こんな女に誰がした
悪役令嬢もの。
哀しい悲劇です。嫌いな方はお勧めしません。
評価は「読んでよいもの」です。
哀しすぎる話なので思わず外向けには出さない自分向けの推敲をレビューに書いてしまっていますがこの話がなぜ哀しいのか、どう哀しいのかという判断材料に使えるので書いてしまいました。少し読み辛いですが残しています。
ものすごく哀しい話です。
完璧すぎた青い血が、その純粋さの為に死ぬ物語です。
粗筋は主人公である元侯爵令嬢アンジェリクが自殺を図ったところからです。
そこで自身が転生者である、という事を思い出します。
アンジェリクはアリソン男爵令嬢を苛め、それを理由にルードリヒ王太子から婚約破棄をされ、塔に幽閉されています。
この設定は話を哀しすぎる話にしないための緩衝材として用意されています。
主人公の気が触れた事をそのまま書くと哀しすぎて読み辛いからです。
作品の流れはそのままアンジェリクが塔の中で精神を病み、その後に処刑される、という展開でハッピーエンドがありません。
作品の中の展開ですが、この王国がどれだけ続いたのか知りませんがすでに、平和惚けした国の中は腐敗している設定です。
王子は周囲のおだてに乗せられ、ほぼ洗脳されたように行動しています。周囲が正しい情報を王子に教えません。
王子は王族に対して逆らう事は不敬罪となるので、何をしても許される、と思っています。
その結果、思慮の足りない子供のように行動し、また、周囲もそうであれば簡単に操れるのでそうなるようにしています。
この解釈の別ルートとして、次期国王になるにはふさわしくない王太子にご退場願おうとする連中の画策、というものがあります。
この作品の事件が、どこを目的として発生したかによりその黒さが変わります。
アンジェリクは殺されるべくして殺されたのか、計画では死なない予定だったが王太子があまりに馬鹿過ぎて想定外の結果になったか、のどちらかは判断が難しいです。
作品のおおまかな流れとして、婚約破棄イベントから処刑までの間、国王夫妻は海外での外交の為に、国に居ません。そして交通経路を遮断されて帰国できない状態になっています。
また、国王は王太子との手紙のやり取りで婚約破棄をしないようにと伝えようとしていますが、妨害され伝わりません。
王太子の権限で処刑が出来るかどうかなどの疑わしい部分は後にして、王太子を操りたい連中が公文書偽造をしてアンジェリクを処刑する段取りをします。
国王の帰国を待たずに刑は執行され、国王は帰国して王太子の起こしたスキャンダルを咎めます。
最後に、王太子とアンジェリクの結婚を強行し、アンジェリクの代わりに人形が花嫁として登場します。
王太子が故意か過失かはわかりませんが、まずは過失でしょう。
これは国の内部が腐敗した結果、王家の権威が衰え、情勢が不安定になったために起こった事で、また、だからこそ起こした事、とも言えます。
意図的に起こった事と解釈したならアンジェリクの死は起こるべくして起こった事です。
王太子を操り、また、王家の権限を悪用する事に何の罪悪感も抱かなくなった連中を炙り出すための事件です。
アンジェリクが死ぬところまで発展するかどうかは腐敗の度合とも言えます。
誰も、王太子の暴挙を止めない、そして、王太子を操りそこまで行えてしまうという状況を示す事になります。
アンジェリクの死はそれを内外に示すアラームとも言えます。
王太子を操り利権を得ようとする連中と、王太子を諌めて次期国王らしくなってもらおうとする連中。
王太子を操り利権を得たい側からすれば邪魔な連中の代表的な存在としてアンジェリクがいます。
その父である侯爵はすでに病気で療養中にまで追い込まれているのでアンジェリクさえ排除できれば旗頭を失い、王太子を自由に操る事ができるようになるのでアンジェリクの排除を狙った、という思惑があります。
アンジェリクを排除するには国王夫妻が邪魔なので外交中に事を起こします。王族としての指示を出す事ができる存在が王太子だけで王太子を操ってアンジェリクを処刑させる事で、王太子を諌める一派を排除します。
ここで少し揚げ足取り、作品の矛盾をつきますが、侯爵がいても公爵が出てきません。王家との血のつながりを持つのがロントン侯爵家だけ、というのが若干無理があるかな、と言えます。王家と血のつながりがある家はそれを諌める事が、王族の命令を完全に拒否はできないながらも出来ます。そのためにロントン侯爵家がいる、のですが、一家だけというのが多少の無理があります。血のつながりで、信用を得て国を支える関係において、この作品の事件はその関係を崩すものです。なので、血のつながりを持つ貴族は止める側になるのでここまで発展するかと言えば疑問です。王族といえど、王族だからこそ証拠のない私刑とも呼べる処刑は出来ないのです。それを実行する時は、王族ですらどうにもならない時だと言う事を示す事になります。それは国の信頼度につながります。
国が荒れ、腐敗する原因は国の成立過程を忘れる事から始まります。なぜ、国が必要だったかを忘れる事から始まります。平和惚けしたからとも言えます。
最初に作る事、枠組を作る事の労力は維持だけする事に比べて大きくなります。その維持だけしていれば良いと思った時点で、維持しかしなくなり、その維持で本当に維持が出来ているのかというチェックがされなくなります。そのチェックには作るにはどうすればよいのか、という視点が必要になり、平和惚けして維持だけしていれば良いという視点ではわからなくなります。維持する事で状態を保つ、ならその状態を保つとはどういった事か、という話になり、状態が保たれているとはどういった状態を指すのか、となり、それには国が必要となった経緯、つまりは成立過程を知る必要があり、そこから状態を定義するための条件が導き出され、維持する内容が決められます。
平和惚けするようになると、利己益だけを見るので、どうやれば利益を得るかだけを考えます。そうすると王太子に気にいられる発言だけをし、また王太子を操って利益をえようとします。また、そういった周囲に囲まれた王太子自身に責任がないとは言えませんが、まず気づけない場合がほとんどになるでしょう。なぜなら与えられる情報が間違っているので気づきようがないという事です。
ではアンジェリクの行動を考えると、アンジェリクの行動は、国の成立過程において、必要であったルールに則り、厳しく躾けられた行動です。アンジェリクは戦時に対応した、というより、常時も戦時と変わらぬ対応が必要な事を知っている行動をしています。つまりは常に'ON'状態です。それに対して王太子とその取り巻きは平和惚けして、'ON'状態のつもりが'OFF'状態もしくはその点滅です。王太子達にとってはアンジェリクの行動は厳しいと見えてしまいます。
あえて赤い血で書くなら、普段の行動とはその根底に生き死にが常に付随し、その積み重ねにより現状の生活環境が存在するという事で、甘えて良い事などどこにもない、という事になります。その一つ一つに命に関わる選択が常に存在し、それを理解して選択を繰り返す事で生き残る事ができる、と解釈できます。それは厳しすぎる、と思う事も出来、楽したい欲求と反します。また、それだけの能力を有する存在など極僅かです。それ以外は死ぬしかないのでしょうか、という所で青い血の出番です。
青い血は赤い血で作られたルールや法律を、わからないながらも作法や手続きとして覚え、形にして機能させるために必要とされます。そこに属する人物全員が天才級の能力を持っているなら別ですが。
例えば、淑女の礼ですが、スカートを持ち上げる事に意味はありません。礼として膝を曲げるので、スカートが汚れないように持ち上げる、というだけです。そして肌を見せないために持ち上げる量も決まっています。スカートを持ち上げる事が礼ではありません。ですが、その根拠や理由を知らなくともそれを覚えさせられれば出来ます。また、その根拠を知り、現状に即しているかを考えるのもそれを定義づけるルーラーだけが知っていればよいとも言えます。ここがまた問題点になるのですが。
社会を作る上で、そういった根拠やその成立過程を覚えている事が出来る程の能力もすでに持たないのが人間です。高度化された社会において、多岐に渡る分野と細分化により発生した全てを覚えている人物がいない現代社会を見ればわかりやすいです。
なら一部のルーラーが定義づけたルールを信頼関係を条件として覚える事で対応する事になるのが、青い血という事になります。
アンジェリクは王太子を諌めます。ですが、王太子がアンジェリクを嫌ってもその行動を止めません。それはそう取り決められたルールであり貴族の役割だからです。アンジェリクの考えは、戦時をベースに、そして常時もその根底に生き死にがあるのだという基準にありますが、王太子達の行動はそうではありません。それほど厳しくしなくともなんとかなるという甘えの元に行動しています。アンジェリクの行動は、国が必要になった過程において、問題を解決するために必要だった行動やルール、から出来ており、王太子達の行動は、その社会で過ごす中で崩れた行動やルール、です。ここが重要です。
その結果として、王太子と王太子を操りたい連中の工作によりアンジェリクは冤罪により塔に幽閉されます。
塔での生活はアンジェリクを精神的に追い詰めます。また、アンジェリクを始末したいがために食事に毒を混ぜられているために、アンジェリクは常に死の危険に晒されます。
やがて追い詰められたアンジェリクは自殺を図ります。
ここから転生者であるという設定で、気が触れてしまったアンジェリクの行動を、読み辛いものとしないためにぼかしを入れます。
狭い場所に閉じ込めさせられているという事に耐え切れない為に運動などを行う事でそのストレスの発散をします。軟禁状態から解放されたい欲求を無意識に発散したいための行動です。
また、孤独に苛まれているために、塔の窓に訪れる小鳥に話しかけるようになり、やはり軟禁状態のストレスから解放されたいがために歌を歌って、どうにか精神状態を安定させようと試みます。
自殺の際の傷についての部分で、傷が残る事などの指摘を受けるアンジェリクが「どうせすぐに死ぬので」などと自身の死について淡々と語っています。
自身の死についてを自身と切り離して考えないと精神が壊れるためにあえてそうしている状況が読めます。
そして遺言書を書きます。
そこに題名である「こんな女に誰がした」という一言を王太子への手紙に遺します。
貴族としての役割を高品質で行うが故の高位貴族において、血統として長く維持し、またその能力が故に王太子妃候補になっているアンジェリクはいわば貴族そのものです。
王族が形作り決めたルールを忠実に高品質に実行するアンジェリクを、王族としてルールに従わない王太子が、王族が決めたルールに則り処刑する事に対する心情を表わしています。
アンジェリクは死への不安と貴族の責務の間に葛藤しているとも取れます。
同時に、貴族としての行動しか知らないアンジェリクはルール通りに動いているのになぜ殺されなければならないのか、と訴えているとも取れます。
そして処刑の場面です。王太子はアンジェリクが慈悲を乞うと思い、話をしますがアンジェリクは受け入れません。
「王族というのは一度口にしたものを違えてはいけません。・・・・私からの最後の苦言だと思って聞き届けてくれますよう」
という一言に尽きます。そしてアンジェリクが王太子に謝るという事は貴族の役割を捨てる、という事になり、同時に王国の存続が危ぶまれる事態になるため、アンジェリクが謝るという事は貴族として許されません。謝れば、この一時だけ命は助かるのかも知れませんが、その結果として王国を更に腐敗へと導き、内乱や弱体化による侵略を発生させ、多くの命を危険に晒す結末へとつながる可能性が高いからです。
そこに至るまでのプロセスをこの段階で止めておきたい、という行動を基準とするアンジェリクと、恋愛感情や自身の満足のための主観的な感情で動く王太子、という視点の違いがあります。
なぜ王族が一度口にしたものを違えてはならないか、というのはここでは触れません。話が逸れすぎますので。
アンジェリクは死の不安に晒されながらも最後まで貴族の役割を全うします。
作品ではここで神龍が登場します。
神、については別書きしているので'龍'についてです。
日本語で、'龍'は'(尽き|月)の上に立ち、弓引くもの'という象形です。
'弓引くもの'は、剣と剣の戦いにおいて、剣で勝てないから、卑怯にも弓を使った、という意味です。
掟を破って卑怯な手段で逆らった、とも言えます。
'龍'の表わすのは、万策尽きてルールを破り犯罪を犯す者、と言う意味を持ちます。
ここでは単に、逆らうもの、という意味で使われているようです。
本来の正常に機能する枠組ではあり得ない処刑において、例え処刑されようとも間違った行動をする王太子に逆らいその役割を全うしたという事を'神龍'で例えています。
この死に方は、これもここでは触れませんが、キリストの受難と同じです。
話の最後の展開となります。
アンジェリクが意図的にアラームとして使用されたかどうかに関わらず、この時点で冤罪で処刑した責任があります。また、その過程において、不正を行った集団を摘発する準備が整っています。
アンジェリクの処刑に関しては、そこに至るとは思っていなかったかどうかがわかりません。なくても王太子を廃嫡にするのは確定しているのでそこまで必要かではわかりにくいですが、王国全体に知らしめるには必要になります。
また、この一連の事件は王太子の試練、とも取れます。次期国王に相応しいかどうか、です。結果、不適格です。
同時に、王太子まとめて、腐敗させる原因となる貴族連中を排除するための計画とも取れます。
アリソン男爵令嬢を処分し、その関係から腐敗した貴族を割り出してそれも処分する展開になっています。国王の帰国を遅らせる工作や、書簡を隠す、公文書を偽造する、王太子を騙す、という所まで腐敗している状況を一気に正そうとしています。
その為の諸策の一つとして、死んだアンジェリクと王太子の結婚があります。王太子に罰を与えながら、王国の掟は不変のものだと知らしめ、王家の信頼を維持する方法になっています。最後まで王家の為に行動したアンジェリクをここで切り捨てると、既に死んでいてもですが、王家の信頼は地に落ちます。アンジェリクには何の落度もないからです。落度があったのはその周囲です。
哀しすぎる話なので思わず外向けには出さない自分向けの推敲をレビューに書いてしまっていますがこの話がなぜ哀しいのか、どう哀しいのかという判断材料に使えるので書いてしまいました。
完璧すぎる青い血を持ったアンジェリクは、その態度と運命によって、王国の腐敗を示し、貴族の役割を果たした、という作品です。
評価は「読んでよいもの」です。
裏がない、というより地雷がないので、哀しく読み辛いですが、醜悪ではないので読み易いです。




