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第四話 ロデリック・ラッカードの半生



 陽電子脳の墓場の中心域――


 くろがねの巨神の足元で、

 僕は陽電子脳の少女を支えていた。


(あなたがたの力がどれほど巨大でも、

 私の目的が変わることはありません)


 腕の中の少女はただ言う。

 

 僕は知っている。

 このロボットが、

 どれほどの戦力を有していたとしても、

 現在の人類に勝てるはずがないことを。


 彼女はなぜ人間を象っているのだろうか。

 それはおそらく、人類社会に潜入して、

 内部から社会への信頼を破壊するためだ。


 だが戦闘能力は、その隠蔽の分、

 この丘に転がる兵器たちより、

 相当に劣るのではないだろうか。

 戦えば敗北する可能性が高い。

 それを分かっているのだろうか。


 だが彼女に迷いはなかった。


 確かに彼らにとっては、

 当然のあり方なのかもしれない。

 彼らは機械仕掛けで動く物体でしかなく、

 彼らの信念の固さは、何かの深い思慮や、

 強靭な意志の現れではなく、

 それ以外の方法を選べないという事実を、

 意味するだけなのかもしれない。


 だが本当にそうだろうか。


 人間と陽電子脳には違いがある。

 だが僕はどこかで彼女に、

 賞賛の感情を覚えていた。


(何を考えているのですか?)


 少女は訝しげに尋ねた。

 その問いには答えず、

 僕はその小さな身体を

 支える腕に力を込める。


 その時だった。


 僕は人の気配に気付く。

 鉄屑を踏みしめる音と、

 話し声が聞こえてきたのだ。


「荒野に向かったというのは本当なのか」


 きびきびとした張りのある声――

 ベルの声だ。


「警備に立っていた傭兵が見ています。

 見たことのないかわいい子と一緒に、

 まるで人目を避けるような様子で、

 拠点のある側とは別の出口から、

 こそこそと出て行ったという話ですな」


 冷静な声はジャックのものだ。


「いったい何を考えているんだか」


「ラッカの旦那! どこですか!」


 残骸の山を駆け上る足音が近付いてくる。


「ラッカード! どこだ! ラッカード!」


 僕は現在の自分がどう見えるかを考えた。

 正体不明の気を失った少女。

 彼女を抱きかかえている男。

 この状況でどんな言い訳をするつもりだ?


(身体はもう動くな。隠れられるか?)


(動けるようになるには、

 まだしばらくかかりますが、

 なぜ慌てる必要があるのですか?)


 ロボットの声は訝しげだった。


「ラッカード! そこにいたの……」


 そして僕は呼び声を直接聞く。


「……ロッド、何やっているの?」


 ベルは残骸の山を登ったところで、

 足を止めていた。

 睨みつける視線は絶対零度以下だ。

 あれだ。

 たぶんすごく勘違いをされている。


「ご、誤解しないでくれよ、ベル」


「何が、誤解?」


 僕は勘違いを解こうと試みるが、

 それ自体が疑いに火をつけてしまう。

 ベルの表情が、確信に変化する。


「その子―― どこでひっかけてきたの?

 十秒以内に答えろ。

 今すぐ吐けば半殺しで済ませてもいい」


(私のことを漏らそうとしたらどうなるか、

 分かっていますね)


 ベルの宣告に少女の声が重なる。

 ロボットは僕の腕の中で、

 いまだ動くことができずにいる。

 僕は言葉を失った。


 何を、どう答える?


 この状況では何を言っても嘘になる。

 僕はベルに嘘をつきたくなかった。

 ベルは怒ってはいたが、

 それ以上に泣きそうで、

 悲しそうにしていた。

 僕はベルの泣き顔が苦手だった。


「待ってくれ、信じてほしい、ベル。

 やましいことは何もしていない。

 彼女とはさっき会ったばかりだ」


 ベルは冷ややかな目で僕を睨む。


「では何をしていた?」


「それは…… 彼女が気分を悪くして、

 それで介抱をしていた。それだけだ」


 その説明は完全な嘘ではないが、

 だが現実にはほど遠い、

 誤解をさせるための言葉だった。


 ベルは目を細める。彼女は僕の嘘に敏感だ。

 泣きそうだった表情に訝しさが現れていた。

 ベルは斜面を駆け下り、僕の傍まで来る。


「……事情があるなら、話して」


 僕を信じてくれようとしているのだ。

 僕はそんなベルを騙したくなかった。

 だが無理だ。

 本当のことを口にしたら、

 僕は胴体とさよならすることになる。

 僕は自分の置かれた状況を、

 やっと理解できたような気がした。

 こいつと僕の関係は、

 ベルや婆さんとのそれとは全く違う。

 人と人の関係性は制約だが、

 お互いに制約し合うものだ。

 だがこいつとの関係は一方通行――

 僕は縛りつけられた囚人で、

 こいつは獄吏だ。

 僕はその状況が我慢ならない。

 激情が何もかもを吹き飛ばす。

 僕は衝動的に口を開く。

 だが言葉は出なかった。

 世界が消える。

 肉体の感覚が消え去る。

 視覚も、聴覚も、触覚も、嗅覚も、

 何もかもが最初からなかったかのような、

 よく分からない暗闇だけが残る。

 茫漠とした無に声が響く。


(警告は一度。次はありません)


 消失は一瞬だった。

 体が完全にバランスを崩す前に、

 世界が帰ってくる。


「ロッド、どうした?」


 ベルが怪訝そうに眉をひそめた。


「今何か言おうとした。何を?」


 僕は答えようとした。

 だが身体が動かない。


「ラッカの旦那、何をしてるんですか!」


 やっとジャックが追いついて来た。

 僕は答えなければならない。

 だが僕の頭に浮かぶのは、

 先ほど見た暗闇だけだった。

 どうしようもない事態に

 巻き込まれたことは、

 もう分かっていた。

 だが今やっと実感できた。

 僕はベルを悲しませたくない。

 なのに俯いた視界が地面だけになり、

 身体が震えて、喉が痙攣して、

 何も答えられない。


(調整を完了します。

 ……なぜ何も答えないのですか?

 内容など何であれ構わないのです。

 黙っている時間が長ければ長いほど、

 疑いは深まっていきますよ)


 僕はそれでも何も言えなかった。

 ロボットは苛立たしげに告げた。


(あなたがやらないのであれば、

 私がやります)


 最悪の予感がした。


(何をする気だ?)


 止めようとするが、

 もう手遅れだった。

 僕の胸元の少女はぐるっと頭を回し、

 ベルを睨みつけていた。


「あなたにはこれっぽっちも関係ないことです。

 赤の他人が、私と彼との時間を、

 邪魔しないでください」


 僕は激怒したが言葉は出ない。

 ロボットが解説する。


(相手が聞きたいことを言う。

 それが言い訳のコツというものでしょう)


(そんなことベルは聞きたいと思っていない!)


(彼女はかなりの確率で、

 そうではないかと疑っていました。

 やっぱり、と納得する感覚が大切なのです。

 これで私の正体への疑いは、

 限りなく小さくなりました)


(僕への疑いは?)


(普段の行いの悪さが招いたこと。

 私には関係のないことです)


 しれっと身も蓋もないことを言う。

 しかもまだ何か言う気らしい。


(ま、待て)


 かまわずロボットは口を開いた。


「それに何を勘違いしているのか知りませんが、

 あなたみたいな年増が、

 彼の好みな訳がありません」


 ベルと僕はほとんど同い年みたいなものだ。

 それはほとんど言いがかりだったが……


「……ロッド?」


 怖気のする声に全身が総毛立つ。

 僕は様子を探る。

 場は凍っていた。


(それにしても、この方は、

 あなたとそういう関係だったのですか。

 そこまでには見えませんでしたが、

 一応、あなたに関心はあるようですね)


 無邪気に言うロボットを殴り殺したくなる。

 それでなくてもベルは年齢を気にしていた。

 二十一というのは貴族なら、

 もう結婚して子供がいてもいい年齢だ。

 この年で独身というのは、

 はっきり言ってしまえば、

 ありえない、ことなのだ。

 ベルはもう僕の不審な様子のことなど、

 忘れ去っているようだった。

 鬼神のような笑みで、

 冷静さはなくなり果てていた。

 ベルの胸元の丹青の宝玉から、

 霧のようなものが溢れ出し、

 彼女の身体を包んだ。

 霧が発光する。

 拳が微かに淡青の輝き―― 創生光を纏う。

 ベルの足元で爆発するように瓦礫が散る。

 その瞬間には僕は後方に吹き飛んでいた。

 目玉が眼窩から飛び出るかと思ったが、

 見えている以上、無事ではあるようだ。

 視界がぐるりと回って、

 そのまま地面に倒れる。

 空が回っている。

 眩暈が消えない。

 身体が動かない。

 眼球だけを動かした。

 ベルは深く削られた地面の上に立ち、

 中途半端に振り抜かれた拳を、

 必死に押さえていた。


 そのままベルは黙ってきびすを返した。

 追いかけることはできなかった。

 それを見送って僕は気を失ったからだ。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 十二年前――


 物心ついた頃、僕は盗人だった。

 都市が貴族に滅ぼされてから、

 僕は生き残るために働き、

 そして盗んだ。

 今でも反省してはいない。

 盗みは限度内では間違いではない。

 公平な分配を実現する手段だと思っている。


 子供にもできる日雇いの働き口を渡り歩き、

 機会を見つけては、

 行商として大都市からの旅団に入り込んだ。

 だが目的は得られる微々たる稼ぎではない。

 その短い時間で盗みに入る要所を覚えこむ。

 金品の置き場に通路や見張りの配置、全てだ。


 僕には何というか特別な才能があったらしい。

 才能自体は都市を襲った貴族に、

 食われてしまったようだったが、

 それは別の形になり生き残った。

 何でも覚えて忘れないというそれだけの性質。

 あらゆる記憶を飲み込んで離そうとしない、

 心の中に残った空白――

 それは失われたものを取り戻そうとする、

 何かのあがきなのかもしれなかった。

 だが当時の僕はそれを、

 盗みのためだけに活用していた。


 皆が寝静まるのを見計らい、

 僕は盗みに入る。


 僕の腕は上々で、

 そのままいけば、

 いつか縛り首になるまで、

 一生をそれで過ごしたかもしれない。

 多くの先達から盗んだ技術は、

 記憶の中に住み着き、

 完全に僕のものになっていた。

 都市の崩壊から二年が過ぎて、

 気付けば金回りのいい僕の周りには、

 同じく係累のない孤児たちが集まり、

 一団を成すようになっていた。


 お山の大将状態である。


 だが、婆さんはレンフルーの狂騒の中で、

 僕を助けた時から、

 僕がそうなることを分かっていたようだ。

 二年ぶりに再会した婆さんは、

 僕を見るなり鼻で笑った。


「目の色が濁ってきたねぇ」


 勝手なことを言う婆さんだと思った。

 かつて婆さんは言ってくれたのだ。


「今のあんたは

 何も分からないかもしれないけど、

 たぶん何度でも思い出せるはずだから、

 言っておくよ。

 もうあんたはどこにも行けないんだ。

 あんたの翼はもがれちまった。

 あんたはこれからこの掃き溜めで、

 最後まで生きなきゃならない。

 できないと諦めないことだよ。

 あんたはここで生きられる生き物だ。

 そしてもし、

 かつてはそうではなかったとしても、

 今のあんたはその頃とは違うんだ。

 そうだろう?

 あんたは特別だ。

 いつだって行ってしまうばかりの

 あいつらの中、あんただけが、

 この世界に居残ってくれたんだからね。

 あんたにしかできないことがある。

 あんただからできることがある。

 あたしには分かるよ」


 その言葉が僕の支えだった。

 二年前の僕は、話し方も、歩き方も、

 食べ方も、眠り方さえ知らなかった。

 僕は高い空を飛んで、

 楽園に至ることはできなかった。

 失われた翼の代わりに、

 何でも吸い込む空白を得たけれど、

 一人前に生きていけるようになるまでは、

 それでも随分苦労した。

 だからこそ僕は婆さんに反発した。


「もっと別の方向に使ってくれればいいと

 思っていたんだけど、やっぱりここじゃ、

 そうもいかないみたいだね」


 婆さんは蔑みの目で僕を見て嘲笑した。

 僕の努力を、僕の苦労を嘲笑ったのだ。

 才能は確かにあったけれど、

 それだけでは足りなかった。

 学び、考え、賭け、失った。

 逃げて、隠れて、復讐した。

 利用し、利用され、約束し、

 信じ、騙し、裏切り、裏切られた。

 誰かを苦しめ、後悔も放り捨てた。

 そうするしかないと思った。

 誰だってそうしていたのだ。

 そうするのが当然なのだと思った。


 だからそうした。


 それを間違いだと婆さんは言ったのだ。

 僕は、僕の矜持を賭けて、

 婆さんの旅団に盗みに入って捕まった。


「罠に自分から飛び込むなんて馬鹿だね。

 でもその意気は認めるよ」


 婆さんは笑い、そして僕を放した。


「あんたの努力を、否定する気はないんだよ。

 ただね、世界はあんたが思うより広いのさ。

 せっかくだから見せてやるよ、

 今のあんたならうまくやれると思うからね」


 そして僕は婆さんに連れられ、

 セントラルの城門を潜った。


 セントラルの居住権を持つのは貴族だけだ。

 ベルトの子供を養子に迎えたい貴族など、

 どこにいるのかと怪しんだが、

 その貴族はどうでもよさそうに頷いた。

 ――ああ、いいぜ。好きにしやがれ。

 変わり者の婆さんに似た、

 変わり者で放蕩者の貴族だった。


 そして僕は新たな名を得た。

 本当ならただの、

 ロデリック・エンダーとなるはずだった。

 俺の名をやろう、と男が言ったのだ。

 だが僕は貴族が大嫌いだった。

 放蕩者の男と同じ名になるのも嫌だった。

 だから僕は自分の過去を、

 二つの名前の間に残した。

 変な名だと勘ぐる者もいたが、

 もともと容姿からして、

 貴族ではないことはすぐ分かるのだから、

 気にすることはなかった。

 僕はいつも、ロデリック・ラッカードと、

 多くの場合ただ、ラッカードと名乗った。

 といっても今では、

 ロッドと呼ばれることにも、

 もう慣れてしまったけれど。


「この街に馴染むなとは言わないけど、

 ただ自分が何者かは見失わないこと。

 そのためにベルトの世界で、

 二年間を過ごしてもらったんだから」


 婆さんはそう言い残した。

 それが遺言になった。

 僕がセントラルの学院に入学した後、

 数ヶ月後に五十歳の誕生日が訪れ、

 婆さんは死んだ。

 貴族の寿命は最長でも五十年しかない。

 だから大往生と言うしかなかった。


 学院では、僕は記憶力の助けもあって、

 学ぶことに困ることはなかった。

 何もかもを吸い込んで記憶することが、

 これほどに意味のあることだと、

 僕は初めて知った。

 ベルと出会ったのも、

 セントラルの学院でだった。

 引き合わせたのは、

 名義上の父となったロデリック・エンダーだ。


「お前が増長してるんじゃないかと思ってな。

 優秀だぜ、俺の娘はよ」


 あの男の言う通り僕は増長していた。

 そしてベルは本物だった。

 初めて会った時のベルは、

 妙に大きな目を気味悪く光らせた、

 浅黒い肌で痩せっぽちのガキだった。

 口数は少なく、

 おどおどとした態度を取る子供だった。

 年上のはずだが年下に見えた。

 少女の見た目は冴えなかった。


 だが中身は別だった。


 ベルは僕が、初めて出会った天才だった。

 僕のように空白の力を借りる訳でもなく、

 彼女は自らの思考と訓練だけで、

 何もかもを素早く完璧にこなしてしまう、

 本当の意味での天才だった。

 僕は最初ただ驚くだけだった。

 そして次に、才能に嫉妬した。

 それは僕にはないものだった。

 僕がしていたのは、

 ただ空白に頼ることだけだった。

 僕はそれから自分を鍛え始めた。

 こんなちんちくりんに、

 僕が負けていいはずがない。

 だが学ぶほどに、

 その差は歴然と見えてきた。

 ベルに見えているはずの世界が、

 僕には見えなかった。

 僕はベルを避けるようになった。


 当時の僕は

 セントラルに魅せられていた。

 大陸の主である貴族が住む、

 魔性の霧に満ちた美しい街――

 婆さんの遺言の意味が今なら分かる。

 あの街は恐ろしい空間だった。

 優しく包んでくれるようで、

 実のところ、ただ溺れさせている。

 全ての人が強制的に幸せにされているような、

 そんな違和感があった。

 僕はそこで気ままに遊び暮らした。

 豊穣の街を気の赴くままに探索し、

 盗人としての素養が役立つような裏の世界を、

 思うままに堪能した。

 そして何より僕は女にもてた。

 ベルトの蛮族としての外見と、

 学院で学んだ礼儀作法のギャップが、

 冒険したい年頃の彼女らを惹きつけたらしい。

 当時はそれにのぼせていたが、

 今考えてみるとあれは、

 一種のアクセサリー扱いだったのだと思う。

 あとくされのない異邦人――

 どれ一つ長続きしなかったのが証拠だろう。

 誰とも一ヶ月と持たなかった。

 だが当時の僕はさっぱりとしたもので、

 そこまで思い至らず、

 彼女らの部屋を転々としながら、

 遊び暮らしていたのだった。


 その頃の僕とベルは、

 婆さんの係累として同じ下宿に入っていた。

 たまに帰ると、ベルは黙って僕を見ていた。

 文句があるような、ないような、

 よく分からない表情だった。

 ――ご飯、できてるから。

 といつもそれだけを言って一緒に飯を食う。

 エンダーを父親だと思ったことはなかった。

 だがその頃の僕とベルは本当に、

 兄妹のような関係だったのかもしれない。

 食事の最中も彼女は寡黙で、

 まるで何か責められているような気がした。

 実際、嫌味も多かった。

 悪い噂をよく聞くとベルは言い、

 僕は鼻で笑ってみせる。

 するとベルは軽蔑したような目で僕を見る。

 それでさらに下宿に帰りたくなくなるのだ。


 ロッドという呼び名はその頃からのものだ。

 最初はそれが、

 自分の名前ではないように感じていた。

 それも彼女への苛立ちの、

 一部だったのかもしれない。

 数年後、ベルトで再会して、

 その事情を知ったベルは、

 呼び方を変えたがった。

 けれどその頃には僕も、

 ロッドと呼ばれることに、

 愛着が出てきていた。

 再会後はベルも、

 僕をラッカードと呼んでいる。

 だが今でも身内だけの時は、

 僕の願いを受け入れて、

 ロッドと呼んでくれていた。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 僕は十五歳でセントラルを追放された。

 理由は二つある。

 そのどちらが重大だったのか、

 今となってはもう分からない。

 一つは、

 ロデリック・エンダーからの、

 暗殺の仕事をしくじったこと。

 イフリートの庶子を殺し損ねたことだ。

 もう一つは、

 とある重鎮の令嬢に手をつけていたのが、

 明るみに出てしまったことだった。

 どちらか片方だけなら、

 何とかなったのかもしれない。

 だが、そうはならなかった。

 僕は捕まり、拷問を受け、

 それから不思議なことに放免された。

 殺されなかったことの方が信じられなかった。


 全身ぼろぼろの状態で地下牢から出た時、

 そこにいた彼女たちの顔は忘れられない。

 家族が僕にもあったのだと思った。

 いつもは憎たらしいだけのベルが、

 僕を支えてくれた。

 彼女は僕を心配してくれていたのだ。

 後で聞いた所によると、

 エンダー自身は僕を見捨てる腹積もりで、

 それをベルが説得してくれたらしい。


 僕は生き残った。


 だが学院には残れなかった。

 セントラルからの追放が、

 助命の条件だった。

 そして僕は故郷に戻り、

 四年後、ベルと再会する。


 ベルはきれいになっていた。

 さなぎが蝶になるように

 少女から女に変わっていた。

 そして四年間の別離は、

 僕の記憶をいい具合に結晶化していた。

 ベルは僕にとって、

 命を救ってくれた女神だった。

 ベルは僕と共に働く条件として、

 まず女性関係をきっちりすることを求めた。


「誰かとつき合う時はまず私に紹介すること。

 一度に複数の女の子に手を出さないこと。

 ふしだらな真似はせず、

 長期的で真面目な交際を心がけること。

 ロッド、約束して」


 いったい僕を何だと思っているのか、

 聞いてみたくなったけれど、

 僕は頷くに留めた。

 そのくらい平気だった。

 僕はベルト地帯で働きながら、

 あの頃のことを後悔し続けていたからだ。

 僕は少しだけ渋るふりをしたが、それは、

 こうも彼女の尻に敷かれてしまうのは

 どうだろうかという自尊心の問題で、

 別にベルの言っていることに、

 文句があった訳ではない。

 だが彼女はなかなか信じてくれなかった。

 今も信じてはいないだろう。

 僕はそれが悔しかった。

 と言っても何度かは約束を、

 破ってしまっているのも確かなのだった。


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