道化
「いやぁ、懐かしい面が揃ったもんだ」
「健太が同窓会に来るなんて思ってなかったよ。土方の仕事大変なんでしょ?」
「おう、見ろ雄二、この隆々とした筋肉を」
「すごい、健ちゃんマッチョになったねぇ」
「美緒ったら、最近プロレスにハマり出したのよ。すっかり筋肉フェチになっちゃって。見てよ、目を輝かせてるわ」
「そういえば明里は、美緒と同じ大学なんだっけ」
「そうよ。美緒、こんな見た目だから男がうじゃうじゃ寄ってきて、傍にいる私ももう大変なのよ」
「高校の頃から美緒はモテモテだったもんな。今だから言うけど、俺も好きだったんだぜ」
「え、そうなのぉ?」
「ダメよ健太、美緒には彼氏いるんだから」
「そういう明里はどうなのさ?彼氏とか」
「私は……」
「明里ちゃんね、まだ光弘くんの事引きずってるみたいなの。あれから4年も経ったのにねぇ」
「あの頃はいつも5人でつるんでたもんね。ホント懐かしいよ」
「せっかく集まったんだし、明日にでも墓参り行こうぜ」
「そうね。私たちの近況を知らせないとね」
「……」
「どうしたの、雄二くん。黙りこくって」
「光弘は、どうして死んでしまったのかな」
「忘れちまったのかよ雄二。光弘は文化祭の日の夜、学校の階段で足を滑らせたんじゃないか」
「あの時、打ち所が悪くなかったら、今もきっと……」
「あぁ、泣かないで、明里ちゃん」
「あれは、事故だった。警察はそう言って片づけたけど……本当に皆そう思う?」
「どういう意味だよ雄二」
「僕はどうも、納得がいってないんだ。なにかが引っかかるというか」
「事故じゃないなら、なんだって言うの?他殺だとでも言うつもり?」
「その可能性もあるんじゃないかと、僕は思ってる」
「待てよ、あの時あの場所には、俺たち5人しかいなかったんだぜ?」
「つまり雄二くんは、この4人の中に犯人がいるって思ってるのぉ?」
「だっておかしいじゃないか。僕は光弘の後ろにいたから分かるんだけど、あの時光弘はしっかりと手すりを握っていたんだ。あの状態で足を滑らせたとしても、一気に下まで落ちるなんてことはあり得ない。せいぜい尻餅を付くぐらいさ」
「手すりを握ってた?俺も後ろにいたけど、そんな風には見えなかったぜ。そもそも真っ暗だったし」
「僕は暗闇に目が慣れていたんだ」
「どういうことなの?」
「あの時は文化祭の後夜祭のあとで、僕たち5人は教室に置き忘れた荷物を取りに戻ったんだよね。その時校舎の明かりは消えていた。教室に入った時、健太達は電気をつけたんじゃない?」
「忘れ物を探すために、確かに付けたな」
「暗順応と言って、いったん目が光に晒されると、しばらくは暗闇がよく見えなくなるんだ。僕と明里は教室の外で待っていたから、暗くても大体のものは見えた」
「確かに、あの時はそこまで真っ暗ではなかった気がするわ」
「じゃあ明里ちゃんは、光弘くんが手すりを握っているのを見たの?」
「いいえ、私は光弘の前を歩いていたから」
「光弘の後ろにいたのは確か、俺と雄二だけだったはずだ。つまり雄二は、俺が光弘の背中を押したとでも言うのか」
「いや、一概にそうとは言えない。背中を押すぐらいでは落ちないだろうと思う。手すりを握っているしね。それに、もし健太が押したのなら、僕にはそれが見えたはずだ」
「じゃあ一体どうやって……」
「例えば、足を引っかけるとか」
「ちょっと待ってよ。前を歩いていた私たちのどっちかがやったっていうの?それに、手すりを握っていたのなら、それこそ足を引っかけたって落ちやしないんじゃないの?」
「いや、人間は足を引っかけられて転びそうになった時、反射的に手が前に出てしまうんだ。その時に手すりを放してしまったんだと思う」
「それは後ろから押された時も同じじゃないの?」
「背中を押された場合には足が出るんだ。逆に足を引っかけると、前に足が出せないから、手で体を支えるしかない。反射っていうのは、頭で考える前に体が反応してしまうものだ。そこが階段だと分かっていても、どうしようもなかったんじゃないかな」
「光弘は足を引っかけられて階段から落ちた……それができるのは光弘の前にいた明里と美緒だけって事か」
「わ、わたしやってないよぉ」
「私だってやってないわよ。そもそも、光弘を殺す理由がないじゃない」
「……そういえばあの時、明里ちゃんは光弘くんと喧嘩してなかった?」
「え……た、確かにしてたけど」
「あの時一緒に教室に入らなかったのも、光弘くんとの喧嘩が原因じゃなかったっけ」
「そうだけど……でも、あんなちょっとした喧嘩で、殺しまでしないわよ」
「僕は、明里じゃないと思う」
「どうしてだよ、雄二」
「明里は、光弘が好きだったよね。皆が教室にいる間、僕たちは少し話をしていたんだ。光弘が好きだけど素直になれない、確かそんな話だったよね」
「……うん」
「あの時話を聞いて、本当に好きなんだなぁって、実感したよ。愛憎の悲劇なんてものはよくある話だけど、明里のはそんなんじゃなかったと思う」
「っていう事は……わたし?」
「美緒こそ動機がないよな。あの時も美緒には彼氏がいたし、喧嘩とかもなかったし」
「そうだよぉ。私も光弘くんは好きだったけど、それは友達としてだし」
「そうだね。美緒も違うと思う」
「おい雄二、じゃあなんだって言うんだ。この中に犯人がいるっていう話じゃないのかよ」
「さぁね。あれは事故ではない可能性があるかもっていう事を言いたかったんだ、僕は」
「なんだよ。殺す理由が誰にもないんだったら、事故に決まってるじゃんよ。ドキドキして損したぜ」
「せっかくの同窓会なのに、皆を疑うようなことしたくないわ。話題変えて、飲み直しましょ」
「ごめん、今更こんな話して。僕はそろそろ帰るよ。明日早いんだ」
「えぇ、もう帰っちゃうのぉ」
「おいおい、これからって時に」
「お墓参りはどうするのよ」
「ごめん、今度改めて、一人で会いに行くことにするよ」
「雄二のやつ、あんな後味悪い話だけ聞かせて帰りやがって」
「そうだよねぇ。そんな事考えてたのなら、どうしてあの時警察に言わなかったんだろう」
「きっと動転してそんなこと考えられなかったのよ」
「そうかもな」
「そういえば雄二くんは、高校の時からずっと、明里ちゃんの事好きだったんだよねぇ」
「え……そうなの?知らなかったわ」
「雄二くんはあんまり感情が顔に出ない人だからねぇ」
「あの日教室の外で、明里の愚痴を聞かされてたみたいだけど、雄二はそれ聞くの結構辛かったんじゃないか?」
「そっか……。だからあの時、しばらく帰ってこなかったのね」
「えぇ、どういうことぉ?」
「私が相談してたら、急にトイレに行くって言って、10分くらい帰ってこなかったのよ」
「10分もか?大便にしても長いな」
「ちょっと、食事中よ」
「もしかして、トイレにこもって泣いてたんじゃないのぉ?」
「まさか。そんな弱いやつじゃないだろ」
「そういえば、帰ってきた時、雄二の様子ちょっと変だったかも」
「どんなふうに?」
「どこかよそよそしいと言うか」
「……」
「どうしたのよ健太」
「トイレって、下の階のを使ったのか?」
「そうね、確か下に降りて行ったわ。そっちのほうが近いし」
「……その階段、光弘が落ちた階段だよな」
「……何が言いたいの?」
「いや、10分もあれば、階段に何かを仕掛ける事が出来たんじゃないか、と思って」
「何かってなによ」
「足を引っかける事が出来る何か」
「……まさか。もしそうだとしても、私たちも同時に階段を下りたのよ。そんなことしたら、誰が引っかかるか分からないじゃない」
「覚えてないか。光弘は階段を使う時、あの日以外でも、必ず手すり側を歩いてただろ」
「確かに、そうだったかもぉ」
「しゃべりながら歩く時、普通は人の真ん前や真後ろには行かないだろ。話しやすさを考えれば、横、斜め前、斜め後ろってのが普通だ」
「考えてみれば、階段を降りる時、私たちは光弘に合わせて手すりを使う事があまりなかった気がするわ」
「そうなると、光弘が通るところを予測して、仕掛けを作るのは簡単だろ」
「でも、殺す理由が……」
「それは今話してたじゃないか。雄二が好きな明里が、光弘を好きで、それを雄二に相談する。辛かったんだろう、光弘がいなくなればいい、とでも考えたんじゃないか」
「そんなぁ……」
「でも、じゃあなんで雄二は、この話をしたの?自分が犯人なら、あの件は他殺の可能性がある、なんて言い出すのはおかしいじゃない。わざわざ蒸し返さなければ、ずっと隠し続けていられたのに」
「……確かにな。なんでだ」
「気づいて、欲しかったのかなぁ……」
「え……」
「きっと辛かったんだよぉ。光弘くんを殺してしまった事実を、一人で抱えているのが」
「言えばいいじゃない。辛いんだったら、正直に。わざわざ皆を疑心暗鬼にするような真似までして……」
「言えないだろうな。特に明里には」
「そうだよぉ。明里ちゃんが好きな、光弘くんを殺しちゃったんだから」
「ちょっと、待って待って。まだ雄二がやったと決まったわけじゃ……」
「あ、メールだ……雄二くんから」
「ん?俺もだ」
「……私も?」
「これ……なんだ?」
「罪を償う、って書いてあるわ」
「やっぱり、雄二が」
「ねぇ、これ、遺書、のように見えるんだけどぉ……」
「まさか、自殺する気か雄二」
「止めなきゃ」
「ねぇ、救急車の音、聞こえない……?」