ドロップ!! ~香りの令嬢物語~
第6幕でアウト。
ここで騙しの技法が入っている。
レイプネタなので注意。
これ以降は読んでいないのでここまででレビューとする。
ここまでの流れで、使える対象である主人公に対するマナーが出来ていない従業員がいる設定になっている。記述は騙しの技法のために発言をする人物が違ったりしているが展開は、錯覚させたい描写を受け入れさせるために書かれている。「誰が」発言したかを若干変えており、描写を見るとその描写が失敗体験に続くものであるのにさも成功体験であるかのように見える。
主人公は少女である。その少女が欲しいガラス容器があるので買いたいというが、従者は街に'直接'買いに行かないとだめだといい、主人公を街に連れ出そうとする。本人が望んでいる、という形式をつくり出して。そのため、主人公はローブを被り、変装して街に出る。ここまでの展開は、裏切者が内部にいるために、護衛すべき対象が裏切者に騙されて自身が誘拐されるために協力する形で行動を共にしてしまう、という内容になる。
行動した先で、ガラス容器の作成の見学と称して店の奥に案内される。この時に店の主人は使用人を人払いして店の中に主人と裏切者である従者のみにしている。
奥の部屋の展開で、描写としては主人公が奥の部屋から店へと戻っている事になっているが、ここが描写として嘘になる。この時の会話の流れをガラス容器を作るのに従者が邪魔であるという事にして部屋の外へと出し、主人公と店の主人のみになるように配置されているはずである。ここで犯罪行為の従者は見張り役となる。ここで何が起きたかという描写がこの後に比喩として入る。話の流れでは主人公が店側へと戻ると、主人公の知合いとその友人が登場する。主人公の知合いを友人A、知合いの友人を友人Bとする。ここは現実逃避したい主人公の空想の描写が絡んでいると思われる。
彼等が登場した後に'店の外'で事件が起きる。'外'であり'奥'や'中'ではない事に注意。ここが逆さ書きの手法の一部となっている。先の部屋で退出したのが従者であるのか主人公であるのか、も逆さ書きのバリエーションとなる。
事件は花売りの少女が暴漢に襲われる、という内容であり、実際に店の中で行われている内容を表わすものになっている。「やめてください、お花、かえして」という発言となっている。花売り、は売春を意味する。つまりこの場合の花は、肉体的な性行為を意味する。これが実際に行われた店の中での状況となる。では友人とその知合い、という描写は少女が助けを求めたであろう対象である。そして、友人はここまでの小説の展開ではまだ登場していない。なので'空想'である。そしてこの友人Bが花売りの少女を助けるために暴漢に立ち向かう。あくまで'空想の'友人Bが。これで店の奥での出来事がどういう結果というのがわかる。
そして、その後の発言の描写は、ここまでの描写を錯覚させるための逆さ書きに過ぎない。
7、8話で、その犯罪行為で弱みを握った従者と店の主人が堂々と城へとくる事になるが、弱みを握られた主人公はそれを受け入れてしまう。その際にまた、空想の友人を使った描写が入る。
城に訪ねて来た、というより従者が誘いいれた犯罪者である店の主人は、完成したガラス容器の代金は不要だと言う。その際に'別の儲け口'を手にいれたから、という。代金は主人公の体で貰っており、また、これ以降のゆすりの材料になる。そして、店の主人はここで、価格表を渡す。値段は小説には書いていない。その値段は推して知るべきものでぼったくりであると思われる。だが、弱みを握られている主人公はそれを受け入れるしかなく、この場面でも追加で品物の注文をしている。
醜悪なのでここから先は読んでいない。
総じて、この時点で、大人に騙された少女がレイプされ、その事実を元に脅迫されて金銭を搾取されつづけ、展開しだいでは肉体関係も強要される、という内容になるだろう。こういった内容を錯覚させるために、文章表現はいくつかのトリックがあり、また発言している人物も別の人物の口から発せられているように作られている。
ここまでも醜悪だが、ではなぜこれが問題になるか、と言えば、今書いたような醜悪な話を隠している事と、失敗体験を成功体験として錯覚させてその読者に植え付けようとしている事が問題となる。ここで特徴的な錯覚は、発言している人物を変えてはいるが、従者が主人公を騙して街に出るように誘導している部分と、店に入ってからの誘導方法と店の人払い部分がある。
従者が主人公を騙している部分だが、この時、主人公の親は家を数日空けている。帰って来たら騙して外へ連れ出せない、という部分を発言者を変えて書いている。また、子供を騙して連れ出す、という内容を書いている。これを読者が恐らく低年齢層なのを良い事に、錯覚するように書いている。
店での展開も同じで、主人公が興味ある事を使って、店の奥へと誘う。人払いして犯罪行為を行ってもばれないようにする。この展開をさも'普通'であるように錯覚させる展開になっている。
この問題点は、犯罪行為に巻き込まれようとしているにも関わらず、こういった小説を'読んでしまった'対象が、それに気づかないまま成功体験だと錯覚し、その判断能力を失う、という部分にある。店での人払いについても、この小説を読んだがためにこれを成功体験として受け入れてしまっていると、自身が同様の状況になった時に気づけないまま、犯罪の被害者になってしまう可能性が高くなる。
手法としては、詐欺師の集団Aに属する詐欺師Bが、詐欺のための錯覚させる材料を与え、同じ詐欺集団に属する別の詐欺師Cがその材料を使って詐欺をする、という手法になります。現代社会で良く行われている代表的なものとなる。
別解釈として、この作者が、そういった事をされる危険があるから気をつけろ、という意味で書いている、という可能性はわずかにある。一部を変えてその危険性を示すだけに留める、というものがあるが、ここでは成功体験になってしまっているのでその可能性は低いと思われる。もし、ここで行われている展開を、その危険性を示す形で書くというのなら、実際の展開として生じているものが未然に防がれ未遂で終わる、という内容であるべきだと言える。展開の内容が重いので、できればコメディに混ぜてシリアスを薄めつつ、危険性だけは教える、というのが落としどころ、とも取れる。
従者が主人公を騙して外へと連れ出そうとする所で、別の登場人物がそうならないような発言をして状況を変える、というのなら形式に良いものになったと思われる。
店での展開も同様に護衛がいて、護衛が店の奥へと行く事を止める、というのが展開としては良いものであったと思われる。
だがこの小説はそういった手法を取らない。ならどこに意図があるか、となる。
場合によっては、作者の能力が低過ぎて、奇抜な作品を書こうとして、自身のやっている事に気づかない、という可能性もあるが、ここではそれに触れない。作者の能力がない、などとは批判する気もないと書いておく。
6、7、8話の展開から意図的なものだと言えるのが問題である。
結論として、個人的な視点としては、子供相手の詐欺行為をしたい、もしくは誘拐幇助をしたい、ために錯覚させる必要があるから書いた、と見えなくもない。
表現の自由は尊重したいが、書いている内容を尊重は出来ない、と結論づける。
題名も題名である。




