透明度ゼロ
こんにち、誰かに見られていないことなどほぼ無くなった。それはリアルでの“自分”然り、ネットワークの言葉然り。特にネットワークでは自分の顔を知られずに誰かと言葉を交わることができる世になり、自己顕示欲が高まったような気がする。
それはまた、彼も同じで。
「おはよう。今日もイイ天気だぜー!」
クラスメイトの明るい声に、同じように明るく答えなければいけない。一緒に楽しまなければいけない。それが堪らなく、つらい。
「お前は本当に呑気だよなー。今年から俺たち、受験生だぜ?」
「わーってるよ!」
呑気なわけがない。彼らに見せている姿が、彼の“本当の姿”だと思っているのだろうか。だとすれば滑稽だ。いつ、彼は君たちを信用に足る人物だと言った?そんなわけこと、言うわけがない。
私は携帯電話を起動させる。あるSNSを開いて画面をスクロールした。新しいコメントがつらつらと流れてくる。一番新しいコメントは、ナイフのようなものだった。めった刺しにされそうな冷たさを彩っている。
思わず笑ってしまった。よくもまあ、あんな笑顔でこんなコメントを作れるものだ。目の前でそんなことを文字の中で言われているとも知らない彼の友人は、馴れ馴れしく彼の肩を叩いている。彼の友人にこのコメントを見せたら、彼らはどんな表情をするだろうか。
「ギャハハハ!!」
不快な笑い声だ。その声でこのコメントを言ってほしい。
誰も知らない彼の顔。仲間だと思っていない彼の顔。冷たく鋭い彼の顔。文字の世界でしか己を曝け出すことのできない愚かな彼。
とまあ、こんな風に綴っている私も、愚かな人間の一人なのかもしれない。




