第七話 責任の在り処
少しずつ大きくなる喧騒の中、
エンリックが前列に出てくる。
「いい勝負だった。勝敗は決まったが、
どちらが勝ってもおかしくなかった」
エンリックの言葉の端々に反応して、
喚き出そうとする者もいたが、
エンリックは押し被せるように言う。
「私は誰かが力不足だったとは思わない。
誰かに責任があるとは思わない。
誰もが持てる力を尽くしたから、
こうして全滅せずに済んだ。
そう思っている。
戻らないものもあるだろう。
問いたい失敗もあるだろう。
だが今、何よりも先にするべきことは、
こんな不幸が二度と起きないようにすることだ」
あの数の貪狼が最初からいたなら、
警戒を解くこともなかっただろう。
拠点を整備し終わり、
周囲に敵の姿もなく、
気が緩んだところを突かれたから、
大きな被害を受けてしまった。
貪狼はどこかに隠れていたか、
どこかから侵入してきたのだ。
「地図を作り直そう」
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
「最初に入る班は戦士四名以上を必須とする。
調査班は安全が確保されてからだ、いいな」
班の数を増やすほど探索は早く終わるが、
人数を分けるほど一つの班は弱くなって、
襲われた時の抵抗能力がなくなっていく。
「少しでも異常を感じたらすぐに引き返せ。
ハリー・ケイン、お前に死なれては困る」
エンリックが言う。
「たりめえだ。戦う元気なんて残ってねえ」
大剣を担いだ老人が応じる。
そして隣に立つ大斧を背負った男に言う。
「ジェイ、お前こそだぞ。
逃げられる時は逃げるのが一流だからな」
「言われるまでもない」
大斧の男は頷く。
彼がもう一つの班のリーダーらしい。
そして老人はエンリックを見返す。
「エンリック、俺たちはクタクタなんだ。
ここはお前の顔を立ててやるが、
探索から帰ってきた時に、
まともな食事と寝床がなけりゃ、
俺たちは何をしでかすか、分からんぞ」
傭兵たちは乾いた糧食を噛み千切ると、
気だるげな動きでゆっくり立ち上がる。
「我々も行こう」
護衛班のリーダーも腰を上げた。
怪我の重い一人を除き、
全員が立ち上がる。
「すまないな」
エンリックは壁に描かれた地図を指す。
「巡回路はここに書いたとおりだ。
三班とも出る前に確認してくれ」
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
動ける戦士たちが出発した後――
(私は出なくてよかったのでしょうか?)
(今はここで待てばいい)
(どういうことですか?)
(魔物が群れで来たなら、
あの人数では戻れない。
お前に期待されているのは救援だ。
一騎当千の援軍が来ると分かっていれば、
無理に突破を狙う必要がなくなり、
生存率も一気に上がる)
(そういうことですか)
(それに戦力を残しておく必要もある。
手薄なここを狙われれば終わりだ)
(確かにそうでしょうね)
(フレア、お前の感覚で、
ここにはまだ魔物が残っているのか?)
少女は少し考えて頷く。
(敷地内にはほとんどいませんが、
地下深くには相当の数がいます。
逃げた貪狼も地下に向かっているようですね)
(地下に通じる道があるのか)
(はい)
(見逃していたということか)
(それは分かりませんが……
貪狼が通れる道があるのは確かです)
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
五時間後――
戻ってきた大斧は怒り狂っていた。
斧を振り回して怒鳴る。
「誰だ! 殺してやる!」
他の班員も似たようなものだ。
今にも暴れ出しそうな形相だ。
「順番に説明しやがれ。何があった?」
既に担当範囲の探査を終え、
帰ってきていた老人が立つ。
「くそ小せえ扉だ。
奴らはそこから逃げ出してたよ」
大斧の男は吐き捨てるように言った。
「貪狼の出どころがわかったのか」
「ああ」
「封鎖したんだろうな?」
「鉄屑を集めて塞いだ。
しばらくは大丈夫だ。
だがよ、問題はそこじゃねえ」
「何だってんだ?」
大斧の男はぎらりと拠点の奥、
たむろす技師たちを睨みつけ、
それから告げた。
「蓋がトーチで焼き切られていたんだ!
錆びて動かなくなっていた蓋を、
どこぞの馬鹿が強引に壊したんだ!
そいつが一言吐いてりゃ、
塞ぐだけで何もかもが終わってた!
そいつが黙ってたせいで、
死ななくていい奴が何人も死んだ!
許せねえ! 絶対に許せねえぜッ!」
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
トーチとは金属を溶断する道具だが、
運用には可燃性の気体が不可欠だ。
それを管理していたのは技師だった。
その利用記録は詳細に残されており、
そこで作業していた者の名前は、
すぐに判明した。
中堅の技師だ。
技師街でもそれなりの地位にあって、
知識も十分にあったはずだし、
腕もおそらく悪くはなかっただろう。
彼は五日前に死んでいた。
「おいおい、誰も知らねえのか!
あいつ一人でやったってのか?」
生き残った技師たちは沈黙で答えた。
その男の行動について、
自分たちは何も知らぬと返したのだ。
「一人で大事なガスとトーチを持って行き!
一人であの鉄の蓋を焼き切ったってのか!」
「手助けをした者もいたかもしれない。
だが少なくとも、今ここにはいない。
全員がそう証言した」
技師の長が答える。
「だんまりを決め込んだ奴がいねえと、
なぜ言いきれる! 庇おうってのか?」
「知りえぬことは答えようがない」
いきり立つ大斧と受け流す技師の長。
エンリックは告げた。
「後にしろ。扉の封鎖が先だ」
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
扉の下には長い階段が続いていた。
こういった扉の奥は、多くの場合、
垂直に深い大穴があるだけで、
魔物が出て来ることはないけれど、
たまにこうして階段があって、
翼のないものも通れるような、
階層の上下を繋ぐ道になるらしい。
レイシャは少し降りて踊り場に立ち、
階下からの襲撃に備えていた。
武装は小剣が二振りと、
投擲用の金属塊が一山。
しっかり眠って身体は快調だ。
見上げる扉の傍では、
技師たちが店を広げ、
開閉機構の修復を始めている。
部品が揃えば、あまり時間はかからない。
作業が終わるまで階段を守るのが、
レイシャの役割だ。
隣には彼女がいた。
茜色の少女だ。
自然体で立ち、階段の下を見張っている。
でも心は別のところにいるみたいに、
まるで隙だらけだった。
「なあ、後悔してんのか?」
レイシャは尋ねた。
「何を、でしょうか?」
茜色の少女は首を傾げる。
「随分と殺っちまったよな」
「ためらえばここにいる皆が死んでいました」
「そりゃそうなんだが、いいのかよ」
「別に初めてな訳ではありませんし、
もしも、そんな時が来たら、
そうしようと決めていましたから」
フレアは微笑む。
優しい人だ。
本当にそう思う。
分かってて、許してて、認めてる。
命を奪うことの意味が分かってて、
それでも、やらないでおきたいと、
そう思っている。
でも、誰かにひどいことをされたから、
自分はそういうことをしたくない、
という感じじゃない。
あのラッカードという男はたぶん、
そういう感じな気がするけど――
何かをされた側だったら、
こういう風にはなれない。
たぶん、逆だ。
生まれながらの強者――
フレアは最初から強かった側なのだ。
たぶん、物心ついたころには、
大人も軽く超える力があったはずだ。
その気になれば人を殺せるぐらいに。
でも、そういうことにはならなくて、
たぶん誰もそうさせなかった。
だから、こうして、
悪いことは悪くて、
でも悪いことでもしないといけない時がある、
そういう風に思うことができている。
その矛盾をやましいことだとも、
正しいことだとも思っていない。
少しうらやましい。
そう思ってしまう。
「あの剣の技はすばらしかったですね。
実戦なら私の命はありませんでした。
最初から狙っていたのですか?」
「まあな、あれからずっと考えていた。
どうすれば勝てるかってな。
出てきたら受け技、
守りに入ればあれ。
結局この二つの技だけが残ったんだ」
「あれはあなたが考えた技なのですか?」
「へ、鋭いじゃねえか。
そうだったら本当に誇れるところなんだが、
仕込みから全部、マシュー爺の秘剣だよ。
守りに入った敵をこじ開ける三つ又の剣。
人前で見せたって言ったら怒るだろうな」
殺す相手以外には見せるな。
きつく言われていたのに、
これ以外ないと思ったら我慢できなかった。
あれで勝ったと言えるのだろうか。
勝ったのはマシュー爺の剣なのではないか。
レイシャは少し自分の勝利に疑念を感じる。
だが少女はそこで首を振る。
「まさか。知識を継いでくれる人がいるのは、
とても嬉しいことです」
「そうかなあ?」
「それはもう!
マシューさんも喜んでくれると思います」
フレアは朗らかに笑う。
そう言われるとそんな気がしてくる。
「いやーそうかなー! うん、そうだな!」
つられて口に出して肯定してみると、
不思議な満足感があった。
「はい」
フレアは力強く頷く。
「ふへへ」
あ、変な笑いが出た。
ま、いいか。
「機会なんてないと思っていた王狩りもできた。
あんたともまた戦えたし、勝てちまった。
本当にいい気分だぜ。もう心残りはねえ」
「それはよかったです」
フレアは微笑んだ。
「なあ、あんたの技は自分で考えた奴なのか?」
レイシャは尋ねる。
フレアは答える。
「いいえ。私も、ロデリックの戦い方から、
自分にできることを真似ています。
あの人の技には少し、
自分の命を天秤にかけるところがあって、
そんなところは真似しないようにしていますが、
私が考えた部分はほとんどありません」
「ふうううん」
やっぱり分かってるんだ。
少しだけ見直す。
もっと鈍感だと思ってた。
あのラッカードとかいう男は、一見すると、
常に策を練り安全圏で行動している風だが、
よく見ていると賭けに出ていることが多い、
破滅しないでいられるのが不思議な性格だ。
でもそれが分かっているのなら、
フレアは、あんな危険な男と、
どうして一緒にいるんだろう。
ふとそんな疑問を感じ、
そして答えを思いつく。
「な、なあ、あんたってさ、
あいつと、その、付き合ってんの?」
フレアは目を丸くして、
それからくすくすと笑った。
「まさか!」
「でも一緒にいるんだろ?」
「単なる友人です」
「ほんとに?」
「本当です」
呆れ顔でバッサリ否定された。
でもどう見たってただの友だちなんかじゃない。
そんなことは二人の様子を数日でも見ていれば、
誰にでも分かることだった。
では攻め方を変えてみよう。
「じゃあ、どうやって、その、知り合った訳?」
そうするとフレアの勢いが鈍る。
もしかして弱点を見つけた?
出会いに何か面白、いやいや、
大事なことがあったのかも!
「そう言われても…… 偶然会っただけで……」
どうしようかな。
あんまり言いたくなさそうだけど、
本当に嫌そうな訳じゃない感じ。
恥ずかしいこと、とか?
……ここは押していくぜ。
「さ、参考まで。ちょ、ちょっとだけ!」
レイシャの勢いを見たフレアは、
ため息をついた。
「少しだけです」
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
「は、はえー」
彼女の話は似ているようで似ていなくて、
でも、どこか、やっぱり同じだと感じる、
そんな物語だった。
都市を出た幼い彼女が、
荒野を彷徨っている時に出会った奇妙な少年。
どこか突き放すような、でも親切な振る舞い。
ぶつかることもあって喧嘩することもあって、
でも、だからこそ信じられて、
困った時に頼ることもできる。
「不思議な人です。
優しくないのに優しくて、
嘘つきなのに信じられる」
フレアは微笑む。
「別にそんなに長く一緒にいた訳でもありません。
今だって久しぶりに再会して、ついでに、
ちょっと一緒に仕事をしているだけです」
「へ、へえええ……」
レイシャは聞き入るしかなかった。
確かに恋の言葉とはちょっと違う。
でもそれ以上に近い感じ。
こういうのを何と言うのだろうか。
「そ、それで、こ、これからのことは?」
「特に決めてはいません。
また一人旅に戻るのかもしれませんし、
もう少し一緒にいるのかもしれません。
それは私、というよりは、
彼の考え方次第でしょう」
それってラッカードがそのつもりなら、
ずっと一緒にいたいってこと?
だよな……
人と変異持ちが共に歩むのは、
人にとってこそ厳しい選択だ。
フレアはそのことを分かって、
そう言っているのだ。
でも、それでも、うらやましい。
どうしても、そう感じてしまう。
「あのさ、もう少しだけここにいたいんだ」
レイシャは心を決めて言う。
フレアになら話してもいい。
そう思えた。
「それは、仕事の責任ということですか?」
その通り、分かってるじゃねえか、などと、
誤魔化してしまいそうになる弱気を抑えて、
レイシャは勇気をふりしぼる。
「それもないことはないけど……
ちょっと気になることがあって、
フレアに相談があるんだけど、
す、少しだけ、時間、いいか?」
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
それからしばらくして――
僕は状況を整理してみる。
技師が七人がかりで扉を本格的に封じた後、
エンリックは砦の立て直しにとりかかった。
その後、幾つか地下に通じる扉が発見され、
全てに技師たちの手で鍵が取り付けられた。
全ての扉を監視する順路が決められ、
戦士たちが定期的に巡回するようになった。
確保された補給路を通って物資が搬入され、
砦に積み上げられていく。
運び屋と護衛は往復で休む暇もないようだ。
広場にはテントが立てられ人が増えていく。
僕たちは主に雑用だ。
分解して運ばれてきた設備を組み立て直し、
消耗品を整理して、倉庫の棚に収めていく。
あれから魔物の襲撃はなく、
フレアも今は僕の手伝いをしていた。
巡回の当番ではなく手の空いた戦士たちは、
身体を休めながら武具の手入れをしている。
次の戦いはもうすぐだと分かっているのだ。
戦士と技師の関係は冷えきったままだ。
技師たちは疑惑を晴らすことなく、
エンリックもそれを黙認していた。
彼が技師側の陣営だからだろうか。
らしいのか、らしくないのか、
どうにもよく分からない男だった。
そしてゴルドーという老人。
彼は決闘が決まった辺りで、
つまらなそうに場を去って、
二度と出て来なかった。
今も奥に引きこもったまま、
数人の仲間と共に何かしているようだ。
ここの命令系統には属していないのだ。
そして、その日――
拠点として整備された広場に、
多数の取り巻きを引き連れて、
ジョセフ・カーウィンが来た。
これからはここが最前線の拠点になる。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
「安全確保が終われば、
地下の探索を始める。
領域ごとに分担し、
広く分散してもらう。
班は好きに組めばいいし競ってもいいが、
他の邪魔をして仕事が進まなくなるなら、
どちらにも罰を与える。
罰を与える権限はエンリックに託す。
エンリックが判断できるなら、
責のある者のみに罰を与えよ。
動力の伝う道の始まりを探ってくれ。
到達者には十分な褒賞を約束しよう」
集まった男たちの前で、
ジョセフはそう言う。
エンリックが続けた。
「色々なことがあったが、ここからが本番だ!
この先はまとまって動くより、
散らばって薄く広く遠くまで、
足を伸ばす方が目標に早く手が届く。
だから少数で、
ばらばらになっていこう。
水に流せと言う気はもうない。
だが避けていけばいいんだ。争う必要はない。
さあ探索者の諸君、本当の探索を始めよう!」
四章 迷宮探索の始まり 了




