第二話 天雷
更に半日後――
掃討が進むにつれて拠点は前進していく。
そのたびに次のコンテナまで、
荷物を移動させることになる。
フレアとレイシャは運搬に駆り出されて、
大荷物を運び続けていた。
拠点では多くの傭兵が身体を休めている。
作業自体は予定通りに推移しているのか、
エンリックはほとんど何もせず、
設備の一つに腰をかけて戦場を見ている。
(長期戦になっていますね)
戻ってきたフレアが言う。
(やはり私が……)
(堪えろ。エンリックも言っていただろう)
(本当にそれでいいのでしょうか?)
(何か見えているのか?)
(この状況、あなたはどう見ていますか?)
(少なくとも三百体以上の貪狼は狩った。
個体数は半減しているはずだ。
女王個体の討伐報告も五回入っている。
だが群れは全く崩壊していない)
(奇妙です)
僕は頷く。
(女王を失っても他の群れに吸収されて、
連携が維持されることはあるけれど、
ここまでスムーズに進むものじゃない)
(つまり五体の女王は、最初から、
群れの王ではなかったのですね)
(複数の群れが集まり、
女王健在のままで一体化する時、
そのうちの一体が更に大型化し、
全体の王になることがある。
僕たちは貪狼太母と呼んでいる)
太母討伐――
失敗を補ってあまりある成果だ。
(それは女王以上に危険では?)
(傭兵たちも分かっている。
だから自分たちだけでやりたがっている)
どこから出現してもいいように、
警戒しながら探索を進めている。
あれなら不意を突かれることもないだろう。
有利な戦場でなら女王に勝てる連中だ。
(奴らもお前の手は借りたくないだろう。
死人が出るまでは様子を見るしかない)
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
二時間後――
(順調に進んでいるようですね)
貪狼をほとんど狩り終えたか、
傭兵たちは次々に戻り、
落ち着いていながらも、
高揚した様子で補給し、
一休みすると戦場へ跳び去っていく。
その様子を僕たちは見ていた。
(そろそろ太母狩りが始まるな)
拠点はあれから三度引っ越しを繰り返し、
前線が遠望できる地点まで到達していた。
女王は計七体、全て討ち取られたが、
どの死も群れに影響を与えなかった。
残った貪狼は壁際に集まっている。
その背後には奥に続く洞穴がある。
向こうは別フロアかもしれないが、
この劣勢で逃げ道があるのなら、
もう逃げ去っているはずだから、
どこにも通じていないのだろう。
だが構造はどうだろうか。
十分に加速距離をとれる広い空間なら、
傭兵たちも本領を発揮できる。
だが閉所では太母の巨体を避けきれず、
まとめて潰されてしまう可能性もある。
集まった二十人近い傭兵は、
遠巻きに貪狼を叩いている。
決して深追いすることなく、
外にいる個体を削っては大きく距離を取る。
貪狼は挑発に乗らず守備から離れなかった。
だがそれでも反撃を返そうとするたび、
僅かに前進してしまう。
そして道が開いた瞬間、
加速した三人の傭兵が洞穴に飛び込む。
残る傭兵も少し遅れて続くが貪狼に阻まれる。
(三人で討ち取るつもりでしょうか?)
(そんなつもりはないだろう)
(なぜそう言えるのですか?)
(本気ならハリー・ケインも入っている。
奴が外にいるなら決着は外でつく)
数十秒後――
中から三人が飛び出してくる。
勢いのままに貪狼を蹴散らし、
そのまま空中に跳び上がった。
彼らを追うように真っ黒い煙が噴き出す。
(煙幕でいぶし出すつもりか)
貪狼たちも混乱しているようだ。
中に入ろうとしては煙に足が止まっている。
しばらくして煙の噴出が止まる。
だが太母は出て来ない。
煙を止めたのか。
(対応したか。知恵が回るじゃないか)
次はもう同じ手は通じないだろう。
となると危険な戦いになるはずだ。
待ち構えている敵の前に、
少数で飛び込み続けることになる。
(いえ、出ようとしてはいるようです)
フレアはじっとその穴を見ている。
(どういうことだ?)
(煙が止まったのは、
単に隙間がないからでしょう。
引っかかっているようですね)
しばらく貪狼が遠巻きに見守る。
出て来た傭兵たちは高所に降り、
様子を見守っている。
(出られないのか?)
(しばらくかかるとは思いますが、
少しずつ進んでいますから、
もうすぐ出て来るでしょう)
今ここで攻め込めば勝てるだろうが、
傭兵たちは待ち伏せを警戒したのか、
太母の様子を見ることにしたようだ。
(通りましたね)
その間に太母は死地を脱した。
身体を押し込みきったのだ。
次の瞬間、巨体が穴から飛び出した。
千載一遇の機会は失われ、
傭兵たちの戦いが始まる。
太母の進行方向から素早く散ると、
四方八方から動きを止めにかかる。
鉄球がついたロープが足に絡み、
投擲された鉄槍が毛皮に刺さり、
毒液袋が顔面に当たって破裂する。
遠距離からは小ぶりの鉄塊が投げつけられる。
そのほとんどは意味をなさないが、
僅かに太母の動きを鈍らせた。
残った少数の貪狼が一斉に動き始める。
はっきりとした目的のある動きだ。
妨害役の傭兵を排除しようとしている。
群れは一個の生物だった。
一瞬で一人を囲い、一瞬で体勢を崩すと、
確実にダメージを与え、次に向かう。
そのたびに囮になった数匹は脱落するが、
確実に傭兵を落としていく戦術だ。
最終段階の王に手足となる同種を残せば、
こうなることは分かっていたはずだ。
狙われた傭兵は負傷し、武器を失い、
為す術なく戦闘力を奪われる。
その中で戦い続ける傭兵が一人。
大嵐のハリー・ケインだ。
人が剣を振っているのか、
剣が人を振っているのか。
大地の上を跳ね回るような大剣の大嵐。
全身と剣の重力方向を瞬間ごとに反転させ、
人間には不可能な運動を実現している。
これを人剣一体の境地というのだろう。
強振される巨大な剣は一撃必殺だが、
一振りするたびに僅かな隙ができる。
彼ほどの技量でもそれは変わらない。
だが無傷だ。
貪狼たちはその隙をどういう訳か見逃し、
その斬撃をなぜか受けてしまうのだ。
まるで大人しく順番を待って、
自ら斬られに行っているようだった。
理解不能の技だった。
肉体も気の操作も相当衰えているはずなのに、
圧倒的な技の冴えが全てを凌駕している。
まるで舞台上で演じられる殺陣のように、
ハリー・ケインの大剣が大きな弧を描くたび、
斬られるためにいるかのように貪狼が散る。
大剣と共に踊り狂いながら、
老人の目は常に太母を窺っている。
太母もハリー・ケインを脅威と感じたようだ。
尾の一本がふわりと持ち上がると、
一瞬で地を叩く。
だがハリー・ケインの姿はそこにない。
ばしばしと叩く尾は全て空振る。
速度は完全に上回っているのに、
一発も当たらないのだ。
老人はその全てを紙一重でかわしながらも、
一瞬たりとも足を止めず、
太母への突撃機会を窺っているようだった。
十数回、尻尾を振り回した後、
太母は老人を睨み、鬱陶しそうに唸った。
三本の尾全てがゆらりと持ち上がり、
次の瞬間、三方から襲いかかる。
太母は本気だ。
横からの薙ぎ払いに、頭上からの振り下ろし。
跳躍して避けるしかない交差攻撃だ。
だが跳べば突きの構えの三本目に落とされる。
死んだ。
そう思うしかなかった。
だが老人は後方に急加速していた。
僕は目を疑う。
一瞬で尾の攻撃圏から抜けていた。
何をした?
次の瞬間、気付く。
尾に払われた大剣が地面を転がっていく。
ハリー・ケインは振り回していた大剣を、
その場に放り捨てていた。
全身のバラストも全て切り離されている。
身を軽くして剣を踏み台に跳躍したのだ。
だが装備なしで?
武器もなく浮いた状態では小回りは利かない。
太母はその瞬間に跳躍体勢に入っていた。
両の前足で確実に引き裂くつもりなのだ。
その一撃は逃げる老人を確実に捉えるだろう。
そこで僕は気付く。
(上か!)
(そのようですね)
太母が老人に飛びかかろうとした瞬間――
天からの雷光のような一撃が太母の巨体を襲う。
遠距離から超加速を果たした傭兵だ。
絶大な速度に到達した斧が首にずぶりと刺さり、
そのまま振り抜かれた。
半ばを断たれた首元から血が噴き出す。
自らの重みで残った毛皮を裂きながら、
太母の頭部が地に落ちた。
という訳で一章からの改稿で入れたベルト住民の超能力の詳細でした。
上位傭兵の重力軽減量はおおよそ戦闘態勢で0.5G、
瞬間的な最大値は0.8Gで想定しています。
また少しだけ力の方向を斜めにずらすことで横方向に加速しています。
月面を歩く宇宙飛行士(少し横加速)みたいな感じでご想像ください。




