すてきなまじょアイちゃん
1.
モミジちゃんは花ノ木小学校の三年生、席はまどぎわのいちばん後ろ。
教室の大きな窓から正面に見えるのが、モミジちゃんが住んでいる花ノ木団地。
モミジちゃんのおうちは学校に近い12棟の一階だから、お天気のいい日は、お母さんが干したせんたくものが風でパタパタしてるのがフェンス越しに見えてちょっとはずかしい。
12棟のすぐおとなりには小さなおうちがたっていて、そこのお庭にはりっぱな紅葉の木がある。
モミジちゃんは自分と同じ名前のこの木が大好きで、じゅぎょうにたいくつしたときなんかに、ぼんやりとこれをながめる。
紅葉はまっかな葉っぱをたっぷりとかかえこんだ季節で、その色が小さなおうちの緑色の屋根を包むようにして、ちらちら、きらきらと風に揺すられているのがとってもたのしそう。
モミジに守られた小さなお家に住んでいるのは、『まほうつかいのおばあさん』。
魔法使いなんかいるわけがないって?
もちろんモミジちゃんだって小さい子供じゃあるまいし、まほうつかいなんていうものがこの世にいないことは知っている。
でもね、そのおうちのおばあさんを見ていると、もしかしたら本当にまほうつかいなんじゃないかな、と思えてしまうからふしぎ。
おばあさんはネコといっしょに暮らしている。絵本に出てくるまほうつかいがつれているような、大きな黒いネコ。
それに、おばあさんなのに洋服はいつもふりふりのついたピンク色のスカートとエプロンで、おばあさんだとは思えないほど元気が良くてしっかりしている。
そうそう、「おばあちゃん」なんて呼んだら、目を三角にして怒りだすから気をつけて。
「私はあんたのおばあちゃんじゃないよ! ちゃんとアイさんとお呼び!」
だからモミジちゃんは、このおばあさんのことを「アイちゃん」と呼んでいる。おばあさんも「モミジちゃん」と呼ぶのだから、年はすごく離れているのに、二人は仲のいい友達みたいに見える。
きょうも学校の帰り道、モミジちゃんはアイちゃんのお家に寄り道。
「こんにちは~」
玄関をあけて大きな声で言うと、台所のほうから返事がかえってくる。
「おや、モミジちゃんかい? はいっておいで」
「は~い」
元気に答えてかえら靴を脱いでお家に上がる。
アイちゃんのおうちは、いつもいい匂いがする。
お砂糖がほんのちょっぴり焦げたあまいにおい、お野菜とおしょうゆが鍋の中でいっしょになったおいしそうな湯気の匂い、鉄鍋で何かをいりつけているこうばしい油のにおい……今日は甘い湯気と土のにおい
(お芋をふかしているんだわ)
そう思いながら台所をのぞくと、アイちゃんはガス代にかけたふるいヤカンをのぞきこんでいる最中だった。
モミジちゃんがこの家に遊びに来ると、アイちゃんはたいがいがこうしてお台所で鍋をのぞいている。だからますますまほうつかいのおばあさんみたい。
モミジちゃんがそうおもっていると、アイちゃんはヤカンから顔を上げてにっこりと笑った。
「おかえりなさい、ちょうどおやつができたところだよ。さてさて、きょうのおやつがなんだかわかるかい?」
「ふかしいもでしょう!」
「ん~、おしい! いしやきいもだよ」
「ええ? どこでおいもをやいているの?」
「ここだよ、ここ」
アイちゃんが指差したのは、ガスコンロにかかった古びたヤカン。おこっとしたのか、真ん中にぼこんと大きなへこみのできたボロヤカン。
「さてさて、タネもしかけもございません~、ここからおいしいおいもさんが出てきましたら、はくしゅごかっさい~」
アイちゃんはスカートの裾がふんわりと広がるようにくるりと回ってから、モミジちゃんに向かってペコリとおじぎをした。
そう、こうやってお料理をしているときのアイちゃんは本物のまほうつかいみたい。
だからモミジちゃんはときどき思う。
(まほうつかいなんていないのはしっているけど、アイちゃんならもしかして、まほうがつかえるんじゃないかしら)
アイちゃんはこれまた魔法みたいに手をひらひらさせて、エプロンのポケットから軍手を取り出した。
それをしわくちゃの小さな手にはめて、ヤカンのふたを開ける。
ふわっと、薄い湯気が上がった。
「さてさてさ~て、でておいで、おいもさん~」
歌うように言いながらアイちゃんがヤカンに手を突っ込むと、おいもの形をした銀紙の塊が出てくる。
「さあ、めしあがれ。でも、あついから、あわてちゃだめだよ」
お皿に乗せて差し出された銀紙の塊をそっと開くと、中から紅色のおいもが転がりだす。割ってみると、中はねっとりと黄色い色で、甘いにおい。
「うわあ、おいしそう!」
「そうだろう、おいもはね、ふかすよりもやきいもにしたほうが甘く、おいしくなるんだよ」
「どうして?」
「ふふふふ、そういう魔法だからだよ」
アイちゃんがお茶を用意してくれたから、モミジちゃんは縁側にすわっておいもを食べる。
やかんの中に石をしいて作ったやきいもは、ほっくりねっとり、お菓子よりも甘いぐらい。
「おいもがこんなにあまくなるなんて、アイちゃんは、本当にまほうつかいみたいだね」
「いつも言っているじゃないの、わたしは本物のまほうつかいなんだよ」
「じゃあさ、お父さんとお母さんが仲直りするまほうも、つかえる?」
アイちゃんがあんまり寂しそうな声で聞いたから、アイちゃんはびっくりしたみたいだ。目をまんまるにして聞き返す。
「おやまあ、お父さんとお母さん、ケンカしたのかい?」
「うん、ケンカばかりしてる。ええっとね、お母さんはお父さんに聞いてもらいたいお話があるのに、お父さんはお仕事が忙しくって、つかれてて、お母さんのお話を聞かないの」
「それは、お父さんにとりついた『忙しいの虫』がいけないねえ」
「『忙しいの虫』?」
「いまはよのなかが便利になって、昔だったら手で洗っていた洗濯物も洗濯機がやってくれる。手紙で何日もかかっていた連絡だって、携帯電話ですぐにできるだろう?」
「アイちゃん、携帯電話じゃなくてスマホだよ」
「どっちでもいいよ。わたしが言いたいのは、便利になったってことだからね」
「うん、わかった」
「さてさて、人間の仕事を機械がしてくれるんだから、人間はさぞかし時間があまるはずなのに、みんな『忙しい、忙しい』ばかりで、大切なものを大切にする時間さえありゃしない。どうしてだと思う?」
アイちゃんは少しだけ怖い声を作って、モミジちゃんを驚かせようとしているみたいだった。
「人間にとりついた『忙しいの虫』がね、あまった人間の時間を全部食べちゃうからなんだよ」
アイちゃんはモミジちゃんをからかおうとしたわけじゃない。もちろん、怖がらせようとしたわけでもない。
ただ、大人のことばで説明するにはモミジちゃんはちいさいから、茶目っ気をまぜてわかりやすくしただけだ。
「だいじょうぶだよ、モミジちゃん。『忙しいの虫』を退治する、とっておきの魔法のお料理を教えてあげようね」
「魔法のお料理?」
モミジちゃんがぱあっと明るい顔をしたから安心したのか、アイちゃんはしわだらけの顔を優しくほころばせて笑った。
2.
次の日は日曜日。
エプロンを持ったモミジちゃんがアイちゃんのうちへいくと、モミジの木の下で、アイちゃんは黒猫のシンジさんをなでているところだった。
「アイちゃん、エプロン、持ってきたよ」
「はいはい。おうちの人にはちゃんと、お昼ごはんはいらないって言ってきたかい?」
「うん!」
「じゃあ、おはいり」
台所に入ると、ガス台の上には大きなお鍋が置いてある。
「あずきをね、洗ってひたしておいたんだよ」
鍋をのぞくと、きれいな赤紫色をした小さなお豆が、すきとおった水のそこに沈んでいた。
アイちゃんはピンクのエプロンをふわりきらりとゆすって、つま先だけで軽やかに動き回る。
「さてさて、『おぜんざい』を作ろうかね」
「おぜんざいって、じぶんでつくれるの?」
「じぶんでつくらないおぜんざいなんてあるのかい?」
「スーパーにいくと、パックにつまったおぜんざいが売っているよ。おうちでおもちだけ焼いて入れるの」
「へえ、べんりになったもんだねえ。でもね、それが『忙しいの虫』に付け入られるいちばんの原因さね」
首をちょっとだけすくめた後で、アイちゃんは歌うみたいにちょっとリズミカルな節をつけて言った。
「アイちゃん特製おぜんざいは、時間たっぷり愛情たっぷりコトコトじっくり! おもちの代わりにつるるん白玉入りだよ、これを食べれば『忙しいの虫』もいちころだよ!」
「白玉? おだんごの? わあ、おいしそう!」
「じゃあ、はじめよう。ガスの火をつけておくれ」
モミジちゃんがガスのスイッチをひねると、ぼうっと小さな音がして、ガスの青い火がきれいに灯った。
これだけでも、まるでまほうつかいのでしになって火のまほうをつかったみたい。
「強火のまんまでいいよ」
「つよび?」
「つけたそのままの火の強さでいいってことさ。これをちょっとゆるめると中火、もっとゆるめると弱火。でも、ふっとうするまでは強火でね」
アイちゃんのまほうはゆっくり、じわじわフシギをおこすまほう。鍋の中をのぞいていると、やがて薄い湯気がお水の表面で踊りだす。
「これがふっとう?」
「いいや、まだまだ」
もっとみていると、今度は鍋の中に小さな泡がいくつも沈んで小豆の粒にしがみついた。
「こんどこそ、ふっとう?」
「まだまだ、もうちょっと」
小さな泡に押し上げられて、お鍋の中でお豆がこつこつ踊りだす。
やがて泡はどんどん大きくなって、ぼわぼわぼわんとお水の表面が波立った。
「そうら、これがふっとうさ」
「これをどうするの?」
「まずは火を止める。そのあと、ここにお鍋の中身をあけておくれ、やけどしないように気をつけてね」
アイちゃんが指差したのは流しに用意されたザル。
「ええっ、ザルになんかあけたら、せっかく沸かしたお湯が流れちゃうよ?」
「それでいいんだよ」
「だって、せっかくふっとうしたのに……」
「これは渋抜きといってね、お豆さんにふくまれているおいしくない成分をお湯に溶かして洗うのさ」
「ふうん、エコじゃないね」
「あのね、モミジちゃん、エコと手抜きは違うよ」
大きなため息をついたあとで、アイちゃんはカチリとガスを消した。
「もしもお湯を捨てないで渋抜きできる方法を見つけたら、それはエコだよ。でもね、お湯がもったいないから渋抜きをしないのは、ただの手抜きだよ」
おなべには両手で持てるように取っ手がついている。だから大きく手を広げて、アイちゃんはお鍋をガスからおろした。
「お料理のまほうのコツはね、食べて欲しい相手のことを考えて、ただていねいに。私はモミジちゃんにおいしいおぜんざいを食べて欲しいから、ただていねいに」
アイちゃんが流しにお鍋をかたむけると、もわわわん、と湯気がいっぱいあがって台所に広がった。
ざるの中にはほかほか、かすかな湯気を上げているお豆。あったかい湯気はお湯といっしょに流しの中をくるっと回って排水溝に。
「ていねいにするのがめんどくさくなったときは、『おいしい』っていってくれる人のことを考えて。そうすればめんどうくさくなくなるからね」
アイちゃんはザルの中のお豆を鍋に戻して、大きなカップでお水をいっぱい、量った。
「これをお鍋に入れて、お豆をやわらかく煮ていくよ」
お水の入ったカップをてわたされたモミジちゃんは、それをなべの中にそっとそそぎこむ。
「今度はお豆さんがやわらかくなるまでゆでるからね、ふっとうしたら、中火におとす」
アイちゃんの口調は楽しげで、言葉はリズミカルで、本物のまほうの呪文みたいに気持ちいい。
モミジちゃんは歌うみたいに節をつけて、アイちゃんの言葉を繰り返す。
「ふっとうしたら中火におとす、中火におとす」
「いいね、お料理が楽しくなるまほうだね」
「え、こんなことがまほうなの?」
「そうだよ。普通のことをあたりまえに、ていねいに暮らすというのは、しずかで単調なものだからね、時々はたいくつに思うときもあるのさ。だからね、ちいさなことでいい、楽しくなるようなことを自分で作り出す、そういうまほうが使えたほうが人生は楽しくなると思わないかい?」
アイちゃんはパチリとウインクをして、つま先でくるりと回ってみせた。
「料理の基本はサシスセソ、砂糖さらさら、塩パッパ~!」
モミジちゃんはこらえきれなくなって、クスクスと笑う。
「なに、それ」
「昔の人が考えた、料理を楽しくする呪文だよ」
「へんなの」
「へんだから楽しいのさ、料理の基本はサシスセソ~」
アイちゃんがまたひとつ、くるりと回る。
だから、モミジちゃんもなんだか楽しくなって、つまさきだちになってくるりとまわる。
「砂糖さらさら、塩パッパ~」
そうしたら、もっともっと楽しくなって、いつの間にかモミジちゃんはケラケラと声をあげて笑い出していた。
「ねえ、アイちゃん、つづきは? つづきはないの?」
「あるよ、『お酢はちょろちょろ、しょうゆはたら~り』」
「ソは?」
「お味噌で仕上げだ、はい、どっぼん」
「へんなの、へんなの~!」
あんまりたくさん笑ったものだから、モミジちゃんは息が苦しくなって、少し背中を曲げた。
モミジちゃんは教室ではおとなしい子だ。こんなにわらい転げたことなんかない。おうちでも、最近はお父さんとお母さんの仲が悪いことを心配してばかりで、あんまり笑わなくなっていた。
だから、両目からなみだがこぼれた。痛かったわけでも、悲しかったわけでもなく、ただ、ぽろぽろぽろと。
それを見たアイちゃんは、しわくちゃの手をそっと伸ばしてモミジちゃんの頭をなでた。
「どうだい、スッキリしたかい?」
「うん、なんだかすごくスッキリした! ほんとうのまほうみたい!」
「『みたい』じゃなくて、ほんとうのまほうさ。私はまじょだからね」
ほんとうにそうなのかもしれないと、モミジちゃんは思った。だって気分はスッキリ、なんだか元気になるまほうをかけられたみたい。
「さてさて、お豆さんもやわらかく煮えたころあいかねえ、仕上げのまほうを教えてあげよう」
「仕上げのまほう?」
「そう、とびきり元気になって、素直になれるまほうをね」
すてきなまじょは、そう言いながらウインクした。
3
次のお父さんのおやすみの日、モミジちゃんはおうちでいちばん大きなお鍋を出してもらって、小豆を煮た。
お母さんはお台所でいっしょにお豆を似る手伝いをしてくれたのだけれど、モミジちゃんのすることいちいちをすごく心配して声をあげる。
「ガスの火はお母さんがつけようか?」
「だいじょうぶよ、自分でつけるから」
「そう? ちゃんと火がついたことを目で見てかくにんしなくてはダメよ。ガス爆発しちゃうからね」
「わかってる、ちゃんと確認するからだいじょうぶ。それより、お父さんはまだねてるの?」
「昨日はおそくまでおしごとだったから、つかれているんだとおもうわ」
お母さんがすごく悲しそうな顔で言ったから、モミジちゃんは呪文を唱えた。
「料理の基本はサシスセソ~」
「え、なに、それ?」
「しらないの? お料理をおいしくするまほうだよ?」
「ちがうわ、それは調味料を入れる順番を覚えやすくしただけのものよ。『サ』は砂糖でしょ……」
「いいから、いいから。あ、お豆がやわらかくなったみたいだから、おかあさん、たしかめてみて」
熱いおなべの中にお玉をつっこんで、お母さんが少しだけ小豆をすくう。それを親指と人差し指のあいだにはさんでぐっとおせば、やわらかいあずきはかんたんにつぶれた。
「こんな感じだけど、どう?」
「うんうん、いい感じ! じゃあ、お砂糖をいれるね」
モミジちゃんは少しむずかしい顔をして、はかりでお砂糖をはかる。
「えっと、お豆が150グラムだったから、おんなじ量のお砂糖を……」
「モミジ、ちょっとお母さんにはかりをかしてごらん」
お母さんは、もみじちゃんからはかりと砂糖つぼを受け取ると、ぱっぱと手早く砂糖をはかりとった。めもりはちょうど150グラム。
「お母さん、すご~い」
「ふふふふ、だって、主婦だもん」
「じゃあ、お砂糖入れるね」
モミジちゃんは容器にとりわけたお砂糖をスプーンですくって、鍋の中へていねいにふりいれた。
おかあさんはこれに感心して、モミジちゃんをほめる。
「ずいぶんとていねいなのね」
「うん、これがまほうなんだって」
「まほう?」
「さとうさらさら塩パッパ、なの」
「なあに、その変なおまじない」
リズムをつけた楽しそうなその言葉を、お母さんもつぶやいてみる。
「さとうさらさら、塩パッパ……」
その歌うような調子がおもしろかったのか、おかあさんはクツクツと笑い出した。
「うふふ、さとうさらさら、うふふふ」
モミジちゃんは、じぶんがお母さんを笑わせる魔法をつかったような気分。少しうれしくて、胸を張って説明する。
「あのね、お砂糖がまとまっちゃわないように、さらさら~って入れるのがおいしくするコツなんだって」
「なるほど、お塩は『パッパ』ってふるものね」
「さて、おかあさん、小豆をあまく煮ているあいだに、しらたまのよういしちゃお」
「しらたまって、おだんごの?」
「そう、おもちじゃなくってね、しらたまでつくるおぜんざいもおいしいんだよ」
モミジちゃんはしらたま粉の袋を元気に開けようとした。
「あ、ダメダメ、そんな乱暴にしたら、粉がとびちるでしょ、はさみをつかいなさい」
でもそれは、さっきまでの心配そうなお母さんとは違って、なんだか楽しそうなかおをしていた。
だからモミジちゃんは楽しくなって、引き出しから取り出したキッチンバサミを手品みたいにくるりと回した。
「では、袋をあけましょう~」
「こら、お料理はまじめにやらなくちゃだめよ」
「は~い」
袋の口をちょきちょき切って、中の粉をボウルに開けて、モミジちゃんはちょっととくいそうに鼻先を上げた。
「あのね、お水はいちどにぜんぶ入れちゃいけないの」
カップでお水をはかっていたお母さんはびっくりして手を止める。
「ええっ、じゃあ、このお水はどうするの?」
「お水はふつうにはかって、それでね、半分だけ最初に入れるの」
「へ~、ものしりね」
「アイちゃんが教えてくれたのよ」
そういいながら、モミジちゃんは小さな手で粉を練る。ボウルに手をつっこんで、キュッキュッキュ。
でも、粉はボウルの中でくるくるまわるばかり。
「うまく粉がまとまらないよ~」
「ちょっとお母さんにかしてごらん」
「あ、残りのお水はすこしずつ、耳たぶの固さになるまで入れるんだって」
「はいはい」
ふたりでかわりばんこに粉を練っていると、お父さんが台所にはいって来た。
「う~ん、なんだかあまいにおいがするんだけど、何をつくっているんだい?」
「あ、お父さん。もうすぐできるから、すわってまってて」
練りあがった白玉をまるくして、真ん中をきゅっとつぶして、できそこないのユーフォーみたいな形にする。それを小さいお鍋にわかしたお湯にぽいぽい。
「しらたまはね、うきあがってきたら、中まで火が通ったしょうこなんだって」
お母さんに説明するモミジちゃんを見て、お父さんはすごくびっくりしてめをまるくした。
「お母さんがモミジにお料理をおそわっているのかい?」
「ええ、この子がね、紅葉の木のあるおうちのおばあちゃんにおそわってきたのよ」
「ああ、あのピンク色のおばあちゃんか」
これをきいたもみじちゃんは、ぷくッとほほをふくらませて、口をとがらせる。
「ダメ、アイちゃんは『おばあちゃん』って呼ばれるのがきらいなんだから、おこられちゃうよ」
「はいはい、アイちゃん、だね」
「あらモミジ、しらたまがゆだったみたいよ、このあとはどうするの?」
「あ、たいへん」
モミジちゃんは穴のあいたお玉でていねいにしらたまをすくって、おわんにつるんとすべりこませた。その上からあまくにた小豆をたっぷりとかけて、
「さあ、お父さん、たべて。あまいものはね、つかれをかいふくしてくれるんだって」
「それもアイちゃんがおしえてくれたのかい?」
「そうよ。アイちゃんはなんでもしっていてね、ほんとうはまじょ……」
モミジちゃんはあわてて自分の口をふさぐ。だって、おとなりにまじょがすんでいるなんてステキなひみつ、だれかに教えちゃうのはもったいないきがしたから。
お父さんはそれにきづかなかったみたいで、おわんをだいじそうにもちあげて、おはしをかまえた。
「そうか、あんなに小さかったモミジちゃんが、もうお料理できるとしになっちゃったのか」
それから、おわんに口をつけて、中身をすする。
熱い小豆がお父さんの口に吸い込まれる音が、ずびずびと楽しそうになりひびいて、お台所がぱあっとあかるくなったようなきがした。
「うまい、これはうまいよ!」
「うふふ、まほうがかけてあるの」
「まほう?」
「小豆をあまくするまほう。お塩をさいごにほんのちょっぴり、ぱっぱ、っていれてあるの」
「ずいぶんとかんたんなまほうだね」
「かんたんだからいいんだよ。いそがしいと、むずかしいことはしたくないもん。お父さんだってそうでしょ?」
「ステキな言葉だね、それもアイちゃんがおしえてくれたのかい?」
「ううん、これはね、じぶんで考えたの」
「そうか、モミジはずいぶんとお姉さんになったんだな」
お父さんはおわんをしずかにテーブルにおいて、ためいきをついた。
「お父さんもお仕事がいそがしいから、むずかしいことはできない。だから、つぎのおやすみはちかくのこうえんにあそびにいこう」
「いいの?」
「もちろんだよ。いそがしくてわすれていたけれど、そのくらいのかんたんなことなら、できなくないんだよ」
「ふふっ、アイちゃんはやっぱりまほうつかいね。お父さんの中の『忙しいの虫』をけしちゃった」
「なんだい?」
「なんでもな~い」
モミジちゃんはつまさきだちになって、くるりとまわってみせた。
「料理のきほんはサシスセソ~、おいしいお弁当のつくりかたを、アイちゃんにおそわっておくね」
「それはたのしみだ」
お父さんがにこにこわらう。お母さんもなんだかあんしんしたみたいに、にっこりわらってる。
だから、モミジちゃんも、にっこり笑った。
これはきっとほんとうのまほう。アイちゃんがスカートについたフリフリをふんわり揺らして、くるりと回って、じゅ文をとなえたから、おぜんざいに幸せのまほうがいっぱいはいっちゃったんだ。
そう、モミジちゃんのおとなりさんは、すてきなまじょ、アイちゃん。
「料理のきほんはサシスセソ~」
楽しそうなじゅ文がきこえないかい?