 壱灯はどう言うべきか考えあぐねている様子で。

 智迅は明らかに一番怯えた様子で口を固く結んでいた。

「ほな、左甫はんから」

 これでは全く話が進まないので、痺れを切らしてぴしゃりと、ウシワカが左甫を指名した。

「えっと…」

 左甫は頭の中にある今日の出来事を思い浮かべる。

 思い浮かべたところで、頭が痛くなって遠い目をした。

「とりあえず、班を変えたいと思いました」

「えぇええええええ」

「智迅さん、静かに」

 左甫の無情な発言に智迅が声を上げ、それをカグヤがピシャリと制す。

「ごめんなさい、足でまといで…」

「いや、壱灯はそんなに問題ないんだが…」

 左甫はそう言って、横目で智迅を見る。

「こいつが…」

「え、わたし何かしてた!?」

「問題行動が多いです」

「はぁ…」

 先輩であるウシワカも、既に疲れたような様子で続きを促す。

「本人には自覚がないみたいですけど、とりあえずは地蔵に供えてある供物を食べやがりました。あと無人販売のものを勝手に食べようとしたり、今回の作戦の概要を全く理解していないですし、言うことは聞かないですし、そもそも会話が成り立たないですし」

「途中から只の愚痴になっとりますがな」

 ウシワカがすかさずツッコミを入れる。

「え、でも左甫、あのお供え物食べていいって言ったじゃん!」

「普通食べると思わないだろ」

「騙された!」

 左甫と智迅の問答を見つつ、頭を抱える先輩2人。

 壱灯は弁明することなく、横で恥ずかしそうに目をそらすことしかできないでいた。

「とりあえず、まずは智迅さん。今回の作戦の概要を理解していないことは危険です」

ぐだぐだとし始めた空気を正すように、カグヤが凛と声を張っ注意した。

「うぐ…」

「わたくしたちがしていることは命を懸けての任務です。例えまだ入学したての一年生だからといって、易しい任務についているわけでは決してないのです」

 その言葉に智迅は押し黙った。

「妖と戦うということは、いつでも命を落としかねない。それをきちんと理解して欲しいです。多少の怪我では済みませんよ」

 カグヤはさらに釘を刺す。

「……はい」

 智迅はすっかりしょんぼりとしている。長く存在感のある金髪も、まるで犬の耳のようにへたりと大人しくしている。

「智迅はんにはこの後もう一度説明するけん、別っこで気になったことはあります?」

 ウシワカが気を取り直して、明るい声で左甫に問いかける。

「あとは、壱灯はまだ神通力の使い方が不慣れなようです」

「う…すみません…」

 智迅と同じように、壱灯もしょんぼりとした。

「まだ一年生の初日ですから、気にする事はありません。むしろ、初日で妖と戦い、無事に帰ってきてくれたことを褒めたいぐらいですよ」

 カグヤは優しく慈愛に満ちた表情で壱灯に微笑みかける。

「ありがとうございます…」

 褒められるのがくすぐったいのか、壱灯は少し戸惑いながらも、しかし嬉しそうに微笑んで返した。

 壱灯が褒められたことに自分も嬉しいのか、智迅は横でうんうん、と頷いて満足している。

 先ほどの叱咤を全く忘れてしまったようである。

 左甫はあまり納得がいかないのか、未だ険しい表情をしていた。

「ほいじゃ、次は智迅はん」

「んーっと…」

 智迅は天井を眺めて今日のことを振り返る。

「んー…」

「何でも良いですよ」

 目を瞑って思い耽る智迅にカグヤは優しく言った。

「んんー…」

 智迅は長い間唸っていた。

 それを静かに見守る先輩二人と壱灯。

 やがて、ぐぬぬ、と唸り出したところで、

 ぐぅー、

 と、お腹の音が部屋に響いた。

「…お腹が空きました」

 智迅は力が抜けたようにぽかんと呟いた。

「溜めてそれなんかい!」

 思わずウシワカが突っ込んだ。

「さっき食ったばっかだろ」

 左甫も呆れてしまっている。

「今から食べると体に悪いと思うよ」

 見かねた壱灯がやんわりと智迅を宥める。

「んぐぐ…」

 智迅は唸りつつも、我慢する…と返してくれた。

「はてさて、んじゃ次は壱灯はんは?」

「えっと、はじめて妖と戦ってみて、怖いと思いました…ぼくみたいなのが、これからやっていけるのか、不安で…」

 あの山の中で遭遇した天邪鬼たち。

 あれらと一戦交えて、壱灯は不安だけが心に残っていた。

 もともと現世で過ごしていた壱灯は、妖の存在は知ってはいたが、きちんと見ることさえ初めてだったのだ。

 ましてや妖と戦うことになるとは、彼は考えていなかった。

 今ここにいることが、どうしても場違いなような気がしてならないのだ。

「でも、壱灯はちゃんと香織ちゃんを守って連れてきてくれたじゃん」

 智迅が壱灯をまっすぐ見て、当たり前のように言った。

「あの時は夢中で…」

「壱灯には香織ちゃんを守る勇気があるんだもん。大丈夫、大丈夫!」

 言いながら、智迅は勇気づけるように壱灯の背中を叩いた。

 細身の彼はそれにびっくりしつつも、その純粋で真っ直ぐな力に胸が熱くなるのを感じた。

 カグヤはその光景をただ黙って見つめていた。

「まだ初日ばってん。そないな気持ちになるのが当然じゃろに。じゃけ、その恐怖心を見据えながら、それでも妖と戦う…そん術を身につけるための、古神道学園だけん」

 ウシワカはそう言ってにっこりと微笑みかける。

 壱灯は背中に残る温もりを感じながら、はい、と頷いた。

「さて、今日は疲れたでしょう。今日はゆっくり休んで下さい。智迅さんとわたくしは同室です」

「この本宮の中で寝るの?」

「神社で寝るって、なんだか罰当たりじゃないかな…」

「ここは神職が住み込みで神事を執り行ってる訳ではないもんで、そないな場合は祓い屋のとこに泊まらせてもらうんじゃけぇど…今回はそうもいかんばい…」

「相良修一さんは家族に祓い屋であることを隠していましたから、わたくしたちが今押しかけても明らかに不審者となってしまうのですわ」

「ま、昼間に学園からふかふかの布団を持ってきよったけん、安眠は間違いなしやで!」

「先輩達、学園に一度戻っていたんですか?」

「行き来は楽じゃったけぇ。それに、今夜、今日の報告をしに学園に戻らなならんのやけどな」

「先輩も大変ですね…」

 壱灯は二人をねぎらうように呟いた。

「何言っとんねん。あんたらも六年後にはこの役割が回ってくるんやから」

「ろくねんご…」

 智迅は途方もない話のようにぽかんとした。

「ま、今は今やけん、どーんと、うちらに任したれ!」

 ウシワカはそう言って人懐こそうな笑顔を三人に向けた。

「適当で頼りない先輩ですけれど」

「カグヤはんは適当では無いじゃん」

「貴方のことを言っているんです」

 カグヤはすぐさま反撃した。

 ウシワカはそれでも尚けらけらと笑っている。

 そんな二人のコントを苦笑いで見ている壱灯と左甫。

 智迅は今度は眠そうにしている。

「んじゃ、一年坊たちは先に寝ててくれてかまへんから」

「明日は何時に起きればいいですか?」

 生真面目な左甫が予定の確認を促す。

「そんな気張らなくてもよろしゅう。とりあえず、七時迄に起きてくれればいいけん」

「そうですね、そのぐらいに起きてきてくださって構いません。昼間は妖怪たちの活動も小さいですし」

「わかりました」

 左甫は言って、二人に会釈をして寝室へ向かう。

 寝室と言っても、神社の本宮の中にある、客室のような場所である。決して人が泊まるために作られているわけではない。

「では、ウシワカ先輩、カグヤ先輩、おやすみなさい」

「はいはい、おやすみー」

 壱灯は優しく微笑んで、左甫のあとを追った。

「智迅はんもほら」

 うとうとしている智迅を起こすように、彼女の顔の前で手をひらひらとさせるウシワカ。

「ふあい」

 智迅は今にも寝そうな様子で、左甫たちとは反対にある部屋へと向かった。

「……大丈夫じゃろうか」

「なんとか初日は終わりましたし、とりあえずは一息ですわね」

「せやなあ」

 ウシワカはどっと疲れが襲ってきたように、はあ、と大きくため息を吐いた。

「なんやろなあ、不思議な子たちやけんなぁ」

「そうですわね……」

 カグヤは言いながら、壱灯たちが向かった部屋を見つめる。

「あの子たちをわたくしたちに託した真意……一体何でしょうね」

「今はわからんやろ。あの子らだって、なんも知らんみたいだったけん」

「ですわね」

 カグヤは張り詰めた空気を溶かすように、柔らかくウシワカに微笑んだ。

「ほいじゃ、学園に戻るばい」

「えぇ」

 頷きながらカグヤは踵を返す。

 ほんの少し、不安げな表情を残したまま。



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