約束の一ヶ月
約束の一ヶ月後の夜、和美と祐介は居酒屋にいた。
「俺、忘れられねえよ」祐介はビールを煽るように飲み干す。
「祐介、ピッチ早すぎだって」和美は荒れている祐介を窘めるが、そんな和美自身、顔色は優れない様子だ。
今日、瑞穂から祐介に『一ヶ月ありがとうございました』と連絡があった。祐介にとって夢のような一ヶ月だった。瑞穂との楽しい思い出が積み重なっていくにつれて、いつしか祐介の心の中には『一ヶ月過ぎてもつきあい続けていけるんじゃないか』と期待を抱いていた。それ程に瑞穂は祐介に対して優しく接していたらしい。
「瑞穂ちゃん俺のこと何か言ってなかったか?」祐介は真剣な表情を浮かべて和美を見つめる。
和美は小さなため息をついて首を振ってから話し始めた。
「ここ一ヶ月は瑞穂から連絡はきてないよ」言葉に出してみると和美の不安は心の中で膨らみ始めた。
「なんだ和美も瑞穂ちゃんにフラれたのか?」祐介は少しだけ嬉しそうな表情をしてみせる。
「フラれるも何も僕にとって瑞穂は手のかかる妹みたいなものだよ」
「その気持ちがわからないんだよな。瑞穂ちゃんみたいな幼なじみがいて何で他の女に目がいくかなぁ」と祐介は首を捻ってみせた。
「僕こそ、あんなわがまま娘に夢中になってしまった祐介の気持ちの方がわからないよ」と和美はカシスソーダを半分くらい飲んだ。普段、和美は決してそんな飲み方をしない。
「瑞穂ちゃんは少なくとも俺の前ではわがままじゃなかったよ。本当の瑞穂ちゃんがわがままな女の子だったら彼氏の前では本音を見せられなかったんじゃないかな……。俺もそうだよ、瑞穂ちゃんから本音を引き出してあげられなかった。まぁフラれて当然だったのかもしれないな」
「僕には本音を隠してつきあっている瑞穂の気持ちがわからない……」話している内容とは裏腹に和美の言葉は弱弱しく響いた。
「和美、瑞穂ちゃんを幸せにしてやれよ」祐介は絞り出すように言うと顔をゆがませ天井を仰ぐ。
「僕だって瑞穂には幸せになって欲しいと思うよ」と言い返すのが今の和美には精一杯だった。