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第六話 決闘再び



「なんであたしが戦うことになってんだ?」


 寝入りばなに叩き起こされたレイシャは、

 老人の説明を聞いて、不機嫌そうに言う。


「こういうの、嫌いじゃあねえんだろう?」


 禿頭の老人はとりなすように言う。


「力較べはまあ、そうだけど」


 緑鱗の少女はからりと呟いた。


「ひと月前に負けてんだよな」


 老人は目を剥く。


「な? お前が?」


 老人の小声の確認に、

 レイシャは頷く。


「圧倒的だったよ」


「そのことをあいつらも知ってるのか?」


 老人は焦りを隠さず、

 他の変異持ちを見る。


「ここではこいつらだけだ」


 レイシャが僕たちを指す。

 老人はほっとしたように息を吐くと、

 低い声で言った。


「ならもう一度やってくれねえか?」


「あんだと?」


 レイシャは威嚇するように唸るが、

 少しして考えを変えたようだ。


「まあ、もう一勝負も悪かねえが、

 フレア、お前はどう思ってるんだ?」


 フレアは静かに告げる。


「私は、そのつもりです」


 レイシャは老人と僕の顔を見て、

 遠くに立つエンリックを一瞥し、

 それから周囲を見渡して、

 小さく吐き捨てた。


「へ、そうかよ、らしくねえな」


 しかし文句を言いながらも、

 やる気になってきたようだ。

 ゆっくり立ち上がると拳を強く握りこむ。


「なあ、フレア、あん時、手加減したな。

 何発食らったか覚えてねえんだが、

 女王を殴った一撃の威力はなかったぜ」


「あれは大振りすぎて、

 あなたには当たらないでしょう」


「どうだかな。

 今日は武器を使う、いいか」


 フレアは頷く。


「もちろん、そのつもりです」



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 三十分後――


 拠点から坂道を降りた先の広間で、

 貪狼の死骸をともかく山と積んで、

 戦える場が作られた。


 死臭漂う鋼の大地に、

 変異持ちが二人立つ。


 フレアは普段通りの軽装だ。

 レイシャも鎧を脱いでいる。


「さきほどの大槌ではないのですね」


「あんなでかぶつ当たってくれねえだろ?」


「それならできると?」


 フレアはレイシャの手にある武器を見る。

 レイシャは鋭く一振りして笑う。


「これで駄目ならどうしようもねえな」


 二人を遠巻きに見物人が集う。


「レイシャ、やっちまえや!」


「新入り! お前に賭けた!」


 勝負に本気の者もいれば、

 賭けに興じる者もいた。


「レイシャ、お前からだ」


 老人の言葉にレイシャが頷く。


「大いなる神トールハンマーの名に誓い、

 私は偽りなく真理を述べる。

 女王との戦いで最も手柄を上げたのは、

 このレイシャであり、

 フレアは手助けをしただけに過ぎない。

 私の言葉が真実ならば、憐み深き神よ、

 この戦いに勝つ力と幸運を授けたまえ」


 レイシャが朗々と声を上げる。

 慣れた調子だ。

 おそらく初めてではないのだ。


(私もあれを言うのですか?)


(事前にこの請願をするからこそ、

 勝者が正しいということになる。

 決闘を成立させるための条件だ。

 別に意味なんか考えなくていい。

 そういう呪文なんだ)


(仕方ありませんね)


 フレアは口を開く。


「大いなる神トールハンマーの名に誓い、

 私は偽りなく真理を述べる。

 女王との戦いで最も手柄を上げたのは、

 このフレア・スティールマンであり、

 レイシャは手助けをしただけに過ぎない。

 私の言葉が真実ならば、憐み深き神よ、

 この戦いに勝つ力と幸運を授けたまえ」


 澄んだ声音だ。

 言葉というより歌のような響きだった。 


「もしかして、そう呼んだ方がよかったか?」


 フレアの名乗りを聞いたレイシャは尋ねる。


「いいえ、フレアで構いません」


 平静な答えだ。


「ならいいんだけどさ」


 二人が請願を終えると老人が言う。


「ならばここに決闘を始める。

 立会人はハリー・ケイン。

 勝敗の決着は降参の宣言か、

 十を数える間に立ち上がれなかった時だ」


「それでいいぜ」


「それで構いません」


 老人は二人の返答を聞くと、


「開始の合図だ」


 盾を二つ構え、打ち鳴らす。

 響く打音と共に決闘は開始された。


 フレアはその場で腰を下げ、

 足と足との間を広く取ると、

 両手を胸元でコンパクトに構える。

 いつも通りの待ちに徹する姿勢だ。


 レイシャはゆらりと近づく。


 手には細く長い剣が一本。

 半身に構え、下段の剣は、

 身体の後ろに隠している。


 剣の間合いと振りの角度を隠す工夫だ。

 ロボットのセンサーには無意味だが、

 とはいえ今のフレアはあくまで、

 単なる変異持ちでしかないのだ。

 どう対処するつもりだろうか。


 僕は勝負の行方を見守る。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇





 レイシャは思い出す。


 それは遠い日のこと――


 絶対に無理だって思ってしまった時は、

 こう考えるんだ。

 成功したら最高に楽しいだろうなって。


 物語に出たかっこいい技の練習しながら、

 少年はそんなことを言って笑った。

 結局できるようにはならなかったけれど、

 最後には結構、さまになっていた。


 あの時の少年の不満そうながらも、

 誇らしげな笑顔を今も思い出せる。


 力の差は分かっていた。

 フレアは強い。レイシャより強い。


 体躯は一回り小柄だが、

 筋力はレイシャより上。

 力で押し切ることは難しいだろう。


 守りを重視した技術には隙がない。

 攻めを引き出せれば勝てるが、

 守りに専念する限り、

 速度頼りの技は全て止められてしまう。


 力も速度も決定打にはならない。


 そして最も恐ろしいのが見切りだった。

 フレアは尋常ではなく目がいいが、

 何より距離の目測が正確だ。

 どんなフェイントを挟んでも、

 手足の位置と届く範囲を把握し続けて、

 当たる打撃は弾かれてしまう。

 そんな相手に勝つ方法を、

 レイシャはまだ持っていない。


 だが、だからこそ、強く思う。

 彼女に勝ってみたいと。





 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 間合いに入った瞬間、

 レイシャが剣を放つ。


 最小限の身体の捻りで、

 軽量の刃は跳ね上がり鋭い弧を描く。

 剣先は音速を超えているだろう。


 耳を裂く金属音。

 火花が散る。

 弾いたのだ。


 フレアは手の甲を使って、

 レイシャの剣を受け流す。 


 鋼鉄製なら耐えきれなかっただろう。

 アダマンティウムの防具にも、

 意味はあったようだ。


 弾かれても斬撃は止まらない。

 即座に剣はひるがえり四方から攻め立てる。

 攻撃の密度はドラゴンレイスが上回るが、

 剣先の速度は圧倒的だ。


 だが膠着している。


 フレアは音速の剣を全て弾き返していた。

 手や足、体の末端を狙う技は、

 避けることもでき始めている。


 実際のところ、先端速度は凄まじいが、

 予備動作まで含めれば予測はたやすく、

 見えていれば接近戦より対応は易しい。


 フレアは今、学んでいるのだ。

 間合いのある敵との戦い方を。


 だが受けているだけでは勝つことはない。

 決定的なのはやはり距離――

 フレアには攻撃を届かせる手がないのだ。


 唯一の可能性は、

 受け流しでレイシャの体勢を崩し、

 大きな隙を作ってしまうことだが、

 レイシャはそれを決して許さない。

 十分な距離をとって剣舞を続ける。


 その動きは変幻自在。


 今のフレア――

 おそらく上位変異持ちの中でも上位であろう、

 あの竜人と同等の力を己に許した存在に対し、

 勝ち目があるのは、おそらくこの戦術だけだ。


 本来であればフレアはもっと強くなれる。


 あの腕力で長柄の武器でも使えば簡単に、

 巨大な間合い、速度、威力を出せるが、

 素手で間合いと威力を大幅に下げている。


 確かに手の届く距離では圧倒的だ。

 レイシャでは抵抗できないだろう。

 だが、近付かなければいいだけだ。


 レイシャはこの力関係を十分に理解している。

 止まることのない軽やかなステップの中、

 最小の予備動作で長剣を振り続けている。


 ドラゴンレイスとは少し違うが、

 より勝利に近い戦い方だ。


 一定の距離を保って、

 決して立ち止まらず決して後ろに退かず、

 踊るように回り続けフレアを削り続ける。


 フレアはその剣全てを弾きながら、

 どうにか近付いて拳を当てようとするが、

 僅かでも届く剣なら律儀に対応するため、

 そのたびに足が止まり、

 レイシャに逃げられる。


 守りが全ての頃よりは攻撃を意識していた。

 だが防御が第一であることに変わりはない。

 フレアが勝つには戦術を変える必要がある。


 だがここで勝つ意味はあるのだろうか?



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 十分前――


(ここは負ける方がいいのでしょうか?

 それとも勝つ方がいいのでしょうか?)


 レイシャが決闘を承諾した後、

 フレアは防具を確かめながら、

 僕に尋ねた。

 僕は少し考えて結論を答える。

 

(どちらが勝っても状況は変わらないよ。

 それぞれが勝者と敗者を演じるだけだ。

 確かに立場に違いはあるだろう。

 勝者になれば得られるものもあるが、

 動きを縛られることもでてくる。

 負ければ、居心地は悪くなるし、

 発言力も落ちてしまうが、

 身軽なままでいられる面もある。

 だが、まあ……

 無理にどちらかを狙うこともない。

 八百長を疑われるのが最悪の流れだからな)


 どちらにしてもやりようはあって、

 僕には負けの方が都合がいいぐらいだった。


(そうですか)


 迷いを捨てられないようだった。

 僕は最低限の忠告をする。


(ともかく人にない能力は使うな。

 筋力だけではなくセンサーもだ。

 聞こえないものを聞いて、

 見えないものを見るのは、

 よほどの達人だけ。お前はそうじゃないはずだ。

 ここの腕利きなら気付いてもおかしくない。

 やれる範囲でやって、後は結果を受け入れよう)



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇





 レイシャは戦いながら考えていた。

 最初は負けないための作戦だった。

 格闘の距離ではまず勝てないから、

 選んだ中距離戦だった。


(これは、もしかして……)


 だが続けるうちにふと気づく。 


 あの後も彼女が戦う姿を見た。

 勝ち筋が見つからなかった。


 だが今は違う。


 早さで押し切る攻撃には確実に対応してくるが、

 視界から隠れた位置から出る一撃には、

 防御が遅れてきている。


 間違っていた。


 圧倒的な技量差だと思ったのが違っていたのだ。

 消極的な守りの姿勢が技巧派に見せていた。

 だがそうではなかった。


 圧倒的な目のよさで全てに反応して、

 遅れは腕力で埋め合わせていたのだ。

 それだけのことなのだ。


 力の入らない体勢、

 不十分な受け技で、

 完全に防御できているのは、

 腕力の差が大きすぎるから。


 フェイントが効かないのは、

 見てから動いていたからだ。


 そして守りが完璧だから、

 無理に攻める必要もない。


 だから隙が生まれない。


 おそらく彼女に戦い方を教えた男は、

 最初からそういう狙いだっただろう。


 絶対に防がれると思い込ませ、

 どう攻撃しても無駄だと、

 諦めさせようとしているのだ。


 戦いが好きではない彼女の性格を、

 そのまま生かして強みに変え、

 彼女の身を守ることに繋げている。


 だが、それが有効なのは、 

 彼女の真の力を知らない者に対してだけだ。

 策の本質に気付き、技で翻弄しにいけば、

 対応力がある訳ではないと分かってくる。


 今だって先読みしようと頑張っているけど、

 それが逆に無駄な動きを生み、

 隙が現れ始めている。


 同じ軌道は次には通じなくなるが、

 中途半端に予測を始めたことで、

 フェイントも効き始めている。


 彼女がさらに技を学んでいけば、

 いつかは勝てなくなるだろう。

 才能が違う、伸びしろが違う。


 でも、今は、戦士としては、私が上だ!





 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 一方的な剣戟と完全な防御が続いた後、

 唐突に決着は訪れた。


 レイシャは一瞬だけ足を止めると、

 腕と剣を身体に巻きつけるように、

 全身をねじり込む。

 筋肉質の長身が小さくたわめられ、

 担がれた剣に力が溜め込まれる。


 明らかな隙――


 だがフレアは待ってしまう。


 次の瞬間、

 のたくる蛇の軌道を、

 電光のように白刃が駆け抜けた。


 たわめられたレイシャの身体が、

 ばねのように一直線に伸びる。


 切っ先がフレアの首元に届いた。

 後一押しで皮膚に触れる位置だ。


 振り抜かれる。

 刃は空を切る。

 両者が止まる。


 奇妙な展開だった。

 激突の寸前――

 まるで白刃を迎え入れるように、

 フレアは防御を自ら開いたのだ。

 右腕は腹の高さまで下がり、

 左腕は額まで上がっていた。

 フレアはすぐに戻そうとしたが、

 すり抜けられた。


 僅かな隙だが、

 レイシャは逃さなかった。


 それでもフレアは上体を反らし、

 剣をかわそうとした。

 だがレイシャはさらに踏み込み、

 突き込む姿勢となって、

 距離を詰め切っていた。


 あの蛇のような軌道に秘密があるのだろう。

 おそらくフレアにはあの一振りが、

 最初は胴を狙う横薙ぎに、

 次に頭上への斬り下ろしに見えた。

 はっきりとではなくとも、

 少なくともその兆候を感じたのだ。

 名づけておくなら、幻の剣というところか。


「あたしの勝ちだな」


 振り抜いた後の隙だらけの姿で、

 レイシャが言う。

 フレアは微笑む。


「はい。降参です」


 フレアの答えを聞き、

 レイシャはそのままばったり倒れると、

 大の字に寝転がって笑い始める。


「二度と通じねえだろうがやったぜ」


「素晴らしい技でした。

 次も止められる自信がありません」


 フレアは息を乱す様子もなく、

 その場に立ったままで答えた。


「そうかもしれねえが、

 そもそも出させてくれねえだろ?」


 レイシャは荒い息遣いで、

 まだ起き上がらずにいる。


「同じ形で技に入ろうとしたら、

 そうなるかもしれませんね」


「言いやがるぜ!」


 自分が言い始めたことだったのに、

 レイシャは不満そうに鼻を鳴らし、

 しかし楽しげに尻尾で地面を叩く。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 二人がそうして話していると、

 息を呑んでいた観客がざわつき始める。

 戦いの結末に納得している者もいれば、

 していない者もいるようだ。


 戦いを生業とする戦士たちは、

 レイシャの戦い方の意味を理解しているようだ。

 格上に挑むための戦術だと。

 決闘の勝者はレイシャだが、

 その結果はフレアの力を貶めるものにはならず、

 逆にその強さを印象づけることになっただろう。


 運び屋や技師たちは、

 二人の戦いの圧倒的な迫力に興奮しきっていた。

 常人には目で追うことも難しい動きだったが、

 間近にいれば、恐るべき力と速度は感じとれる。


 だがどちらでもない者たちにとっては違う。

 戦いを知らない訳ではなく、

 しかし極めてもいない探索者たちにとって、

 その戦いは違和感のあるものだったようだ。


 派手なだけの消極的な攻め。

 慎重すぎる腰の引けた守り。


 彼らにとって二人の決闘は、

 八百長とも疑える退屈な戦いだっただろう。

 何より二人は、どちらも魔物憑きだった。

 エンリックは彼らの様子を静かに見ている。


(負けてしまいました)


 フレアが帰ってくる。


(悪くない見世物だった)


(効果はあったのでしょうか?)


(十分に)


(そうでしょうか)


 フレアは周囲を見回す。

 僕は肩をすくめた。


(単なる見世物で、

 何もかもが上手く収まるはずもない。

 ともかくうやむやにはなっている。

 後はエンリックがどうにかするさ)


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